厄よけ
ジョウカイは握り飯の礼にと、『厄よけ』を申し出た。
「『弁財天さま』がいるというのにおこがましいかもしれぬが、『厄』というのはやっかいなもので、こちらがどんなに嫌って、何度はらっても、寄ってきたがる」
台所から手の空く者たちがでてきて、ジョウカイの口上に笑った。
ジョウカイは手にした杖を庭の地面に、じりり、とつきたてると、そのまま横へ引き、なにやら描きはじめた。
「―― これは、虫よけの香と同じようなもので、なるべく寄ってこないようにする、まじないでござってな。 まあ、効くかもしれぬという程度で 」
ずぞぞぞ、と地をこすって描かれる込み入った字のような柄のようなそれを、宿屋の者たちは背伸びしながらのぞきこむ。
「ああ、その線から出られぬよう。―― そうそう。では、みなさま、心をしずめ、頭をたれて。 目はとじなくとも。 ―― では、」
じゃらりと首に下げた数珠をつかむ。
ひとまわりだけ手首にかけ、低く響く声が、この地の寺ではなじみのない経をとなえる。
じわり 、と、地に記された《柄》をつたうよう青い火がおきあがり、杖で掘られただけの浅い溝すべてに走った青い炎が一気にふくれ上がった。
ひいっ、と恐怖と驚きの声があがったとき、「ハッパ!!」とジョウカイが叫び、杖で大きく地を付いた。
「―― さて、これで多少はよけられましょう 」
「ああ!地面にかいたもんがない!」
「さっきの火はなんだ?」
なんだかわからないが、ありがたやありがたや、あんなご祈祷みたことねえ、こりゃご主人様をおよびしないと、おい、おぼうさまのお部屋を用意しろ、とひどい騒ぎになるが、当の坊主はさっさと姿を消していた。