第7話
リネットが連れてこられたのは、会場ホール近くにある休憩室だった。
レックスはためらいなく扉を開き、室内に入る。リネットをソファーに下ろしたかと思うと、扉を閉める。
逃げ道は完全にふさがれていた。
「で、殿下! これではまるで誘拐でございます……!」
リネットは臆病な娘だ。こんな風に部屋に連れ込まれて、正気を保てるわけがない。
必死に頭をぶんぶんと横に振っていると、彼は考え込むようなそぶりを見せる。
そして、扉を開き近くにいた従者を呼び止め、なにかを告げた。
「とりあえず、リネット嬢がここにいることは、キミのお父上に伝えるように頼んでおいた。これで、誘拐ではないだろ」
「そういう問題ですか……?」
いや、今はそれよりも重要な案件が――と思って、リネットは頭を抱える。
今までの彼の言動から、リネットは気づいた。
彼が人の話を聞かないタイプ、もしくは都合のいい解釈をするスーパーポジティブ人間であるということを。
(つまり、なにを言っても無駄ということ……?)
リネットの頬がひきつった。
自身のほうに近づいてきたレックスを見つめ、リネットは思う。
――顔がいいなぁ、と。
(って、こんなことを思っている場合じゃないわ! 逃げるのよ、そう。逃げるのよ――!)
そもそも、出逢って数秒でプロポーズなんて冗談じゃない。いきなり婚姻届け片手に迫られて、うなずく女がこの世界のどこにいる。
心で悪態をつきつつ、リネットはレックスの顔を見つめる。彼は不思議なほどに涼しい表情だった。まったくうろたえていない。必死さも見えない。
そのせいで、余計にリネットは混乱してしまう。
(どういうことなのよ! この人の思考がかけらもわからないわ!)
レックスの目的も、彼のプロポーズの真意も。リネットをここに連れてきた理由も。
なにもかもがわからなくて、頭がぐちゃぐちゃになって。リネットはつい涙をこぼしてしまった。
最近では治ったが、小さなころのリネットは大層泣き虫だったのだ。
「……リネット嬢?」
レックスはリネットの涙を見て、小首をかしげた。
どうやら、どこまでも人の感情に鈍いようだ。面倒な人種だった。
「わ、私は美味しくありません! そもそも、私のような子爵令嬢を妻になど、周囲が認めるわけがありません!」
後半はともかく、前半は意味がわからない。
しかし、リネットはとても真剣である。もう、これ以上にないほど真剣だった。
「リネット嬢」
「お姉さまならまだしも、私は平凡な娘です! 容姿も平凡だし、音楽の才能だって――!」
口を開いたら自分を卑下する言葉しか出てこない。
ここまで言えば、さすがのレックスでも納得してくれる。そんな考えがあったのか、なかったのか。
それははっきりしないが、リネットは涙目でレックスを見つめ続けた。
「そんな私にプロポーズなんて、からかっているとしか――」
「――リネット嬢」
あまりにもリネットが自身を卑下するような言葉ばかり口走るためだろうか。
レックスの声に確かな真剣さが帯びる。
その言葉にリネットが気圧されていると、彼はリネットの前に跪く。
「俺は、リネット嬢が好きなんだ。だから、プロポーズしたし、話し合えば分かり合えると言われて、話し合うことにした」
「あ、あの……」
「俺はリネット嬢以外との結婚なんて考えられない。俺は真剣だ」
彼の言葉からは、真剣さが伝わってくる。彼は嘘をついていない。
それはわかる。わかるけど……。
(レックス殿下はいろいろな過程を飛ばしすぎなのよ――!)
そもそも、好きだからプロポーズなんて急展開過ぎるし、普通なら受け入れられず、平手打ちをされてもおかしくない。
これはただ、レックスが王子であり容姿がいいから許されているだけだ。
「リネット嬢。好きだよ」
まっすぐリネットの目を見て、レックスが言葉を紡ぐ。
顔に熱が集まっていくみたいだ。
まっすぐに好きだと伝えられて、照れないほうが無理だ。しかも、相手は美貌の王子さま。リネットのような平凡な娘が抗えるような相手じゃない。それに、実際彼の魅力は天井知らずだ。
「え、えぇっと」
「俺はリネット嬢にならどんな無茶ぶりをされたっていい。両親を説得することはもちろん、なんだったらリネット嬢を馬鹿にするやつを全員殴ったっていい」
「いや、それはさすがに物騒かと……」
真顔で注意してしまった。
だって、今のレックスは本気で行動しそうなのだ。
到底、冗談で紡いだような言葉ではなかった。
次回更新は明日です(多分)
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします……!
(当初6万文字くらいでおわらせる予定だったんですけれど、ちょっと終わるか怪しいですね……)