呪われ辺境伯に嫁いだら
「お前には辺境伯のもとへ向かってもらう」
ベーゼはそう言った父の言葉にただ「わかりました」と頷いた。
テーブルを囲む両親と妹は、同じ娘であるはずのベーゼを召使いのように立たせて意地悪く笑っている。
「よかったわね、お姉さま。お姉さまのような人でももらってくれる殿方がいらっしゃるなんて……。ぷぷっ、まあ、相手はあの辺境伯ですけど……」
「いけないわよ、メアリー。そんなことを言ったらベーゼだって怖くなって逃げ出しちゃうかもしれないじゃない」
義母と義妹が顔を寄せてわざとらしく言った。
これからベーゼが嫁ぐことになるのは呪われているともっぱらの噂である辺境伯だ。肌は血を浴びすぎて黒くなり、鋭いキバは人を噛み砕くことに長け、額から生える大きな角はまるで悪魔のようだという。
二人はベーゼの決して明るくはないだろう行く末を思って「かわいそうにねえ」と口の端を歪めた。
「まもなく向こうから馬車がやってくる。すぐ支度をして、さっさと出て行け」
「はい」
ベーゼは深く頭を下げて自室とも呼べない物置小屋へ戻った。私物などほとんどなかったので、着替えだけが詰まった小さな鞄を引っ提げた。
誰も護衛や見送りの人間などおらず、ベーゼはただ屋敷の前で辺境伯からの迎えを待っていた。
彼女の不揃いな長い髪は縮れてボサボサで、枝毛がぴょんぴょんと跳ねている。身なりは使用人以下。汚れても目立たない黒の、それも令嬢にあるまじきパンツスタイル。明らかに栄養不足な細い身体で肌もツヤやハリがない。指先は赤くなって荒れている。
これではどう見ても使用人どころか、貧民街に暮らす女にしか見えなかった。
なので、迎えにやってきた辺境伯の者が「ベーゼ・トルテ侯爵令嬢はいらっしゃるでしょうか」とベーゼ本人に聞きに来るのも無理はなかったのである。
「も……申し訳ございません! 私はてっきり……その、いえ……」
自身がベーゼであると告げた時の執事の表情は、まるで信じられないとでも言いたげだった。彼はどうやら老齢の獣人のようで、全身が灰色の毛に覆われ、頭に生える丸い耳がピコピコと動いた。ネズミ獣人だろうか。
隣国は獣人の国であり、辺境伯と隣国は交流も盛んなので王都ではそこまでお目にかかれない獣人も当然のように居るらしい。
ベーゼは顔色ひとつ変えないまま「大丈夫です」と言い、その次に「よろしくお願いします」と頭を下げた。いくらパンツスタイルとはいえ腰を折って礼をするだけの、淑女の風上にも置けないような礼だった。
執事は何か言いたげだったが、それをぐっと飲み込んだのか頭を下げてベーゼを車内に促した。
男女が二人きりにならないようにベーゼはひとりで馬車の中に入れられる。その後ろを護衛も兼ねてついていく執事は、彼女が馬車の中で床に正座していることなど知る由もなかった。
辺境伯の領地が窓の外を流れていく。辺境と言われると寂れた田舎のようにも感じるが、隣国との境なのでこの地が最も二か国の交流が盛んな地域だ。そのため王都ではまずお目にかかれないような物品なども多く並んでいる。
王国と隣国の関係は非常に良好だ。獣人と人間の間にお互い差別意識は残っているものの、交流の証として獣人の娘が王妃となったため表立ってとやかく言う者はいない。
辺境伯領で騎士たちが戦うのは、王国と隣国の間に位置する広大な森からやってくる魔物を民から守るためという理由が大きい。
「私はシムルド・ザッカーという」
辺境伯領に到着したベーゼは目の前に立つ男を見た。短く切り揃えられた黒髪に鋭い目つきは精悍さを漂わせている。
ただ異質なのはその額から伸びる大きな角と尻尾だった。
しかしベーゼはまったく気にならなかった。異形のパーツを除けばただの人間だし、聞いていた容姿とは大違いだ。噂とはあてにならない。
「まずは旅の疲れを癒してもらわねば」
そうして、ベーゼはあれよあれよと風呂場まで連れて来られた。
「ベーゼ様! お手伝いさせていただくアンです、よろしくお願いします!」
