118 フェルテアの魔塔第3階層3
探索に出たバーンズだけを働かせるわけにはいかない。
シャットンは天幕の外に立ち、立哨を開始した。バーンズが階層主の位置を特定し、戻って来るまでの間、自分とガズスが交代で見張りを務めることとなる。
誰に言われるでもない、まずは自分だ、とシャットンは決めていた。
「やはり腕が良い」
だが、1時間もしない内にガズスが天幕から出て来て告げる。話しかけに来たようでいて、その実、代われと促しに来たのだ。
出発したばかりのバーンズの姿もまだ見えているというのに、早すぎるくらいだ。
「バーンズ殿のことですか」
多少、はぐらかす意図もあって、シャットンは返す。
時折、山肌を這うように移動しているバーンズの姿が岩の間から覗くのである。
(実際、バーンズ殿の腕も良いから嘘でもない)
進みは決して速くない。先程、シャットンも襲われたヤギの魔物との戦いを避けているからだ。出る前に説明を受けたが『シロマキヅノ』というらしい。
(そんな名前もどこで聞いたのやら)
多分、シェルダン・ビーズリーなのだろう、とシャットンは結論づけていた。
今も、岩に張り付くようにして動かず、気配を消してやり過ごしている。目や耳が人並外れて良いから、先に敵を感知出来るのだという。
だから、先手を打ってやり過ごす、という芸当もできる。無駄な戦いをしない。そういう意味でも腕が良いのだった。
「あなたのことだ、シャットン殿」
しかし、はぐらかすことには失敗した。重ねてガズスが告げる。だが、具体的にどう腕が良いかは言わない。
(さて、どういうことか)
よって、シャットンは言われた意味を、自分で考える羽目となった。
考える片手間に、また襲い掛かってきたシロマキヅノを交差する際に首を切り裂いて倒す。もう、倒し方は身体が覚えたのだ。そういう敵の相手は容易い。
剣の腕を磨いてくれたのは、旧アスロック王国の誇る武人ハイネル騎士団長だった。あの、ドレシア帝国きっての武人にして『魔塔の勇者』の1人ゴドヴァンにも負けていなかったそうだ。武芸だけなら聖騎士セニアよりも上なのだった。
そのハイネルに、自分が並んだ、とはシャットンには思えない。槍と剣、という得物の違い以上に開きを感じる。
(だが、階層主は分からんが、並みの魔物ぐらいなら、渡り合えてはいる。というより、俺は勝っている)
斬り捨てたシロマキヅノを見下ろして、シャットンは思う。腕利きと認めた軽装歩兵であるバーンズですら、戦いを避けるほどの敵を自分は容易く倒しているのだった。
(それこそ、オーラさえ、かつてあったなら、ハイネル様もワイルダー様も)
聖騎士セニアも加えて3人でなら、魔塔攻略をなし得たのではないか。
シャットンとしては思わずにはいられない。
(最古の魔塔まで、とは言わない。1本でも2本でも。魔塔を減らせていたなら、アスロック王国の辿る運命は違ったはずだ)
活動できる国土を減らされたこと。溢れる魔物がドレシア帝国にまで流れ込んだことが、侵略の口実を与えた。
(結局、セニア様とエヴァンズ殿下にかけられた離間。これが決定的だった。もともと折り合いの悪かった御二人だったが。相性が悪かった。その一言では、あまりにも)
幻術士アイシラがいなければ、どうなっていたのか。
無心に剣を振るっていると、シャットンはつい考えてしまう。そして、それがシャットンにとっては自分を見つめる、ということだった。もっと戦い続けていれば、やがて、思考も空になるのだが。
「シャットン殿」
少し、大きい声でガズスに呼びかけられた。
さすがにシャットンも我に返る。
「どうされましたか?」
初めて顔を向けてシャットンは尋ねた。
「いや、本当に集中して、戦われるのだな、と」
苦笑してガズスが言う。
戦う時、集中するのは当たり前だ。この軍人は何を言っているのだろうか。
「ずっと戦い通しで、クラリス様が心配されている」
どうやら、一度、天幕の中に戻っていたらしい。
魔物との戦いに集中するあまり、シャットンはそんなことにも気づかなかったのだった。
自分の周りには無数の魔物が亡骸となって転がっている。かなりの時間、戦い続けていたのは間違いはないらしい。
「俺は、ここではただの剣士ですから。戦い続けるのは当然です。クラリス様からご心配いただくことでもないと思いますが」
相手は一国を代表する軍人だ。それでも丁重にシャットンは告げる。
「国を追いやられた時も離れず、ついてくれた護衛だ。お二人の絆があれば、心配しない方がおかしい」
ガズスが首を傾げて言う。
絆、というのがまた、青臭くて微妙な言い回しである。
何か誤解があるようだ。クラリスが敬意を払い、内心で憧れ続けていた相手はおそらくガズスである。ともに魔塔を上がるとなって、好機とばかりに隣にいるのも、そのためだ。
「ガズス将軍、俺とクラリス様の間には、何も無い」
よって、シャットンは誤解を解くべく、あえて話しづらい話題に、自ら足を踏み入れるのであった。




