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天命  作者: 三木弥生
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ここはどこ?

彼女は薄闇の中目覚めた。

見るともなく見た部屋の中はすっかり暗く、雨の音もしない。


ーー死ななかったのか。


思った途端に落胆し、次いで安堵した自分に驚く。

全てがどうでも良かった筈なのに、悲しみから解放されたかった筈なのに命を惜しむ自分がそこには居た。


妙に重い身体を捩り、そして違和感を抱く。書庫の床で眠っていた筈が柔らかなベッドに身を横たえている。そして更に不可思議な事に気付いた。

自分の屋敷ではない。

視線の先、闇夜に慣れた目にまず入ったのは白い壁と天井、くるりと視線を巡らせれば更にソファと小さなタンスと机が有ることが分かった。そして、金属の棒がベッドの横に立てられ、そこから吊り下げられた水のような何かが入った透明な袋から伸びる細い管が腕に繋がっている。


ーー攻撃を受けている?


ひょっとしたら魔物の残党だろうか。空間転移の魔法によって捕らわれたか。

しかし、それにしては妙だ。見張りも居ない、体も拘束されてない、痛みも感じない。

とりあえず腕に刺された奇妙な管を引き抜くと鈍い痛みが走り血が滴る。止血をしようとして、ある事にようやく気付く。


ーー体が小さくなっている。


元々小柄ではあったが、明らかに体格が違う。かざしたやけに重い手のひらが、腕の太さが、何もかもが違う。まるで子どもに戻ったように。

思わずベッドから立ち上がろうとするが、体に上手く力が入らず転げ落ちる。それと同時にバサッと本の落ちたような軽い音がして痛みに悶えながら反射的に見れば、それはあの魔導書だった。

血で汚さないよう一緒に落ちた布団の端で腕から滴る血を拭うが、たったそれだけの動作でひどく息が上がる。必死に腕を伸ばして掴んで魔導書を引き寄せる。もう輝きは一切ない、一見ごく普通の本だ。だが、油断は出来ない。何らかの条件を満たした結果魔法が発動したと考えられるが不可解な事が多すぎる。

知らない場所、幼くなった上に思うように動かない体、何故発動したか、そもそもどんな効果か分からない魔法。

あの魔法は解読出来ていない状態で発動した以上どんな効果なのか、そもそも正常に発動したのかさえ判然としない。

取り敢えず収納魔法を発動させて魔導書を隔絶された間隙世界へと収納する。魔法が使えた事実に安堵しているとバタバタと複数人の大きな足音がする。

逃げようか、と思うが体が重くて動かない。

回復魔法は苦手な上に、そもそも原因ーー治療をする対象が分からなければ治療をする事は不可能だ。

幸いにも足の運び方からして魔物ではなく人間なのは間違いないだろう。


「キリエさん、失礼します!」


ノックもせず、ガラガラと大きな音を立ててドアは開かれる。少し息の上がった若い女性と、それより少し年配の二人の女性が姿を見せる。ベッドから落ちた姿勢のまま、倒れた状態で視線だけ向けると彼女たちは「はっ」と息をついたような声にならない音を出す。


「ニシノさん、先生よんで!」


大きな声を上げながら年配の女性が走り寄る中、若い方の「ニシノ」と呼ばれた女性はなにやら細長く四角い何かに声を張り上げ、それを置き去りにした年配の女は駆け寄りながら必死に呼び掛けてくる。


「キリエさん、ちょっとお体を見ますね。血圧を測らせてもらいます。痛い所はないですか」


言いながら顔を覗きこみ、体に触れて検分を始める。あまりの勢いに圧倒されるが敵意がない事はなんとなく分かる。


キリエ、とこの女性は自分を呼んでいた。確かにそれは自分の名前に違いないが全く面識のないこの女性が何故自分の名を知っているのかと不信が募る。

訳の分からない状況を打開しようと声を発しようとして、気付く。



まるで声が出ない。喉の奥からはかすれたような音が出るだけで、それは意味のある音を成そうとしない。

困惑しながらされるがままになっていると「ニシノ」と呼ばれていた女性が駆け寄ってきて更に足音が一つ近寄って来る。

女たちと同様ノックも無しに飛び込んできた白い服を身に纏う男は間近に駆け寄り、女たちに何らかの指示を出している。


「バイタルサイン」「外傷は」「状況の説明」


騒がしいやり取りを見ていても状況が掴めない。それでも、彼らが自分の為に、それも恐らくは助けようとして必死になっていることだけは分かった。


彼らの全てを信頼することも行動の真意を推し測る事も今は出来ない。不安はあるが、それでも身動きすらろくに取れないのならば他に方法はない、と自身を納得させながらキリエは彼らの救助活動へと身を委ねた。

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