ベーゼより年下だろう少女は元気よくそう言って容赦なくベーゼの服を剥いだ。
「ひぇっ……」
だが、アンは服の下に隠されたベーゼの肌を見てわずかに後方へぐらついた。
それもそうだ。ベーゼの肉体は家の者からの仕打ちによって正常な色を探すことの方が難しい有様だった。満足に湯浴みもできなかったため、傷口のいくつかは膿んで悪化している。
まるで野良犬のような様相に、これは長い戦いになるだろうと覚悟していたアンでもさすがに予想外であった。
貴族の令嬢というのはその身の純潔を重要視される。そのため傷ひとつとっても丁重に扱い、大切に、大切に育てられなければならないのだ。
「べ…ベーゼ様。なんてひどいお怪我を……湯浴みの前に辺境伯さまにご報告して、医者に診てもらいましょう」
「そうですか。わかりました」
普通このような身体を見られれば何かしら思うこともあるだろう。しかしベーゼはアンの提案にも素直に頷き、バスローブを身に纏った状態で待たされることとなった。
専属の医師はまず身体を清潔にすべきだと言って、アンと二人がかりでベーゼの身体をすみずみまで洗った。髪に小型の吸血虫が寄生していたため薬液を頭にかけ、ひどい傷口は擦らず軽く水で流すだけに留めた。
流れていく水はベーゼの肉体を介して黒く染まっていく。灰色っぽく見えていた彼女の髪が実は銀髪なのだとこの時初めてわかったのだから相当なものだ。しかし、磨けばさぞや美しいだろう髪も彼女のやつれ具合と相まって老婆にしか見えない。長年の生活によって蓄積されたみすぼらしさはそう簡単には拭えなかった。
それでも一応見れる容姿になったベーゼは、風呂を上がるとそのまま医師による処置がなされた。ほとんど全身に薬を塗られ、骨のひび割れている所には厳重に包帯が巻かれる。アンはしきりに「おいたわしい……」と涙目でベーゼを見つめながら医師の補助をしていた。
安静にしておいた方がいいだろうということで、食堂で予定されていた夕餉は自室で摂ることとなった。
案内された部屋は平民の一軒家ほど広く、天蓋付きのベッドに大きく膨らむ布団がかけられ、薄いレースのカーテンは傾いて赤く染まる陽の光を透かし室内を照らしていた。
その窓からは緑鮮やかな庭園が広がっている。当然ながら侯爵領は屋敷の頭さえ見えず、国の中心にそびえる大きな時計台だけがかろうじてうかがえた。
ベーゼは促されるままベッドに身体を預け、目の前に準備されていく机や食事をぼんやり見ていた。
侯爵家ではベーゼの部屋というものは存在しなかった。寝る場所は屋敷の物置だったり、庭の隅っこだったりと、満足に四肢を伸ばして寝る場所さえない。彼女は使用人の仕事を命じられるほどの価値もなく、ただ、家の人間の憂さ晴らしにだけ利用されるおもちゃだった。
それもひとえに、ベーゼが不貞の子であるからだ。
前妻である実母は侯爵家の嫡女ながら自由奔放で、父との婚姻に不満を持ったらしく不義を働いた。ベーゼが両親と、その先祖とも合致しない銀の髪を携えて生まれると、途端に家の亀裂は深まって埋まらなくなってしまった。
精神を病んで亡くなった母の遺言は、「お前さえ産まれなければ」だった。
彼らは不義の子といえ侯爵家の血筋であるベーゼが邪魔だったのだろう。
一昔前ならば暗殺も許されたかもしれない。しかし、現代はもう百年近く平和が続き、王族でさえ法律に縛られている。獣人の多い隣国とも和平を結び、危険といえば野生動物や魔物くらいだ。
事故死ひとつでも新聞に載るこの時代に、貴族の娘がボロ雑巾のように死んでいたとなればどうなるか想像に難くない。ベーゼがここまで生きているのは時代のおかげであった。それが幸か不幸かはともかく。
眼前には完璧に整えられた食事が用意されていた。向かいには初日なのだから二人で食事をしたいと言って、シムルドが簡易的な椅子を持って来させて座っていた。ぶっきらぼうだが「ベッドに腰掛けたまま食べてくれてかまわない」と優しく声をかけてくる。
