141 フェルテアの魔塔第5階層1
第4階層の晴れ渡る空の下、白い神殿の門前に、クラリスは腰掛けている。もう危険はなく、入り口であるかのように、ちょうど門の前で赤い転移魔方陣が生じていた。
(いよいよ、あと1つ、そうすれば)
自分はまた平和な世界の中で祈りを捧げるだけの日々に戻ることができる。
クラリスは大きく1つ息をついた。
(でも、私はあまり役に立ててはいない、それは分かってる、でも、あと1つに、なったんだから)
自分を納得させようとするかのように、言い聞かせてばかりいる。順調なのだ。それ以上、望むべきことなどない。
「凄かったです、ガズス将軍」
オーラをかけ直しつつ、緑色の甲冑に全身を包む武人に、クラリスは告げた。
自分のかけたオーラを輝かせて、皆が苦戦していた魔物を一刀両断にしたのだ。あの勇姿を思い出して、クラリスは惚れ惚れとしてしまう。
「いや、ええ」
ガズス本人が微妙な表情を浮かべた。
(偉ぶらない、人柄も素敵。見習わなくちゃ)
クラリスとしては、謙虚な人柄もまた、惹かれてしまう要素なのだった。どこか怖いところのあるシャットンと比べても、どこまでも優しくて、頼りにもなる。
(別に、シャットンさんが偉ぶってるとか、威張ってるとか、そういうわけじゃないんだけど)
ガズスに今、感じているような気持ちをシャットンには一切、抱かなかったというだけのことだ。
「格好良かったです」
クラリスは鎧に身を寄せて、重ねて告げるのだった。
シャットンが手こずっていて、バーンズに至っては手を出すことも出来なかった相手を、武器ごと一撃で一刀両断したのだ。最初のうちは、どの程度のものか、しっかり測ってから倒す的なところで、武術的な駆け引きがきっとあって、苦戦したのだろう。
(だから、本当に達人の人で)
いくら褒めても褒め足りないのであった。
「あれ程の実力を隠しておいでだったとは」
シャットンが歩み寄ってきて告げた。珍しく微笑んでいる。ミュデスから逃げた時以来、自分と2人の時にはほとんど見せなかった表情だ。
(ラミア様のおかげかしら)
2人で話す場面をよく見かけるようになった。今までよりも結果として口数も増えている印象だ。もともと無口だった気もするのだが。
「いや、そういうわけではないのだが」
また、ガズスが首を傾げて微妙な表情を浮かべる。オーラをかけ直したばかりだから、ひときわ、輝いていた。特に日焼けした禿頭が眩い。あまりに愛おしくて触れたくなるほどだった。
(でも、この表情は何かしら?謙遜っていうよりも、戸惑って、いらっしゃるの?)
クラリスはガズスをよく観察しているがゆえ、表情1つすらも気になってしまうのだった。
「フェルテアで最強の、剛力の武人というのは、やはり尋常ではないのですね」
シャットンが微笑んだまま頷く動作を繰り返しながら言う。回避の上手いシャットンと防御力の高いガズスという組み合わせは、素人目のクラリスですら、相性が良いように見えた。
「珍しく、よく喋るじゃないのよ」
冷やかすようにラミアが口を挟む。
さり気なくシャットンの隣に立った。シャットンよりもラミアのほうが頭一つ分ぐらい小柄だ。クラリス自身はシャットンよりも頭2つから3つほど小さいので、並んで立つと、ちょうどシャットンとクラリスの中間ぐらいにラミアの頭が来るような格好となる。
「私もアスロック出身ですから、魔塔攻略なるか、と思うとどうしても高揚してしまうのですよ」
シャットンの口がやはり滑らかだ。本来なら、こんな軽率なことを言う人物ではないので、本人の言う通り、やはり高揚しているのだろう。
「そうですね、確かに。確かにあと1つです」
いよいよ魔塔攻略が現実味を帯びてきた。
外からは見上げるばかりで、あらゆる光も明るい感情も吸い込むような闇の色をしていた魔塔。あまりの大きさに絶望をすら、クラリスは抱かされていたのだが。
(最上階の魔物、簡単な相手のわけ無いけど、でも)
クラリスは緑色の甲冑姿の武人を見上げる。
(でも、ガズス将軍が、本当にすごい。だから、ガズス将軍と一緒なら)
勝てる、とクラリスは思ってしまう。
ほぼ一人で第4階層の階層主キツツキナイトを倒したようなものなのだ。クラリスもつい期待してしまう。
ふと、離れたところを見ると、バーンズがエレインと話し込んでいた。
(ドレシア帝国の二人はどう、考えているのかしら)
クラリスは首を傾げた。二人きりで離れているのは、国が違うからか、恋人同士だからなのか。
(もし、国籍が違うから、距離を取ってて、考え方も違うとかなら、悲しい)
クラリスは思うのだった。
軽装歩兵のバーンズに、治癒術士のエレインである。ともに、ここに至るまで重要な助けであった。第4階層まで攻略できたのも、ドレシア帝国が2人を送り込んでくれたことが大きい。
クラリスにすら分かる。そして、静かに内心で謝辞を2人に述べるのであった。




