125 フェルテアの魔塔第3階層8
バーンズの選んだ、緩やかな登り坂を一同は進み続ける。移動だけでも体力を削られてしまう。そのため、途中で小休止を幾度か挟まざるを得ない。
「いつか、2人で山登り、してみたいです」
岩に座り込んでいたエレインがバーンズに話しかけている。
「えぇ、そのときは魔物のいない山にしましょう」
微笑んでバーンズも立ったまま応じる。時折、周囲には鋭い視線を送るものの、エレインに向ける視線だけは柔らかい。
エレインの方も視線に気づくたびくすぐったそうにしていて、実に仲睦まじい2人なのであった。
「死なせらんないわよねぇ、あんなの」
2人を見て、ラミアが言う。ガズスとクラリスが静かにべったりなので、どうしてもラミアの話し相手が自分となってしまう。
「そうですね」
自分も口数の多い方ではない。相槌を打って頷くぐらいしかできない。
「隣の国からの増援って立場でさ。それでもこんなに命賭けてくれてるんだもの。死体で送り返すわけには、いかないわよね」
ため息をついて、ラミアが加えた。なんとも返しづらいことを言うものである。
(俺を困らせて楽しんでるんじゃないか?)
勘繰って、シャットンはラミアの表情を覗う。
だが至って平静であり、他意は感じられない。
「さて、行きましょう」
バーンズの言葉でまた出立となった。
暫く進むと山の頂上付近に出る。見晴らしが良く、向かい側にも山が見える場所だ。
バーンズがまた立ち止まり、背嚢から細長い筒を取り出す。そして目に当てた。
「なるほどね」
ラミアが勝手に納得している。
「あれを使って、見つける前に見つけてるってわけ。あれは、遠眼鏡って道具よ。魔道具とかじゃないけど、便利よね」
口には出さなかった自分の問いを察して、ラミアが答える。
ただでさえ良い視力を、道具でさらに強くしているということだ。
向かい側の山をバーンズが遠眼鏡で探り続けている。つられてシャットンも見渡してはみるが、岩肌と張り付いた雪、灌木が辛うじて見分けられるぐらいのものだった。
「やはり、あの山の頂付近に、まだいますね。シロマキヅノを食っています」
バーンズが指差して告げる。だが、やはりそのような光景は見えないのだった。
「確かに、こんだけ離れてるところから見つけられれば、戦闘にもならないわね。大したもんだわ」
感心して、ラミアが頷いて告げる。
だが、褒められても嬉しくはないらしいのがバーンズだ。
「たまたまですし、予断は禁物ですよ」
素っ気なく、返すばかりなのであった。
1回、登りきったので、今度は下りとなる。下りだから楽だということもない。
「きゃっ」
ラミアが転びかけて縋り付いてくる。らしくない、可愛い悲鳴が漏れるのだった。
「気をつけてください。自覚はあると思いますが魔術師といえど、動けなくなっては危険なのですから」
シャットンは手を貸して助けながら、一応、釘を刺す。
「あんたねぇ、もう少し、優しく出来ないの?」
ジトッとした目をして、ラミアが文句を言う。
見捨ててもいなければ、転ぶ前に助けてもいる。これ以上、何が不満だというのだろうか。
「優しいかはともかく、助けはしたつもりですが?」
シャットンは首を傾げてみせる。
ふとなんとなく、横を見ると、ガズスがクラリスを抱きかかえて、ゆっくりと岩を下っているところだった。
また、バーンズもエレインの手を引いているのも目に入る。
(いざとなったら、俺が敵に即応しないとか)
ガズスもバーンズも油断はしていないだろうが、反応は遅れるかもしれない。
気を引き締め直しつつ、だが階層主に近づいているせいか、敵の襲撃は減った。ほぼ敵と遭遇することなく、下りきる。
「もう一息です。しかし、また登りますから、少し休みませんか」
バーンズが誰にともなく提案する。
「そうね、少しでも万全で階層主には当たりたいものね、賛成よ」
ラミアが賛意を示して、休憩をすることとなった。
バーンズから配られた兵糧を、それぞれが摂る。さらにはクラリスがオーラをかけ直した。
「ふぅ」
エレインが息をついている。さすがにかなり疲れた様子だ。
「大丈夫ですか?とても頑張ってましたね」
微笑んでバーンズが隣に腰掛けている。エレインのここまでの頑張りを労っていた。他の面々も同程度に頑張っていたのに、なぜかエレインだけを褒めるのである。
「皇都を歩くのとは全然違います。でも、バーンズさんが助けてくれたから」
とても嬉しそうにエレインが返すのだった。結局、あの2人は好きあっている男女なのだ。そういうことなのだろう。
「ああいうとこよ、ああいうとこ。だから、あいつにはちゃんと恋人がいて。しかも魔塔にまでついてきてくれるってわけ」
皮肉たっぷりにラミアが話しかけてきた。先の何ごとかを蒸し返したいらしい。
「それが必ずしも良いとは思いませんが」
自分なら、魔塔にまで恋人にはついてきてほしくない。それなら親しくないほうがいいぐらいだ。
「はぁ」
わざとらしくラミアがため息をつく。
「あんたには一生、分かんないかもねぇ」
挙げ句、言い捨ててラミアが離れていくのだった。