ベーゼは促されるまま食事を取った。適当なフォークを握りしめ、パスタに突き刺す。背をかがめて皿に顔を近付けて口いっぱいに頬張れば、トマトソースと添えられたバジルの風味が広がった。
侯爵家でも、まれにこういった豪華な食事を提供されることがあった。
もちろん彼らにあったのは悪意だけだ。みな彼女の不出来なマナーをあげつらって笑い、腹いっぱいだと残せばなんて贅沢者なのだとなじられ、吐きそうになるほど詰め込んで完食すればいやしいと蔑まれる。
食卓に招いたのはお前を家族と認めたからではない。思い上がるな。そう言いたげな視線に囲まれていた。
ベーゼは逡巡したのち、「お腹がいっぱいです」と答えた。豪勢なサラダも肉もかじった程度だ。
「遠慮しなくていい。君にはもっと栄養をつけてもらわねば」
そう言われて、ベーゼはなるほど、と思った。つまり、シムルドは完食しなければ怒るタイプの人間なのだろうと。
それから少しずつ腹の中に食事を押し込んでいった。最初のひとくちは美味しいと感じたパスタも、こうなってしまえば味などわからない。
だんだんと顔色を悪くしながらもちまちま食べ続けるベーゼに、とっくに完食したシムルドは「無理しなくてもいい」と声をかけた。それでも彼女は首を振って腹に食事を詰め込み続ける。
当然、限界はすぐに訪れた。
うっとちいさな衝撃が来たかと思えば、抑える間も無く食べたものが無惨な形となって出ていく。
シムルドが使用人に指示をしているのを頭の遠いところで聞きながら、ベーゼは着ていたワンピースを脱ぎ始めた。
彼女のあまりに突拍子もない行動に周囲は呆然として止めに入れなかった。
ベーゼは侯爵家で教えられた「粗相をしたときの作法」を思いながら、床に膝をつき、頭を地に擦り付けた。撒き散らかされた吐瀉物が地に付いた身体に容赦なく付着する。
「申し訳ありません。申し訳ありません」
この世に裸で土下座する貴族令嬢がいるものか。
ようやっと理解が追いついたシムルドはあわてて上着をかけ、「気にしなくていい」とつとめてやさしく声をかけた。止まっていた時が動き出したかのように、使用人たちもあわただしくそれぞれの仕事のために奔走しはじめた。
眠る時はどこかの空いてる床で。座る時も床で。役目は邸の人間たちの憂さ晴らし。謝罪をする時は惨めに裸を晒し、靴を舐め、犬の芸のように腹を出す。
ベーゼはこれまで、何の感情もなく当然のこととそれを受け入れて生きてきたのだろう。シムルドがそう気が付いたのは早かった。
彼女のために整えた環境で、最大限の注意を払って心の傷を癒すようにした。
「ベーゼ、ここが庭園だ。ほら、あそこに白い花のつぼみが見えるだろう。あれはこの地域にしか咲かない貴重な花なんだ。雪が降ると幻想的で綺麗なのだ。もうすぐ咲くだろう。楽しみだな」
「きれい……? たのしみ……?」
「今日の食事はうちの特産品だ。マッグピウイという魔獣の肉で、脂身が少なくあっさりしてダイエットやトレーニングに最適なものだ。きっとベーゼも食べられるだろう。」
「はい……」
「お腹がいっぱいになったら遠慮せず残していい。誰かが食べてくれる」
「あれは俺の両親の絵だ。……数年前に起きたスタンピードで前線に出て、亡くなってしまった。立派な両親だった。俺も2人のようになりたいと思う」
「では……こちらの絵は?」
「ああ。これは俺と姉だ。姉は隣国の辺境伯に嫁いでな。要するに……そこの森を挟んですぐの領地だな。お隣さんだ。すぐ会えるだろう。俺は……驚いたか? 呪いを受ける前の姿だ。早く元に戻ってみなを安心させてやりたいよ」
「傷も少しずつ治ってきたようだな。折れた骨が治ったら一緒に外へ出かけよう。露天で売っている料理はまた格別なのだぞ」
「はい。たのしみです。シムルドさま……」
「……そうか。楽しみか。俺もだ、ベーゼ」
「前より太ったな。いいことだ。少しは健康的になったんじゃないか? 身長も伸びてきたな。きっと今より素敵なレディになれるぞ」
