132 フェルテアの魔塔第4階層2
「バーンズ殿が目を覚ましました。今、動作確認をしているようですが、とりあえず大丈夫そうですね」
クラリスの護衛シャットンが報告しに来た。淡々とした口調でまるでバーンズのことを道具か何かのように言う。
(そのくせ、いざ話すと親しげだからな)
変わり者ではあるとガズスはシャットンについて思う。
自分への態度は丁重だが、本当は自分よりシャットンのほうが強いのではないか、とガズスは魔塔に入ってから思わされている。
旧アスロック王国仕込の剣技は尋常ではない。相手を斬る時に一切の躊躇いを感じないのだ。斬ることに迷いがないせいか、相手の攻撃を避ける見切りも上手い。
(来てもらって良かったが、平和ボケしたフェルテアと、魔塔との戦いに明け暮れていたアスロックとの差を感じさせられるな)
ガズスは苦いものを噛みしめる。
自分はフェルテア大公国の将軍だ。だが、長年、大きな戦いのなかった国の、将軍にすぎない。着任してからほぼ初めて経験する大きな戦いがこれだが、ここでは指揮官というよりも、戦士としての強さを求められている。
自分も、クラリスとは違った意味で考えさせられてしまうのだった。
(そういった意味では、シャットン殿に来てもらえて本当に良かった)
重ねて、ガズスは思う。口には出せないのは本人がもう言い捨てて去ってしまったからだ。愛想は皆無なのであった。
クラリスが来る以上、シャットンもなんとなくついてくると思ってはいたのだが。
(本人の、魔塔への怨念もかなり強い。旧アスロック王国の人間からすれば、当然の感情なのかもしれないが)
魔物を斬るときの殺気を目の当たりとするにつけて、ガズスは思うのだった。
いつもは落ち着いている風だが、敵を斬るときにだけ、ふっと姿を見せるのだ。
そんなシャットンが怖すぎて、クラリスも魔塔に入ってから自分の近くにいる、という側面もあった。エレインを含めた数人からは関係性を疑われている気配もあるのだが、気にしないこととしている。
(それにしても、見た目は俺のほうが怖いだろうに)
不思議と昔から懐かれていた。
日焼けした禿頭に手をおいて、ガズスは思う。本当は、クラリスとは年齢が10以上離れているから、親戚のおじさんとでも思われているのかもしれない。
「皆さんにそろそろ、オーラをかけないと。私はこれぐらいしか今、出来ないんですから」
弱々しく微笑んで、クラリスが言う。
オーラと閃光矢、この2つしかできない自分に不甲斐なさを感じているようだ。シャットンやバーンズ辺りからは少々、睨まれ始めてもいる。本人も気づいているのだろう。
気風もよく、水魔術の威力に長けたラミアの意見ばかりを窺っている。
「そう、引け目に感じることはない。ミュデスの愚行さえなければ、あなたも立派なフェルテアの聖女だった」
耐えきれず、ガズスは告げていた。
長年、魔塔のないフェルテア大公国を維持してきたのはクラリスだ。先代や先々代の聖女にはミュデスという愚かすぎる次期大公の邪魔が無かったのである。
それさえなければ、同じように平穏な聖女人生を歩み、その役割を全うしていたであろう。
「並み居る歴代の聖女に、あなたの働きは劣るものではない」
さらにガズスは断言する。
一見、愛らしい容姿のせいで、ミュデスに目をつけられた。
だが、逃走する羽目となり、そこから生還して今も魔塔攻略班に付け焼き刃の技術だけで参加している。
「むしろ、魔塔での経験を積んでいる今となっては、あなたの方が偉大なぐらいでしょう」
ものは考えようなのだった。
「私は長年、ただ祈っていただけでした。でも、本当はきっとそれだけじゃだめだったんです。魔塔が無いようにすれば、神聖魔術なんて要らない。だから、誰も、私も修得しようとしませんでした」
クラリスが美しい顔を曇らせて告げる。
立ったまま、そして自分は座ったままだから表情の動きがよく見て取れた。
「本当は、フェルテアの神聖教会にも資料がありました。今、使っているものほど詳しくはありませんが。だから、私、意識さえ高く持っていれば、前もって学んでおけることが出来たはずなんです」
つまり、長い平和な歴史の中で、聖女の神聖魔術についても形骸化していたということだ。
クラリス一人を責められることではないとガズスは思う。
(他国でなんとか教練書を手に入れ、いざ帰国してみれば似たようなものがあった。それを目の当たりにすれば、そういう心情になるのも無理はないが)
肩を落としたクラリスの姿が目に浮かぶようであった。
「何年も祈り続けて平和を維持してきた、その不可抗力の反動がこの魔塔でしょう。気に病むものではありません」
一心に、他者のため祈りを捧げ続けるということの大変さはクラリスにしか分からない。
「祈るだけ、とおっしゃっていたが、それもまた大変なことと俺は思いますよ」
警備の際に目にしてきた、細かなしきたりや手順を思い返すにつけ、ガズスは告げるのであった。
クラリスが胸を突かれたような顔をする。本当は大したことなど言えていない。
よほど今まで肩身が狭かったのだろう、とガズスは思わされるのであった。




