第4話
そのまますたすたと歩き、リネットは少しびくびくとしながらレックスの前に立った。
(……本当に、お綺麗なお方)
本日のレックスは比較的ラフな格好をしている。が、さすがは美貌の王子殿下というべきか。どんなにラフな衣装でもしっかりと着こなしている。
挙句、リネットを見たときに仄かな甘さを含んだ笑みを浮かべるものだから。
近くにいた数名のメイドが、くらくらとしていた。
「本日は、来訪を許してくださり、感謝しております」
レックスがそう言葉を発し、軽く頭を下げる。
彼の視線の先にいるのは、リネットの父だ。父はなんてことない風にふんわりと笑っている。
(お父様がお断りしていれば、私はこんなにも緊張する羽目に陥らなかったのに……!)
そうは思っても、子爵家ごときが王子の頼みを無下にすることなど出来ない。それくらい、リネットとて嫌というほどわかっているのだ。だからこそ、父に強く言う意味もないと思い、グチグチと言っていないのだ。
「いえ、粗末な屋敷ですが、ゆっくりと寛いでくださいませ」
父が深々と頭を下げ、そう言う。
……リネットからすれば、今すぐにでも引き返して帰ってほしい。
なんて、口が裂けても言えないのだが。
「では、とりあえず応接間に案内させていただきます。……妻も、そちらで待っておりますので」
「えぇ、お願いします」
父とレックスがリネットを挟んで会話をする。彼らの言葉には、相手の思惑を探るような色が色濃く宿っていた。
(レックス殿下は、きっと緊張されているのね。お父様は……うん、私に求婚してきた相手を品定めしていらっしゃるのでしょう)
父は親ばかだ。リネットのことも、ミラベルのことも。存分に愛してくれる。
そのため、レックスがリネットに相応しい男性か見極めようとしている……の、かもしれない。完全に立場は逆だったりするが。
「ところで、リネット嬢」
リネットの隣を歩くレックスが、ふと声をかけてくる。それに驚いて彼の顔を見上げれば、彼は驚くほど美しい笑みを浮かべていた。……ふんわりとした、敵意の一つもない笑みだ。
「今日も、可愛らしいな。……この間も大層可愛らしかったけれど、今日は自然な可愛さがあって素敵だ」
「……は、はぁ!?」
思わず淑女らしくない声が出た。
それに気が付き、リネットは慌てて口元を押さえる。
そんなリネットを見て、レックスはふんわりと笑っていた。……面白がるような笑みじゃない。本当にリネットのことが愛おしいと。そう言いたげな笑みだった。
「……な、な、ど、どういう、つもり、ですか……?」
リネットの声は、驚くほど震えている。もしも、レックスに何か思惑があったら――と思って問いかけたのだが、すぐに思いなおす。
彼は思惑など考えないほど、純粋無垢だと。
「いや、単に思ったことを口に出しただけだ。……この間のパーティー用の衣装も素敵だったけれど、自然体のリネット嬢はもっと可愛らしいな、と思って」
彼には恥じらいなどはないのだろうか?
そう思えるほど、彼はさも当然のようにリネットのことを褒めてくる。……心臓が、どくん、どくんと大きく音を鳴らす。顔から火が出そうなほどに、顔が熱い。
(こ、このお方、本当にどういうつもり……? 純粋度百パーセントで、そんなことおっしゃらないで……!)
リネットとて貴族の娘。お世辞や遠回しな嫌味にはある程度免疫がある。が、純度百パーセントの褒め言葉には、免疫がない。
そんなことを思いつつ狼狽えるリネットを、レックスはただ温かい目で見つめていた。
「そ、その、レックス、殿下……」
「あぁ」
いたたまれなくなって彼に声をかけたが、何を話せばいいかがこれっぽっちもわからない。
その所為でリネットは視線を彷徨わせ、必死に言葉を探す。
「レックス殿下も、とても素敵、です……」
結局、当たり障りのない言葉を紡いでしまった。
(うぅ、こんなの、言われ慣れているでしょう……?)
それすなわち、リネットの言葉一つで彼は狼狽えないということだ。
そう、思っていたのに。
「……嬉しい」
意外にも、レックスは頬を赤くしていた。彼のその態度にリネットが戸惑っていれば、彼は目元を緩めて笑う。
……とても、優しそうな笑みだった。
「リネット嬢に言われると、ほかの人に言われるよりもずっと嬉しいよ。ありがとう」
……なんだこの純粋無垢過ぎる王子殿下は。
リネットは、そう思ってしまう。素直にお礼を言われて、褒めたはずなのにリネットの方が恥ずかしくなってしまう。
(うぅ、どうすれば、レックス殿下を狼狽えさせられるの……?)
ちらりと彼の顔を見上げるものの、彼は仄かに赤くした頬を隠す様子もない。……照れてはいるようだが、恥ずかしがってはいない。
……リネットとは大違いだ。
「レックス殿下、こちらにどうぞ」
そんな風にリネットが考えていると、父がふんわりと笑って一つの部屋の扉を開ける。
そこは、このアシュベリー子爵家の屋敷で最も豪奢な応接間だった。