「シムルドさま……」
「ん?」
「素敵なレディになったら……シムルドさまは、わたしをお嫁さんにしてくれますか……?」
「……もちろんだ、ベーゼ。君はそのためにここへ来たのだからな」
だが、それも正しいことなのか、いまのシムルドにはわからなかった。
ベーゼはここ数日、寝ても起きてもうなされて泣いている。彼女は侯爵家で受けたさまざまな仕打ちを夢に見て、そのつらさに苛まれていた。
「いや! お姉さま! やめて! もうやめてっ……!」
「大丈夫ですよ、ベーゼ様。ここにベーゼ様を害する人はおりません」
「アン、ああ……アン、たすけて……!」
「はいっ。私がついていますよ」
「シムルドさま……!」
「領主様もベーゼ様の味方ですっ」
部屋から漏れ聞こえる声にシムルドは不安そうに眉を下げた。
過去のベーゼにとって不当な扱いは当たり前。当たり前すぎて、彼女の普通がそれだったのだ。だから振るわれる暴力に抵抗してやめてと懇願することもなければ、良い暮らしをする家族たちを羨ましいと思うことさえなかった。
しかしどうだろう。この家でようやく「普通」の概念を得て自我が生まれ始めたベーゼは、とっくに過ぎ去った記憶に今更うちのめされている。当時はなんとも思っていなかったのに。
「これで……良いのだろうか」
「大丈夫です。きっと……旦那様が居られる限り」
執事のその言葉に、静かに頷くしかなかった。
そうして1年が経ったころ。ベーゼに自我が形成されはじめ、彼女はそれまでの遅れを取り戻すかのようにぐんぐんと成長していった。
華奢ですらりとした身体にもう以前のようなみすぼらしさはない。長くボサボサだった髪は縮れて治らなかったので、今は肩のあたりでバッサリ切られている。これからは艶やかな髪が伸びてくることだろう。
性格はまだ一歩引いたように遠慮することがあるが、控えめながらも笑い、表情を見せるようになった。
スポンジのように知識を吸収し、土地柄荒事が多いので護身術も学び、まだ社交界には出ていないが辺境伯夫人として恥ずかしくない立派な淑女となりつつあった。
「そろそろ……君と結婚式を挙げたいと思う」
「……」
「私は見ての通り呪われている。この姿になってから以前のように上手く戦えず、身体は蝕まれるばかりだ。治療法は真実愛する人との口付け……と言うことは以前伝えていたかな」
「……はい」
だがその恐ろしい姿が理由で婚約者候補の女性たちも顔を合わせるたび辞退する。亡くなった両親に申し訳が立たない、壁に飾られた絵を見て彼は言った。
「しかし……私は君となら、本当の愛を見つけられそうだ」
シムルドはベーゼの前に跪いた。その手の内には眩い輝きを放つ、彼の瞳と同じ深い青で彩られた指輪。
「どうか、名実ともに辺境伯夫人になってくれないか」
「はいっ……!」
ベーゼははしたないとわかっていながらも、飛びつくように抱きついた。泣きながら笑う彼女に、周囲の者もこれまでのことを思って涙ぐんだ。
祝福の鐘が鳴る。ベーゼとシムルドは白い衣装を身に付け、神父の前で愛を誓っていた。
親族の席に並んだ家族────トルテ侯爵家の面々はというと。さぞ辛い目に遭っているだろうと馬鹿にしに来たつもりが幸せいっぱいのベーゼの様子を見て、内心憤りを感じていた。
特に妹のメアリーは、王都中心ではあまり見られない逞しくも美しいシムルドに目を奪われっぱなしだった。
もっと恐ろしいと聞いていたのにただ角と尻尾があるだけ。そんな呪いも今から2人の真実の愛の口付けで解けるのだともっぱらの噂なのだから面白くない。後のパーティでどうにかして奪えないかと画策していた。
「────では、誓いの口付けを」
シムルドがそっと花嫁のベールを捲る。銀の髪、白いドレス、白いベール、白い肌。目の前のベーゼはまるで雪の妖精のようだ。
そんな彼の手が震えていることに、ベーゼは気が付いた。
もはや2人の愛は疑いようもない。しかし、呪いが解けなかったら。そう思ってしまうのはどうしようもないことだ。
