135 フェルテアの魔塔第4階層5
第3階層から第4階層への赤い転移魔方陣に足を踏み入れる。
視界が切り替わった。
「これは」
思わずガズスは声を上げた。
きらびやかなオーラを纏うシャットンが最寄りの岩に腰掛けている。戦っていた様子は無い。先の階層のように、魔物の死骸が何も転がっていないからだ。
他の面々も自然、状況をシャットンから聞こうとする。
「入ってから、ずっとこの調子です。この階層には魔物がいないのですか?姿すら、この5分間、見かけませんでしたよ」
シャットンが岩に腰掛けたまま告げる。
敵がいないなら座っている、というところにシャットンの図太さが感じられた。
「どう考えても俺は、あれがおかしいと思うのですがね」
続けてシャットンが指をさして告げる。指していた先は、山の中腹、そこに張り付くように建てられた建造物だ。魔塔の外で見かけたなら、神殿だと思うであろう形状をしている。
「あれは」
ガズスは声を上げる。思っていたよりも掠れた、小さな声だった。
雪山を背にしていて、白い壁と雪とが溶け合うかのようだ。白い壁にくすんだ灰色の屋根が見て取れる。
(一体、誰がこんなものを)
どう見ても人為的なものに思えて、そんな疑問をガズスは抱く。
「どう考えても、あの中を探らないわけにはいかないかな、と俺は思うんだが」
シャットンが剣を鞘に納めて告げる。
「いかにも誘われているようで、それはそれで嫌な感じですが」
顔をしかめてバーンズも応じる。
2人のやり取りに当座は誰も口を挟まない。この2人がまず話し合い、そしてラミアあたりが纏めに入る、というのが定番となっていた。
よくも悪くも、常に冷静で多少のことには動じない図太さを持っているのがこの2人だ。
「だが、階層主がいるなら、行くしかない。魔塔攻略の厄介さは階層主や魔塔の主がいるなら、そこを避けては通れないことじゃないか?」
シャットンが腕組みして指摘する。
「確かにそうですね、本当に嫌な話ですが」
どこまでも苦い顔でバーンズが言う。
「目的地が分かっているなら」
クラリスが小声で何ごとかを呟いている。小声すぎて途中までしかガズスにも聞こえなかった。
ラミアもじぃっと神殿を俯瞰している様子だ。
何ごとかを考え込んでいるのかもしれない。
「中を探るとなれば、俺が先行して、忍び込んで来ましょうか?」
バーンズが渋々と言った顔で申し出る。
考えていることはなんとなくガズスにも分かった。屋外ではなく屋内となると、閉じ込められると逃げ場がない。バーンズとしては、想像するだけでもおぞましい状況なのだろう。
「いや、俺とバーンズ殿、という組み合わせのほうがいいのではないか?1人で行かなければならないという決まりもないんだから」
シャットンが首を横に振った。
「そうですよ。バーンズさん、また無茶を自分から言い出して」
エレインがバーンズの脛をゲシゲシと蹴り始めた。さほどの力でもないのだろう。バーンズ本人はどこ吹く風だが。
「せっかく集団でここに来たのだから。そのほうが連携も取りやすい」
さらにシャットンが結論づけにかかった。
「2人だけで結論づけようとすんじゃないわよ。あたしたちもいるのよ?」
我に返ったラミアが両手を腰に当てて口を挟む。
「あの建造物に見とれているようでしたので?先んじて話を進めていただけですが?」
笑ってシャットンが応じる。
「見とれてなんかいないわよ。あたしの魔術を最大出力で全て叩き込めば、外からでも叩き壊してやれるんじやないかしら?って思案してただけよ」
肩をすくめてラミアが過激なことを言う。
クラリスが隣で小さく身を震わせた。少々、刺激が強すぎたようだ。
「それで階層主を倒せる保証はありません。神殿を壊しただけ、という結果になるかもしれませんよ」
真顔でシャットンが指摘する。
バーンズが苦笑いとともに数歩退がってきて、エレインと言葉をかわしはじめた。ただの雑談だ。どこに遊びに行くか程度の話である。
シャットンとラミアの話し合いに身を委ねることとしたらしい。
「だから、やめとくわよ。それにここから上に向けて水魔術をぶっ放したら、しかも膨大な私の魔力を全部、ぶっこんだら、斜面を下って戻ってきた水をまともに受けて、みんな、びしょ濡れよ」
苦い顔でラミアが言う。
魔力を変換して水にして放つ。攻撃を外したところで、放った水が消えるわけではない。攻撃に使った後の水の行く先まで考えた上で、いつも魔術を放っていたのだった。
(そんなことまで、とっさに考えていたとはな)
ガズスとしては感心してしまうのだった。
「あなたの力量なら、びしょ濡れでは済まされないでしょう。皆、溺れ死にしてしまいますよ」
シャットンが笑って言う。クラリスや自分と話しているときとはまた違う親しみを、ラミアに対して見せ始めている。
「まぁね」
そんなシャットンと接していて、ラミアもまんざらではない表情であることに、ガズスは気づくのであった。




