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第10話

少し間が空いてしまいました。申し訳ございません……!

(やったわ! これでレックス殿下から解放された!)


 にやけそうな口元を手で押さえて、リネットは落ち着くために息を吐く。吸って、吐いて、吸って。


 深呼吸をしたあと、リネットは大きく伸びをした。


「どうしてなのかしら? レックス殿下とお話していると、とても疲れるわ」


 その後、つい本音がこぼれた。


 実際、レックスはかなりのポジティブ人間だった。そして、人の話を聞こうとしない人物でもあった。


 なにが要因で彼がああなったのかは知らないし、知りようもない。そもそも、それを知ろうとも思わない。


 リネットはそっと廊下を見渡し、周囲にレックスがいないことを確認する。……よし、これで――。


「よし、今のうちに逃亡――」

「リネット・アシュベリーちゃん」

「ひゃぁっ!」


 だれかに声をかけられた。驚いて顔をあげると、目の前ににこにこ笑う精悍な顔立ちの男性。


 どことなくレックスの面影がある。彼がもう少し年齢を重ねると、こうなるのだろうと簡単に想像できる。


「お、お、王太子、殿下――!」


 リネットの声は震えていた。


「あぁ、そうだよ。……俺のことを知っていてくれて、光栄だ」


 なんて彼は言うが、国の王太子の顔を知らないなど大問題だろう。


 心の中でつぶやきつつ、リネットは後ずさる。すると、彼はにこにこと笑ったまま一歩を踏み出した。


「セオドリック・ウィバリーだ。以後、お見知りおきを」


 一応テンプレートのあいさつをした彼――セオドリックがにやりと笑う。


 にこにこと、ではない。にんまりとした、意地の悪い笑みだ。リネットの背筋に冷たいなにかが伝う。


「り、リネット・アシュベリーと申します……」


 今にも消え入りそうな声であいさつを返すと、セオドリックは笑う。それはそれは、面白そうに。


「いやぁ、リネット・アシュベリーちゃんも人が悪いね。……俺の弟を手のひらの上で転がすなんてさ」

「そ、そんなつもりじゃあ……」


 完全にリネットのやった行いがバレていた。不敬だと言われるだろうか? 責められるだろうか?


(身分はく奪までは、されないだろうけど……)


 だって、そもそもあの場合悪いのはレックスだ。リネットの話を一切聞いてくれなくて、自分の意見ばかり押し通そうとして……。


(というか、リネット・アシュベリーちゃんってなに!? フルネームで呼ばないで!)


 リネットと呼べというのは嫌な感じなので、やはりここはアシュベリー子爵令嬢と呼んでもらうべきだろう。


「お、王太子殿下。……どうぞ、私のことはアシュベリー子爵令嬢と」

「へぇ、ファーストネームで呼んでほしくないんだ」


 当たり前だ。


 レックスだけではなく、セオドリックにまで目を付けられたくない。


 もちろん、セオドリックがリネットに言い寄ってくるわけがない。だって、彼の目に映る色は――どちらかと言うと、面白いおもちゃを見つけた子供のようだから。


「じゃあ、リネットちゃんと呼ぼうかな」

「どうしてそうなるのですか?」


 なんだろうか、この兄弟。リネットの言うことを一切聞いてくれない。


 うなだれそうになるリネットではあるが、そこをぐっとこらえる。セオドリックは、あたりをちらりと見つめると部屋の中に一歩足を踏み入れる。リネットは後ずさった。


 そうすると、セオドリックは部屋の扉を閉めてしまう。王太子と二人きり。危うい空間だ。


「あのさ、リネットちゃん」


 セオドリックがもう一歩近づいてくる。またリネットは後ずさった。


 そんな攻防戦を数分続けていると、しびれを切らしたのかセオドリックが顔を覗き込んでくる。


 その真っ赤な瞳がリネットを射抜いた。


「俺の可愛いレックスのこと、振らないでほしいんだけどさぁ」


 面白がるようにセオドリックが言う。……振るとか、振らないとか。そういう問題ではないのだ。


 だって……。


「い、いきなり婚姻届け片手に迫られても、困るだけですからっ――!」


 好きだとか。付き合ってほしいとか。友人からゆくゆくは恋人に――とか。


 そう言われたならば、まだ考えられたかもしれない。


 けど、さすがにいきなり結婚してほしいと言われて納得できるものか。問題しかない。


「それに、私はしょせん子爵令嬢です。王子殿下と婚姻するには、身分がいささか足りません……!」


 レックスがよかったとしても、周りが絶対に反対する。


 その場合、リネットは針の筵。ついでにいうと、王子をたぶらかしたとかそういう言いがかりをつけられる可能性が高い。


 勘弁願いたい。


「あのさ、リネットちゃん」


 そんなリネットに、セオドリックが笑みを向けてくる。かと思えば、耳元に唇を近づけてきた。


「俺たち王家の人間はね、リネットちゃんがレックスの元に嫁いできてくれることを、待っているんだけどなぁ」


 甘ったるいような。背筋がぞくぞくするような。セオドリックがリネットにささやいた。


 だが、リネットにとってはそれよりも重大なことがある。それは……。


(お、王太子殿下はなにをおっしゃっているの!?)


 彼の言葉の意味だ。

どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします……!

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