だからベーゼは自身も緊張しているのをなんとか隠しながら、優しく笑った。大丈夫だと。
2人の唇が重なる。
瞬間、室内に眩い光が迸った。何人か驚いて短い悲鳴を上げるが、次に視界に映った光景にみなが感嘆の声を上げた。
「ギッ……ギャアアアアアアアアア!! 化け物!! ヒイィ!!」
だというのに、シムルドの呪いが解けた感動の時間をぶち壊す悲鳴に、全員がそちらを鬱陶しそうに見た。その視線の先はトルテ侯爵家の面々だ。
「何事だ」
打って変わって渋みの効いたシムルドの声が響く。
彼はその全身を埋める艶のある黒い鱗に、女子供の胴ほどもありそうな太い腕、口を閉じてもはみ出す鋭い牙、天を突くような角に人を絞め殺せそうな長い尾を携えた姿に変貌していた。
これこそが龍人シムルドの本来の姿である。
呪いを受け、より人間に近い姿になってしまったシムルド。そのせいで素手でも怪物級の戦闘力を備えていた彼は、剣を握ってようやくまともに前線に出れるレベルに能力が下がってしまったのだ。
部屋に飾ってあった異形の男性と女性の写真を両親だと思っていたベーゼは、あれが本来のシムルドと隣国に嫁いだ姉だと聞かされた時はさすがに驚いた。
ともかく、ベーゼにとって自身を救ってくれて愛情をかけてくれたシムルドの姿など大した問題ではなかった。辺境伯領には獣人が多いおかげで、人間とは異なる姿をした者に対する偏見を持たない環境で自己の確立をしていけたことも大きいだろう。
当然他の参列者はこのことを理解していたので、感動こそすれ恐怖はない。
「お前たち、どこの家の者だ。ベーゼの親族席に居るが……」
「トットトトトトルテ侯爵家でございます! ベーゼの父で……!」
「トルテ侯爵家……? ベーゼはゲラレイン侯爵家の者だが…………?」
「えっ?」
シムルドは目を吊り上げ、「おい、今すぐこの不埒者を追い出せ!」と声を上げた。
「なっ、なんで!? どういうこと!?」
「ギャッ! 離しなさいよ、獣人ごときが!」
参列者たちの目はますます厳しくなり、トルテ侯爵家の面々は追い立てられていった。
ベーゼは半年前にトルテ侯爵家の政敵であるゲラレイン侯爵家に養子に入っている。
もちろんベーゼをトルテ侯爵家から引き離すためであり、諸々の手続きは済ませている。なんならトルテ侯爵家も関係書類に署名したはずだ。
普段の仕事ぶりが知れるというもの。それがわかっていたからこそ招待状を出したのだが。
これはただ単にシムルドの復讐だ。すこしでも仕返しをしてやらねば気が済まなかったのだ。
そもそもトルテ侯爵家は不義の子といえど正統な血筋のベーゼを排除した時点で王家からマークされている。ベーゼの結婚で正式に侯爵家を乗っ取るつもりだと見なされてこの後相応の処罰が下ることになるだろう。
憎いとは思うがやり返したいとまでは思わないと言ったベーゼを、貴族の面子に関わるのだと説得したのは記憶に新しい。
そうは言いながらも隣に居るベーゼはすこし愉快そうだ。あれでいて鬱憤は相当溜まっていたのだろう。こうもしたたかになれたのなら、夫人として社交会でもそれなりにやっていけそうだ。
これで政敵を陥れられる、と言わんばかりに後ろに並ぶゲラレイン侯爵家の面々の笑顔が眩い。ベーゼは養子となるためゲラレイン侯爵家に滞在させた少しの間に、彼らから影響を受けてしまったのかもしれない。
「騒がせてすまなかった。これからパーティだ、みんなも楽しんでいってくれ」
シムルドのその言葉に辺境伯領の者たちが「辺境伯様万歳!」「ヤッホー!!」と叫び出し、それにつられて周囲も宴の雰囲気へと移り変わっていった。
「……シムルド様……わたし、幸せです」
「それは……私の言葉だな」
2人はそう言って再び口付けた。周囲からは茶化すような歓声が響いて、幸せの空気が全体に広がっていった。
人外な見た目のキャラクターが解呪でただの美人になるとガッカリします。そういうヘキです。