126 フェルテアの魔塔第3階層9
「では、参りましょう」
不思議なもので、かしましいエレインと言葉を交わすことで、少し溌溂としているのがバーンズだった。
(俺なら、疲れそうな相手だが)
可愛らしいがどこか煩わしい小鳥に似ている。
シャットンはバーンズをからかいたくなるのをグッとこらえた。
「ここからは、手探りです。ご不便をかけるかもしれません。すいません」
さらには気遣いの言葉も告げて、また先導してくれる。
しばらく登り坂を進む。
相変わらず女性や重量級のガズスでも登りやすい道をバーンズが見つけてくれる。変わったのはせいぜい、道を見つけるために立ち止まる頻度が増えたぐらいのものだ。
(不便だなんて、まったくそんなことはない)
シャットンは自身の傍を歩くラミアに目配せをする。
掴まることのできる岩や足場がしっかりした場所を巧みに見つけては案内してくれるのであった。
無言で、ふと、バーンズが足を止める。焦ったように手振りで皆の進みを止めた。まだ山の中腹に至るかどうかのところだ。
「仕方ないかな。獲物を捕らえるために移動が多いのは察していましたが」
バーンズが鋭い眼差しのまま呟く。
「気付かれましたね、足音が近付いてきます」
呆れるほどに目と耳の良いバーンズである。さすがに敵が近いとなれば遠眼鏡を使うことは出来ないらしい。
シャットンはガズスとともにバーンズの位置にまで進み、そして少し前に出た。階層主相手に前衛を張るのは、バーンズにとっては厳しいはずだ。
「うっ」
ガズスが何かに気づいた。
視線を辿ってシャットンも見つける。
少し進んだ崖の上に、純白の豹が仁王立ちしていた。こちらを睨みつけている。体高も幅も1ケルド半(約3メートル)はありそうだ。
雪岩パンサー、この階層の階層主だろう。
「来ますよ」
バーンズが短く告げて後退る。
いざとなったら、後衛を守るつもりなのだろう。
(速い。そして力強い)
凍りついた岩肌もものともせずに進んでくる。
シャットンは剣を構えた。初撃を避けて、なんとか斬りつけられるだろうか。
「ぬぉおおっ」
ガズスのほうが攻撃を受けた。巨体の分、狙いやすかったのか。
突進をまともに受けて、ガズスが吹っ飛ぶ。
(ガズス殿でこれか。俺が受ければひとたまりもないな)
シャットンは冷静に思いつつ、真横から斬撃を放つ。
両断して即座に終わらせるつもりだった。
だが、真横に雪岩パンサーが跳んで、斬撃を浅くされてしまう。
(このまま突破されるわけにはいかない)
なぜだかラミアの顔がちらつくのだった。
困惑しつつも、シャットンはさらなる追撃を放とうと距離を詰める。
「くっ」
しかし繰り出される前腕の殴打を避けるため、退がらざるを得なかった。
(速く、そして強い)
シャットンは舌打ちする。
前脚の一撃をなんとか躱しては斬撃を繰り出す。しかしいずれも浅い。毛皮が厚くて硬いようだ。
「ウォータアロー」
水の矢が背後から雪岩パンサーを襲う。
(水気は今ひとつ、か)
寒冷地で生きるための適応だろうか。水を弾いているように見えた。衝撃を与えてひるませるぐらいの効果しかないようだ。
「ぬおおおおっ!」
復活したガズスが咆哮を上げて突っ込んでくる。
大斧による大振りの一撃。当たれば、毛皮などはものともせずに両断出来るだろう。
当たれば、だ。
雪岩パンサーが難なく躱して、逆に左の前腕でガズスを鎧ごと、まともに打った。
「ぐおおあっ」
苦悶の声とともにあえなく再度、ふっ飛ばされるガズス。
何をしに来たのだ、と詰問したくなるような光景だが。
(相性が悪過ぎるな)
シャットンはガズスを横目に思う。
当たれば大斧による一撃は決定打となりうる。だが、速さのほうで翻弄されてしまうのだった。腕力の方も魔物なだけあって尋常ではない。
鎧のおかげで死なずに済んでいる印象だ。それでも鎧の中では大怪我だろう。
「回復光を」
バーンズの大声が聞こえた。同感なのだろう。かなり焦っている。
エレインが駆け寄って、即座にガズスを治した。かなりの重傷だったろうに、即座に、だ。
さすがのシャットンも舌を巻く。だが、エレインの魔力にも限界はあるはずだ。食らっては治す、も何度出来るのかは分からない。
「しっ!」
シャットンは攻撃を躱すや斬りつける。
当てられはするが、やはり浅い。毛も少しは削いでいるだろうか。長く続けられるなら、いつかは倒せるかもしれない。
(だが、いつまで続けられる?これでも俺の全力だ)
躱すだけでも緊張も疲労も積み重なってくる。
シャットンは汗を拭う間もないのだった。
「ウェイブボール」
高速の水弾が叩き込まれる。ただの水ではない。人間の頭ぐらいはある、完全な球体であり、渦を巻いていた。
「さすが」
ただ水をぶつけるより、遥かに衝撃で勝るらしい。
激痛で雪岩パンサーの動きが止まる。そこをシャットンは思い切り斬りつけてやった。
「グギャアッ!」
かなりの深傷だ。鮮血がほとばしる。
だが、シャットンはこれで雪岩パンサーの怒りを買うのであった。




