飯のにおいにつられた坊主
蝶は、にぎわった宿屋の裏に入り込んだ。
そっと裏塀の板をあけてのぞけば、もうもうと煙があがる風呂をたく窯がすぐそこにあり、むこうには台所の白いゆげがあがってみえる。 飯の釜は台所の外におかれている。
そこに、一人の女がかがみ、火を焚いていた。
首に手拭いをかけ、ほてった顔をあげると、ジョウカイをみとめた。
「あれ、おぼうさま、おもてにまわってくださいな」
「いや。拙僧は、旅の者でな。だが、泊まる気はないのだ」
「いいですよお。でも、お布施は表のモンでないと」
こっちじゃ食べ物しか渡せないと言う女に、それが欲しいのだ、と頼み込む。
「じつは、飯を炊くにおいにつられてきたしだいで・・・意地汚い坊主とあきらめ、握り飯でもいただけぬか?」
女は笑って了承し、奥に引っ込む。
ジョウカイは、気配をたどり、そっと中庭のほうへと足をむけた。
狭い中庭にぎっしりと植えられた椿の隙間をぬい、小さな池の囲いの石にとまる白い影をみつけた。
蝶はじっと、あけはなれた戸のむこう、長い廊下を忙しく動く女を見ていた。
こんな宿屋にはいそうもない、あかぬけた様子の、きびきびと動く女だった。
声に張りがあり、男の客に少しの艶をのせた愛嬌をふりまいている。
年寄と女の客にはうってかわったやさしげな様子で接し、ひどく楽しそうに笑う。
――― なるほど
顎をさすったジョウカイは、台所の裏へと戻った。