139 フェルテアの魔塔第4階層9
「シャットン殿、退がれっ!」
ガズスは叫び、自らが前に出る。ラミアの言うとおり、シャットンも手負っていた。少しずつ動きも悪くなるだろう。
「ラミア殿っ!バーンズ殿の言うとおりだ!いざとなったら、俺ごと撃ってくれっ!」
ガズスは叫ぶ。自分の方には覚悟ぐらい、いくらでもあるのだ。
(聖女様も、クラリス様もいるのだからな)
可憐な聖女の顔がどうしても脳裏にちらつくのであった。
「ピピッ!」
自分の覚悟や思いなど嘲笑うかのように、キツツキナイトがさえずってことごとく大斧の攻撃を躱す。
大斧を振るたびに空振る。
白い線としか見えなかった。
「ぐあぁぁっ」
気付いたときにはもう、肩当てを砕かれて露出した騎士服部分、左肩を槍で貫かれていた。
激痛と血の流れ出る感覚。
「ガズス将軍っ!だめぇっ!」
クラリスが悲鳴をあげる。
「閃光矢っ!当たって!」
更に誰かから指示を受けたわけでもなく、光の矢を放つ。
今更、単なる閃光矢など当たるわけもない。
「ピキキキキキッ」
馬鹿にするかのようなさえずり。あっさりとクラリスの攻撃など躱されてしまい、更には続く反撃をクラリスのほうが受けかねない。
(させるかっ!)
ガズスは痛む身体に鞭打って、再び大斧を振るう。
痛む左肩も考慮しない。片手で振ることの出来るような武器ではないのだ。
「ガズス将軍っ!せめてっ!せめて、退がってくださいっ!」
クラリスが悲鳴にも似た懇願を発する。
(俺が退がれば、貴女を守れぬ)
ガズスは相手の反撃を物ともせずにとにかく暴れる。
何箇所を槍で貫かれたのか。本当は貫かれたということしか分からない。嘴の方を使われていたのかもしれなかった。
あらゆる箇所から頭のどこかへ、激痛だけが伝えられる。痛もうとも動かせるなら動かす。ガズスはもう、そう決意していた。
(俺が動けなくなったら、皆が死ぬっ)
ガズスはキツツキナイトに横薙ぎの一撃を放つ。
当然のように躱された。またどこかを刺されたらしく、遠くの方から鈍く痛みが伝えられる。
「シャットンさん、お願いしますっ!早くっ、早くっ、ガズス将軍を退がらせてあげてください、このままじゃ、このままじゃ、死んじゃいますっ」
悲痛なクラリスの声もどこからか聞こえてくる。
「私が死なせません」
エレインの声が混ざった。
白く優しい光が飛来してきて、痛みが一気に軽くなる。
回復光を飛ばしてくれたらしい。焼け石に水だが、かなり楽にはなった。有り難い水なのである。
傷だけは治り、痛みも消えた。
だが、相手が弱くなったわけでも、自分が強くなったわけでもない。
「ぐおおおっ」
何箇所も即座に負傷させられた。
「ガズス将軍っ、退がってくださいっ!しばし、俺が受け持つ」
シャットンが近づいて来て、叫ぶ。
「違うっ!我々で勝てねば、もうこの相手には勝てぬっ!」
ガズスは怒鳴り返していた。
「将軍の言うとおりです。これは、マズい。私の想像以上に不利でした。ラミア様、本当に、ガズス将軍かシャットン殿ごと消し飛ばすしか勝ち目はありません」
バーンズが重ねて告げる。
「小さくて素早い相手がここまで、手強いとは、俺もわかってませんでした」
若干の反省も滲ませて、バーンズが重ねて告げる。
「何、言ってんのよ!あたしに仲間を撃てって、本気で言ってたの?冗談だったほうがまだ笑えるわよ!」
ラミアが色をなして叫ぶ。
「そうですっ、私もまだ、頑張りますから!バーンズさん、そんなことは止めてください!」
クラリスもラミアに同調しているのが聞こえた。
(過分な幸せだ)
ガズスは思いつつ、大斧を振るい続けていた。
巻き添えになるのを厭うつもりもないのだが、最後まで諦めるつもりもない。
戦うのを止めるつもりはないのだった。
「ですから、俺には出来ないから、ラミア殿に、意見具申しているのです」
さすがに苛立ってバーンズがラミアとクラリスに告げる。
(そうだ、彼の言うとおりだ。ただ小さくて素早いという特性だけでラミア嬢の水魔術との連携を封じられた。結果、俺とシャットン殿、二人がかりで倒せるかどうか、の勝負に持ち込まれている)
そして持ち込まれた勝負の流れは甚だ不利であり、自分は鎧を一方的に破壊されてばかりなのだった。
「俺など、根無しの、もはや祖国もない男だ」
ふと、斬り結びながらシャットンが独り言を始めた。
「死ぬなら、俺がいいかな。何も社会的な立場などない。ガズス将軍は将軍であり、命を落とせば反響が凄そうだ。バーンズ殿も死ねば他国の応援を死なせた格好になるものな。俺がいいよな」
ブツブツとシャットンが言葉を並べる。
「馬鹿な」
ガズスはシャットンの、立ち位置を奪うような位置取りをして告げる。
「この後は第5階層も控えている。そこでの勝ちを狙うなら、あなたが前衛を張るべきだ、シャットン殿」
ガズスはガズスで覚悟を決めて、告げるのであった。




