母というひと
いちど、さすがに父の姿にくやしさをおぼえたジョウカイが、母に訴えたことがある。
父上はなぜ、あれほど弱いのでしょう、と。
縫物をしていた手をとめ、顔をあげた母は厳しい声で言った。
「ノリヤス、よいですか?父上は弱くなどありませぬ」
「ですが・・・、昨日もうちの庭先にきた猪が、畑を荒らすのにも声をあらげず困った困ったというだけでした」
「そのあと、父上は、なんとおっしゃいました?」
「えっと、しかたがないのでまた育てればよい、と」
「そのとおりです。どうです?父上は弱くなどないでしょう」
「・・・そうなのですか・・・?ですが、父上はおこしに刀があるのですから、あれで猪をおいはらえばいいのでは」
とたんに母は大声で笑った。
「なんとおかしきことを。ノリヤス、おこしのものをすぐに抜くなどと、それはおのれが弱いと言っているも同じではありませぬか。よいですか?父上のように、ほんとうに必要なときしかさわらぬというのが、刀のつかいかたなのです」
「はあ・・・」
納得いかないまま、母の強い目にうなずくしかなかった。
その父が、《怖い刀》を抜き、恐い顔で、母親の親戚だという男とむかいあった。
恐怖で震える声をふりしぼり、ジョウカイは『おじ』の意見をききいれると申し出た。
父は最後までこわい顔だったが、幼い子がこの争いに気遣う姿に負け、刀をおさめた。
――― おふたりとも、久しくおうてないな・・・
坊主になってから、里に帰ることが減り、便りはだすが、足はなかなかむけられない。