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天命  作者: 三木弥生
3/3

状況把握

「桐枝ちゃん、これを見て。何か思い出すことはない?」


目の前の柔和な印象の女性が不安げに尋ねてくる。その手には一面に咲き誇る小さく黄色い花畑を背景に描かれた仲睦まじい三人の家族が描かれているーー写真と言うらしいそれを差し出す。その真ん中で満面の笑みを湛える少女は自身に瓜二つだが、両隣で同じように幸せそうに微笑む男女にはまるで見覚えがない。

写真を差し出すその指先が微かに震えているのを見て、この答えに悲しませてしまうだろうか、と少しの罪悪感を抱くがすぐにばれる嘘をつく訳にもいかない。ふるふると首を横に振ると女性は声もなくうつ向いて微かに見える表情は少し眉を下げて悲しげにしている。


やはり悲しませてしまったか、と自分にはどうしようもない自体とは言え胸がチクリと痛む。


この女性は名を「水無瀬小春」と言うらしい。

らしい、というのはキリエにとって小春は昨日会ったばかりのほとんど面識のない人間であったからだ。





ベッドから転げ落ちたその日、自身の状況が掴めないままキリエは眠りに着いた。そして目覚めると小春と体格の良い青年、そして十歳前後の少年の三人が傍らにいたのだ。きょろりと目だけでその存在を確認すると、彼女たちは一様に心配そうな表情をしており、視線が合うと一番近くに居た彼女は「桐枝ちゃん!起きたのね!」と叫びながらベッドに横たわるキリエに抱き付いた。

見知らぬ女性だというのに震えながらしがみつくその温もりが何故だか懐かしいものに感じられた。見知らぬ女性に抱き付かれるという状況に逃げ出しても良い筈だが、不思議なことに昨日出会った女性たちにはあった警戒心も今はわいてこない。

重い腕を遅々とした動きでなんとか伸ばして慰めようと彼女の背中をさする。ピクリと一瞬小さな動きを見せたが、そのまま何も言わずに嗚咽をもらす。自分の為に泣いているのだと思い困惑と申し訳ない気持ちが胸を締め付ける。


なんとなく傍らにいた男たちを見るが、彼らも同じように泣いている。「良かった…。本当に良かった…」「桐枝、起きてくれて良かった…」呟くような、唸るような声で涙を拭っている。


取り敢えず状況の説明が欲しい。なんとか話をしたいが声は依然として出ない、スカスカとした音が喉を通るだけだが、女性はキリエの様子に気づいたのか顔をパッと上げる。


「桐枝ちゃん、あなた事故で二週間も眠っていたのよ。覚えてる?」


事故、とは魔導書のことだろうか。一番の心当たりはそれだが、二週間も経過していたというのは少し信じがたい。本来であれば王族と勇者の結婚式に参列していたのだ。そんな長時間が経つ前に使者の一人や二人きても良いのではないだろうか。それに、あれが原因だったと断言するのは尚早だろう。


小さく首を横に振ると彼女は何やら悩ましげな表情をする。視線を巡らせて唇をモゴモゴとさせている。何かを言うか、言うまいかと悩んでいるようだ。

黙って見つめていると、彼女が口を開くより先に傍らの少年は少ししゃがんで顔を合わせると「俺のこと、分かるか?」と尋ねてくる。


問う彼をまじまじと見つめるが、心当たりはない。涼しげな目元が印象的な清廉な顔立ちは美しく整っている。とてもキレイな子どもだが、それ故に何処かで出会っていれば頭の片隅にでも残っている筈だ。

首を振って応えれば一様に皆驚愕の表情を浮かべる。


「私のことは?コハルおばさんのことは覚えてる?」

「レンおじさんのことは覚えているかい?」


二人が激しい勢いで尋ねてくるので圧倒されるが、見つめる彼らにやはり見覚えはない。

これにも首を横に振ると悲嘆を浮かべた表情をされる。



そうして、彼女たちはキリエの状況について端的に説明をした。

ピアノという楽器の演奏会の帰りに両親と交通事故にあったこと、その際に両親が亡くなったこと、そして二週間寝たきりでようやく目覚めたこと。彼女たちはキリエとはおじ、おばと従兄弟の関係であることを。


しかし、そのどれも身に覚えのない出来事で、どうしても他人事のようにしか感じられない。

まるで全く知らない異なる世界へでも放り込まれたようだ。あちらとこちらの世界で見つけられた共通するものは言葉と自身の名前くらいだろうか。

異なる文化と文明、そして魔法がこちらの世界では存在しないということも会話の中で知った。

おとぎ話のような世界だ。そして、この世界の事をキリエはある人物から聞いた世界とそっくりだと考えていた。

まるで勇者の語っていた故郷のようだと。


「桐枝ちゃん」


随分と考え込んでいたのか、意識が目の前の女性から離れていた。

顔を上げると、小春はキリエの手を暖かな掌で優しく包み込む。



「桐枝ちゃん、大丈夫よ。おばさんがきっと何とかするから」


まなじりが少し落ちて優しくも儚げな表情をしている。

随分と親切な方だ、とは思いながらも未だに「親戚」だとは今一つ受け入れられないキリエは自身の胸にそっと触れる。


ーーこの少女は何者なのだろうか。


きっと沢山の人から愛情を受けて来たのだろう少女。小春から見せられる写真はどれも「桐枝」が幸せそうに、楽しそうにしている物だ。だが、そんな「桐枝」や桐枝の両親を見ても他人のようにしか思えない。

そして、と思う。


ーー少女に向けられた優しい温もりを自分が受けても良いものなのだろうか?

前話で書いてませんでしたが、看護師が部屋に駆けつけたのはモニター心電図で異常波形が現れてすっ飛んで来たからです。

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