122 フェルテアの魔塔第3階層5
疲れ切っていたバーンズを、天幕の中で休ませている。シャットンもラミアも『休んでもらうんです!』と高らかに宣言したエレインにより、天幕から締め出されてしまったのであった。
中では今頃、エレインがバーンズを膝枕にして、甲斐甲斐しく世話を焼いているのだろう。
「かなり疲れていたわね、バーンズのやつ」
ラミアがそばに寄ってきて告げる。輝いて見えるのはオーラのせいだ。
自分もラミアもクラリスにより即座にオーラをかけなおされている。
「ええ、探索にはかなりの神経を使うのでしょう」
シャットンは相槌を打った。
(ただ戦うのよりも、疲れるのかもしれないな)
少し想像してみるだけでも、敵に見つからないように腐心し、階層主にも見つからず、それでいて、自分は相手を見つけなくてはならないのだから。
その場その場の判断力が問われる場面の連続だろう。
「聖女とは違った意味で生命線よ、あいつ」
しみじみとラミアが告げる。
「そうですね」
再びシャットンは頷く。
戦う相手を見つけてきてくれることも、相手についての情報を知らせてくれることもしてくれる。自分たちでするとなれば、大変な手間がかかることは間違いない。
(そう考えると、そんな人材をあらかじめ仕込んでおいた、シェルダンという人物のほうが恐ろしい)
シャットンは仏頂面ばかりだった、軽装歩兵隊の総隊長について、思いを馳せる。
全てを読み切った上で、動いているように思えた。
(同じアスロック王国の出身者だが、かつての魔塔でも似たような働きをしていたであろうことは、想像に難くない)
じっとシャットンは辺りを見回しながら考え込んでいた。
今のところ、敵の姿は無い。
(本来なら、誰しもにとって、魔塔というのは未知のものであるはずだった。それなのに、なぜ、彼はこうも詳しいのか)
自分とガズスとで、周辺の魔物については、倒し尽くしているのだった。集めて埋めたが、亡骸だらけだったのである。
ガズスの傍にはクラリスが立っていた。
「何、考えているの?」
視界にラミアが割り込んできた。美貌が迫ってきたので、つい、シャットンは仰け反ってしまう。
「バーンズ殿がいなかったなら、我々はどうなっていたか?或いはどうしていたのか?そんなことを考えてしまいましてね」
シャットンはシェルダンの事には触れずに答えた。
なんとなく口外するのには覚悟がいる。そんな相手なのであった。
「とんでもない苦労をしていて、戦いどころではなかったかも」
腕組みして考える素振りをしてから、ラミアが言う。本当は頭の回転が早いラミアである。回答などすぐに浮かぶに決まっていた。
「それとも、階層主を見つけられてなくて、第2階層をまだ、うろちょろ彷徨っていたかもね」
さらに加えてラミアが付け足す。
ラミア越しに、呑気にガズスと肩を並べて、言葉を交わすクラリスの姿がまた見えた。オーラをかけて、魔核を砕いた以外は何もしていない。ただ付いてくるだけの存在だった。
(ガズス殿もよくもまぁ、怒鳴り出さないものだ。俺ですら、少し、イラつかされているというのに)
シャットンはなんとなく雇い主であるクラリスについて、歯がゆい思いを抱くのであった。
「いいのよ、あれは、別に」
シャットンの視線と、そこに込められた感情に気づいたのか、ラミアが告げる。
「オーラにせよ、閃光矢にせよ。私らには出来ないことが出来る。しかもそれが必須と来てるんだから。だったら、それさえしっかりしてくれれば、私には十分よ」
クラリスをかばっている、という顔ではなかった。強がりでもない。どこか気高さをすら感じさせるのが、ラミアの美貌なのだった。
(強者の自信、というやつかな)
第2階層の階層主ペイングインを圧倒していた力量には、シャットンも驚かされた。ガズスもシャットンも、ほとんど何もする必要がなかったほどだ。
自分が強いから、他は最低限でいい、とでも思っているのではないか。
(だが、ラミア殿の場合、そういうのとも、少し違う気がする)
シャットンは思案するも、はっきりとした答えは下せずにいた。
「あの子はあの子で悪い子じゃないから。本人も本当は焦ってしまいそうなんだと思うけど。ガズスがむしろ、上手く抑えてるんじゃないかしら?」
笑って、ラミアが言う。
そこで抑え役にガズスが出てくるということだけが、最後、シャットンには腑に落ちないのであった。
「あんたもあんたでね、思い詰めすぎ考えすぎよ。剣のことはよくわかんないけど。なんか切迫してて、息が詰まりそう。腕がいいんだからさ、暴れることだけを考えてればいいって、そう思うのよね、あんたには」
力づけようとしてくれているのか、心配してくれているのか、それともダメ出しされているのかも分からない。
「みんなが、ただ暴れるだけ、というわけにはいかないでしょう」
苦笑いでシャットンは応じた。
「それも、そっか」
ラミアが柔らかく微笑むので、シャットンは胸をつかれたようになってしまうのであった。




