133 フェルテアの魔塔第4階層3
「あんたらは、もう、なにをいちゃついてんのよ。聖女、次の階層に入るわよ。とっととオーラをかけてちょうだい」
ラミアが大声で呼びかけてくる。
青い髪を手ですきながら、だ。気の強そうな視線を自分たちに向けている。
「はい、すいません」
気を取り直したクラリスがラミアの方へと向かう。
ガズスも遅れて近付いていく。
シャットンが自分たちの方をじっと見ていた。視界の隅では『ごめんなさい、言葉が過ぎたかしら?仲が良いのは、ほら、良いんだけど、私も次に早く行きたくてさ』とラミアが侘びているのが聞こえる。
どうやら時間差で『いちゃついている』発言が不適切だと感じられたらしい。
「何か?」
同じく、自分とクラリスのことを勘繰ってでもいるのか、交互に視線を向け始めたシャットンにガズスは尋ねる。
「いや、俺はどうも、クラリス様にも厳しく考えがちなようで、特にここ最近は」
シャットンが思わぬことを言う。
だが、視線はどこか冷たくて厳しいままだ。今ひとつ、考えの読めない男なのだった。
「別に声を荒げているところも、殊更に冷たくしている印象もありませんが?」
軍属ではないシャットンには、一貫してガズスは丁重に接してきた。それは階級が低いとはいえ、部下ではないバーンズや年若い治癒術士のエレインにも同様だ。
(ここでは、対等な関係の仲間なのだからな)
そのほうがガズスも気が楽なのだった。本当はもう少し明るい雰囲気で酒でも飲んでいるほうがすきなのだが。
「我慢していたのです。クラリス様にも俺の苛立ちは伝わっていたのでしょう。少し、距離を置かれていましたな」
苦笑いしてシャットンが言う。
「神聖魔術が未熟なのはまだ仕方がないとして、将軍の影に隠れるような、あの態度はどうにかならんのかと思うのです」
さらにシャットンが加えた。
自分は鈍い。将軍という立場にはいるが、向いていないという自覚はあった。大軍を率いることの出来る人間ではないのだ。
「そういう面が、彼女に無いでも無いが」
ガズスは嘆息した。そこまで苛立つことか、とも思う。
聖女という存在に対する期待の裏返しに過ぎないのではないか。
「将軍は優しい方のようですから、クラリス様は甘えているのですよ」
挙げ句、言った先から厳しい言葉をシャットンが吐き捨てる。遠回しに甘やかすな、と自分に言いたかったのだろう。
「もともと、クラリス殿は戦う人間ではないのだ、シャットン殿。多少、引いた位置に下がりたくなるのもしょうがないだろう」
ガズスはとりなすつもりで言った。
「ラミア殿のような人も現にいる。彼女も聞けば研究職のような人間で、ミュデスのせいで巻き込まれるまで人前に立つことすらなかったとか?今では時には私すら圧倒するような気迫を見せます。魔物にも一歩も引かない。クラリス様にも見習ってほしいぐらいだ、と言いたくなったのですよ」
憮然とした顔でシャットンが言う。戦いの中でシャットンがラミアを認めるようになったのだった。お互いに遠慮のないやり取りをしているのを幾度か目にしている。
「他人と比べるようなことではない。何を持って生まれてきたかは人で違うのだから」
穏やかにガズスは返した。別にシャットンと言い争いをしたいわけではない。考えてみれば、この中では自分が一番年長なのだ。
「あの弱さと甘さが、いつか我々の命取りとなる。私にはそんな気がしてならないのですよ」
シャットンがかえって苛立った様子で告げる。
「それを助け合い、補うのが仲間というものだよ、シャットン殿」
クラリスがやり玉に上がっているが、それぞれに至らぬ点などいくらでもあるのだ。シャットンとてもまだ表立ってないだけで、きっと同様だろう。
「将軍の甘やかしがそれを助長しているように思えて俺にはならないのですよ」
言い捨てて、シャットンが離れていく。
思わぬ形で苛立ちをシャットンから叩きつけられた格好だった。
ガズスは息を大きく1つ吐く。なんとなく一息つきたくなった。
「バーンズさんっ!大丈夫ですかっ?!もうっ!無理ばっかりするんだから。私がいなかったらどうするつもりだったんですかっ!」
バーンズの腕にすがりついて、エレインがやかましく言い募っているところだった。
とがめたいのか甘えたいのか。どちらとも取れるような態度である。とりあえず、治した治癒術士自らがすがりついて重しとなっても大丈夫な程度にはバーンズも回復したらしい。
「エレイン殿がいるから、安心して無茶が出来るんですよ」
バーンズが微笑んで告げる。岩やら地面やらに叩きつけられて、体のあちこちを負傷していた。雪岩パンサー撃破直後にはぐったり地面に転がっていたのである。
「ここまで万全に戻れるとは、さすがエレイン殿です」
さらにバーンズから称えられるとエレインがくすぐったそうに笑う。
自分たちは一体、魔塔にまで来て、何を見せつけられているのだろうか。
ガズスらは一様に顔を見合わせてため息をつくのであった。




