『秘薬』
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チョウイチは、うまれてからこのかた、仕事が楽しいと思ったことなど一度もなかった。
できれば女のヒモになりたいと思っていたが、腕っぷしに自信はなく、本当のやくざものになる気もなかった。
手近な女からおとしていったら、村にいられなくなった。
ここに住み着いて、宿場の御用聞きの手下のようなことをして金を稼ぎ、宿屋で客をとる女をおとし、金をみつがせた。
またしても、あっというまに居場所がなくなった。
親分である男にまでにらまれ、てめえは女でしか生きていけねえ腐れ者だとののしられた。
女から巻き上げた金でいっしょに騒いでいたやつらも離れてゆき、最後の女にも愛想をつかされたとき、それを見たのだ。
稲荷神社の賽銭箱でもあさろうかとおもい、夜中にほっかむりをして畑の中の社へむかった。
竹藪に囲まれて灯篭もないそこは真っ暗なはずだったが、なにやらぼうっとあかりがみえる。
提灯だろうかとおもいそっとよっていけば、ぼそぼそと話す声がきこえた。
「―― はい、こうして人として無事にいられるのも、すべてあなたさまのおかげでございます。このままあの方と添い遂げ、命をおえたいとおもうておりまする。ええ、ええ。もちろんあのかたはわたくしの正体はぞんじませぬが、うっすらとは・・・。もちろん、この秘薬は大切に大切に」
「何の『秘薬』だって?」
この機会をのがしてなるものかと、チョウイチは相手の正体もみきわめずに竹藪から飛び出した。
耳にした声は透き通った女の声で、提灯にうかぶ姿も紗をかぶった女に見えたので、こわくなかった。




