12 聖山ランゲルへ
街道を9人で歩いて進む。今回は聖女のために馬車を用意する、ということもシェルダンがしなかった。時折、妙なところで貴人に厳しい。
「すいません、上司がケチで」
冗談めかして振り向き、バーンズはシャットンに告げる。最後尾を歩くのがシャットンと聖女クラリスであった。
「いや、難しいお立場だからな、クラリス様は」
苦笑いしてシャットンが応じる。
魔塔が立った以上、丁重に遇する気もシェルダンには無い、というのが当然に伝わってしまった。シェルダンらしい合理性ではあるが、気不味いのは直接、応対する自分たちである。
医学の心得もあるマキニスがシャットンと聖女クラリス近くで、苦笑を浮かべた。
「バーンズさんたち、第6分隊の皆さんにも、迷惑をかけてすいません」
申し訳無さそうに頭を下げる聖女クラリス。気立ての良い美少女である。個人としては皆、悪い感情はない。祖国をどうにかしたい、という感情も理解は出来た。
「聖山ランゲルに行きたいのはこちらの都合だ。護衛を付けてもらえただけでも、御の字だ」
同じアスロック王国の出身だから同じ考え方なのだろうか。保護して皇都グルーンへ移送する際には馬車だったというのに、今は徒歩なのだが、シャットンにも、違和感も不満も無いらしい。
(俺は、魔塔が立ったからもう知らん、っていうの、あけすけ過ぎて感じ悪いんだけど。気も引けるし)
ブツブツ文句を言っていた姿を見ているから、自分はそう感じるのかもしれない。バーンズは思うこととした。
「大丈夫です。私もよく、フェルテア大公国では祈りのために歩き回ってましたから」
微笑んで聖女クラリスが言う。
確かに危惧していたよりもしっかりと歩いてくれている。軍の行軍よりは遅いものの、徒歩ということで練り直した旅程は順調に消化していた。
「それに、歩きやすくていい」
シャットンも頷いて加えた。
「道がある。ただあるだけではなくて、整備が行き届いている。ドレシア帝国は素晴らしいな」
つくづく感心した、という顔でシャットンが言うのであった。
「フェルテアにも道はありましたよ。冬は雪で閉ざされることもありますけど」
じとりとした視線を向けて、聖女クラリスが頬をふくらませる。自分なりにしようとしたことに着手出来てあるからか、一時の憔悴からは脱したようだ。
「アスロックの時を思い出しておりました。あの国は道どころではありませんでしたから」
丁重にシャットンがいなすのであった。2人のやり取りに入っていけなくて、分隊としては常よりも言葉数が少ない。
国境近くにまで至り、小休止を取ることとする。
「あの2人、デキてるんですかね?」
下世話なことを言うのは長身のヘイウッドだ。
無遠慮な視線を2人に向けてもいる。
ピーター以外の皆で、一斉にその愚かな頭を叩く。ただ失礼なだけではない。
「死にたいのか、お前は」
さすがに焦ってバーンズは声を殺して告げる。
「聞こえたら斬られちまうぞ」
ジェニングスも珍しく引きつった顔で言う。
後の説教は年長の副官マイルズと年嵩のビルモラクの仕事だ。こんこんと言い聞かせ始めた。
途中、シグナベアという白い巨熊が出たのである。7人で寄ってたかって倒そうとしたところ、シャットンが一撃のもとに斬り倒してしまった。鋭い斬撃で喉を斬り裂いたのだ。
(爪とか牙とか腕力とか。警戒すべきことが幾らでもあるのに)
恐れず正面から立ち向かい、そして勝ってしまうのである。
剣技に長じたジェニングスですら怯えるほどの腕前だった。
幸い、聞こえなかったのか、怒らないこととしたのか。ヘイウッドが斬り捨てられずに済んだ。
再び歩き始め、やがて旧国境のラトラップ川を越えて、旧アスロック王国領に入る。ゲルングルン地方だ。
小さな橋をシャットンが聖女クラリスを気にかけながら渡る。
「変わったな」
ポツリとシャットンが呟く。
「あの小川には橋なんて無かったし、先への道もなかった」
感慨深げに渡ってきた小さな木造の橋を振り向いてシャットンが言う。
「瘴気もまるで見当たらない」
さらに加えてシャットンが言う。旧アスロック王国出身者は皆、同じ反応をする。
「瘴気って見えるんですか?」
純朴な聖女クラリスが無邪気な問いを発する。
おそらくは見たことのある者にしか分からない。
バーンズ含めドレシア帝国の軍人にも分かる、シャットンの言葉だった。
「本当にひどいところでは、空気が暗く淀むのです。当たり前の光景がどこか暗い。知らず心も蝕まれているようになるのです」
シャットンが陰鬱な声音で説明した。
自身もまた暗い心持ちだったのかもしれない。
「では、いずれフェルテア大公国も?」
不安そうに聖女クラリスが尋ねる。
「魔塔攻略失敗が続き、民が疲弊して瘴気に溢れるようになれば。魔塔周辺からそうなっていくことでしょう」
シャットンが淡々と続けるのだった。
(あまり、魔物が溢れてくるようなら、ドレシア帝国も他人事じゃないと思うけど)
バーンズなどは話を聞いていて思うのだった。ビルモラクが目配せしてくる。似たような思いに囚われているのだろう。
「しかし、長年平和だったフェルテアに魔塔が倒せますかね」
なんとなく思い、バーンズは口を挟んでしまう。
「2000、3000と立て続けに失敗しているようです。魔塔上層は瘴気が濃いから、普通の兵士ではまともに戦うことも出来ない。聖騎士様がいないと」
さらにバーンズはシェルダンの話を思い出して告げる。
「さすがによく知っているな」
苦笑いしてシャットンが言う。
「そういう魔塔上層についての話は機密事項かと思っていたが」
確かにシャットンの言う通り、マキニスやマイルズといった部下たちも聖女クラリスも目を丸くしていた。
「え、そうなんですか?」
驚いてバーンズは声を上げる。
「俺の上司の、シェルダン総隊長から散々、聞かされていたから」
だが、思い返してみると、一対一の時以外ではシェルダンが魔塔の話をしているところを見た事がないのだった。
確かに機密ではあるのもしれない。
「シェルダン殿もただ者ではない。あまり親しく話そうとも思わなかったが」
シャットンが険しい顔で言う。何かきっかけがないとシェルダンとは親しく話すのは難しい。
バーンズも苦笑いだ。
「つまり、やはり、大神官様を通じて、聖騎士セニア様のご協力を取り付けるのが一番良いのね」
クラリスが勢い込む。
(そう簡単に行くかな)
バーンズは首を傾げてしまう。
ドレシア帝国の聖騎士にして皇帝の弟クリフォードの妻なのだ。軽々しく他国の魔塔のため、出向させることを、溺愛していると評判の夫クリフォードが肯んずるだろうか。
(しかも、まして聖騎士セニア様は)
国中に知れ渡っている理由で今は動けない。
(妊娠中だっていうのに)
過酷な魔塔攻略になど挑めるのだろうか。
未婚のバーンズは想像するしかなくて、首を傾げるのであった。




