命をけずる
「旦那は、本物の人か」
「はい」
「おまえの正体を存じておるか?」
「・・・きっと・・」
オトイはうつむいた。
二人で逃げる時、自分の正体を告げようとしたオトイの声は、ムラヤマシモンにのまれ、しばしの熱の交換のあとに、「ききたくは、ないのだ」と言われてしまったのだ。
オトイの正体は、聞きたくない、と。
そして、何者であってもよいと。
「旦那の病は?」
「人の病でございます。血を、吐くという・・・」
はじめ、シモンが倒れたときは、同胞の術かとも疑ったが、すぐに誤解はとけた。
心配した仲間が、人の体に良いとされる食べ物や薬を次々に届けてくれた。シモンは床の中で、人よりもよほど情が深い、とうすく笑った。
「その旦那に、なぜ、あの薬をのませた?」
「・・・・・・」
「病で弱った体では、よけいに命をけずるというものだ」
わかっておろう、というのに、オトイはうなずき、おもわず、―― 笑ってしまった。
「おかしいか?」
「はい。―― おかしゅうございます。・・お坊様、あたしの旦那は・・・あたしのことを、それこそ、《命かけて》、好いてんですよ」
「おぬしと駆け落ちする時点で、じゅうぶん命がけだとおもうがな」
坊主の言葉にまた別の笑いがこみあげた。




