145 フェルテアの魔塔第5階層5
5つの首が纏めて水の刃に叩き斬られた。
「やった!ラミア様、すごいですっ!」
クラリスは声を上げていた。これで、ガズスが助かる。ラミアのおかげだ。
「まだよっ!」
ラミア本人が鋭い一声をあげる。
「核は、核はどこ?核を露出させて砕くまで、勝ちじゃないわ!」
肩で息をしつつ、ラミアが焦りすらも滲ませて告げる。もしかすると、もう同じことは出来ない。それほどの一撃だったのだろう。
「危ないっ!」
シャットンが矢のように飛んできて、ラミアの身体を抱きかかえ転がる。2人のいた場所を黒い線が貫いていた。
辛うじて、回避が間に合った格好だ。
「嘘っ」
愕然としてクラリスは立ち尽くす。
斬り落とされたはずの首が元に戻っている。
「いかんな、再生まで」
バーンズが愕然として呟く。
再生などという発想のなかったクラリスはただ呆然としてしまう。狙われれば殺されてしまうが、なんの脅威にもならない自分など、後回しなのであった。
「そんなっ、せっかく、どうすれば」
クラリスは意味のない言葉を並べる。何もできない自分に、どうすれば、などと言う資格もないのだ。
赤い眼球が一対、自分を睨みつけた。
目が合う。
(殺される)
自分は無力で、ただ貫かれるだけの存在だ。
「まだ、私は戦えるわよ」
ラミアがよろよろと立ち上がる。魔力の消耗と転がる羽目になった衝撃とで弱っているようだ。
「そうだ、まだまだ」
シャットンも闘志を見せる。
だが、シャットンも5つ首の鷺による攻撃を、5つのうちの1本によるものですら、躱し切ることができなかったのだ。
また、ガズスが無言で先頭に立つ。結局、ガズスが身体を盾にして他を守るしかないのだろうか。
(だめ、将軍、そんなところへまた行ったら傷つくだけ。ううん、死んでしまう、今度こそ)
クラリスは手を伸ばすも届くわけはない。自分が前に出ては死ぬのが確実で、かえってガズスに負担を強いることとなる。分かっているから前に出られない、情けなさが重く感じられた。
「どうしたらいいの?どうしたら」
ただ言葉を吐き出すばかりだ。クラリスはもちろん、他の誰も答えなど持っていない。
だが1人だけ答えを持っていた。
バーンズである。
ピイイイイイイイイッ
けたたましい音が響く。
バーンズが口に警笛を咥えて鳴らしたのだ。皆が止まる。敵も同様だ。
「撤収!撤収っ!」
口から警笛を外したバーンズが叫び、エレインの腕を引いて赤い転移魔方陣へと放り込んだ。
まず恋人を逃がしたという格好だった。続けて自らも魔方陣へと逃げ込んだ。真っ先に仲間が自ら撤退という選択肢を示したことで、皆の頭も冷える。
「くそっ!だが、たしかに」
シャットンが歯ぎしりしつつ、ラミアを脇に抱えた。なんだかんだ、腕力も強いのだ。
「バカッ!シャットン!離しなさいっ!私たちはまだ!負けてないのよ!」
ラミアが抱えられたままジタバタと暴れる。
逃げるのなら、グズグズしてはいられない。
シャットンが半身の姿勢で5つ首の鷺にも注意を払いつつ、赤い転移魔方陣へと移動した。
無事に2人が逃げ切れそうなのは、ガズスのおかげだ。
「ガズス将軍っ!ガズス将軍っ!」
クラリスはいても意味がないというのに、叫んでしまう。
1人、踏みとどまって、攻撃を受け続けるガズスのもとへと駆け寄りたかった。
「ぐおおおおっ」
集中攻撃を受けて、ガズスが苦悶の絶叫である。
大斧の破片と鎧の破片とが飛び散り、鮮血も見えた。
「何をしてるんですか!逃げるしかないっ!口惜しいが、逃げるしかないっ!」
赤い転移魔方陣近くへと至ったシャットンが怒鳴ってくる。
「でもっ!」
クラリスは動けなかった。ガズスを見捨てろというのか。
「誰かが残らねば、聖女様やラミア様が残らねば皆が絶望して魔塔を利することとなる。将軍の覚悟を無駄にするのかっ!」
シャットンが叱りつけてきた。脇にはまだ、ラミアを抱えたままだ。
「いやですっ!いやっ!」
ただクラリスは頭を振った。ガズスを見捨てたくない。聖女の役割など思考から消え去ってしまう。
とにかくガズスの近くにいたい。
歩み寄ろうとしたところ。
「ラミア様、水で奴を怯ませてください。少しでも動きを止めて、ガズス将軍を退かせましょう」
バーンズが赤い転移魔方陣にあらわれて告げる。
冷静な口調だ。
「えっ、でも」
ラミアがシャットンにより地面へ落とされるも戸惑う。
「将軍は、今後も必要です。仕切り直しです」
再度、冷静にバーンズが促す。
ラミアが深呼吸をした。
「分かったわよ、仕切り直しね」
落ち着いたラミアが詠唱を始める。
青い魔法陣が中空に浮かぶ。
その間にも繰り出される嘴。弱ったガズスを突破してきたものを、シャットンが斬撃で捌く。逸らしきれなくて負傷してしまう。
それでも守り抜いた。
「ガズスッ、退がって!」
ラミアが叫ぶ。
退がったガズスの、今まで辛うじて身を守ってきた大斧が完全に砕け散った。
肩口に嘴が刺さり、鮮血が吹き上がる。
「タイダルウェーブ!」
大津波が5つ首の鷺を押し流して距離を作った。
ラミアが魔力を使い切って、ガクリと膝をつく。
「軽くなって良いが」
バーンズが血まみれのガズスを担いで戻る。
「では、逃げましょう」
そして5人で、クラリスたちは赤い転移魔方陣へと足を踏み入れるのであった。




