第1話
明るく・楽しく・バカっぽくをテーマにしたお話です(n*´ω`*n)
悪い人は基本的におりません。
リネット・アシュベリーは高望みをしない性格である。
いつか王子さまが自分を迎えに来てくれる――なんて妄想は、十歳を超えるころにはしなくなっていた。
理由は単純。
リネットは自分自身が平凡で、誇れることがなにもないと思っているからだ。
◇
「まぁまぁ、リネットったら。そんな暗いお顔をしないほうが可愛いわよ」
リネットの私室にあるソファーに腰かける母が、笑いかけてくる。
彼女はころころ笑いながら、紅茶の入ったカップを口に運んだ。その仕草はさすが貴族というべきか、美しくて無駄がない。
にっこり笑った姿はまるで聖母のようだと称えられるリネットの母――アシュベリー子爵夫人。
彼女の生まれは貧乏男爵家だが、リネットの父に見初められ子爵家に嫁いできたという経歴を持つ。
そんな彼女は聖母という呼び名にふさわしく、とても優しい性格をしていた。
「ですが、お母さま。お姉さまならともかく、私のような娘がパーティーに出たところで、笑われるのがオチですわ」
首をゆるゆると振りながら、リネットはふくれっ面で告げる。
リネットには三つ上の姉がいる。彼女はすでに婚約しており、本日開かれるパーティーへの参加資格がなかった。
「そんなこと言わないの。リネットもミラベルも、私にとってはとても可愛い娘だわ」
「……そんなことおっしゃるのは、お父さまやお母さま、お姉さまくらいだわ」
リネットは自分が平凡であると自覚していた。
姉ミラベルはとても美しく、声楽の才能にあふれていた。そのため、いつしか彼女は『歌姫』と呼ばれ、貴族の中でも屈指の人気を持つ令嬢となったのだ。
比べ、リネットはというと。
「私は大して歌もうまくありませんし、楽器だって扱えません。ヴァイオリンなんて先生が投げ出す始末ですもの」
アシュベリー子爵家の娘は音楽の才能にあふれている。それは、リネットとてとてもよく知っていることだ。
けど、リネットには音楽の才能がなかった。父や母が様々な楽器を持たせても才能は芽吹かず、挙句ヴァイオリンに至っては教師が投げ出す始末。声楽だって、ミラベルに勝てるわけがないと早々にあきらめた。
(私は、あまりにもこの家に似つかわしくない)
精悍な顔立ちで、若いころは大層モテた父。美しく聖母のようだと称えられる母。『歌姫』と呼ばれ、人気の高い姉。
なのに、リネットだけ平々凡々。周囲がリネットのことを『残りかす』だと陰口をたたいていることも、知っている。
家族はリネットのことをとても大切に思ってくれるので、大した問題ではないのかもしれないが。
「そもそもです。どうして私が王子殿下の帰国パーティーに参加する必要があるのですか?」
本日のパーティーは、王城で開かれる。それも、第三王子の帰国を祝うパーティーだ。
第三王子レックス・ウィバリーは三年前から他国に留学しており、昨日帰国した。
そして、彼も十九歳を迎えたということから――ついに婚約者を決めることに。
つまり今回のパーティーは、レックスの婚約者を決めるためのパーティーでもある。
「まぁまぁ、リネット。そんなにぷんすかしないのですよ。美味しいものを食べて、音楽を聴いてくるだけではありませんか」
「割り切れたら苦労しないわ」
顔をぷいっと背けて、リネットはぼやいた。
実際、リネットは真面目な性格である。与えられた課題はしっかりとこなすし、目的をきっちり遂行する意思もある。ただ、たかが子爵令嬢である自分が王子の婚約者選びのパーティーに参加する意味はないと思っているだけだ。
「大体、選ばれるのは伯爵家以上のお家柄の令嬢と相場が決まっています。……子爵令嬢なんて、およびじゃないわ」
ずっと伯爵家以上の家柄の娘が王子の婚約者に選ばれてきたわけではない。だが、ここ百年は王家も安定を取ってか公爵家や侯爵家、伯爵家から婚約者を選んでいる。
本当に伯爵令嬢ならまだしも、子爵令嬢などお呼びではない。
「ですが、リネット。万が一ということも――」
「ありえないわ!」
思わず大きな声が出た。
リネットは気まずそうに視線をそらし、反省する。母が悪いわけではない。
(そうよ。たとえ私が男性に相手にされないとしても、それはお母さまのせいでも、お父さまのせいでも、お姉さまのせいでもない)
――自分に魅力がないだけだ。
自分を納得させる。もちろん、納得できない部分も多い。
好きな人に陰口をたたかれていたと知ったときは、心が刃物でグサッと刺されたような痛みを覚えたものだ。
(いっそ、平民の人でも捕まえようかしら? 商家の方ならば、まだお父さまも認めてくださるでしょうし)
リネットとミラベルを溺愛する父は、リネットが平民に嫁ぐことをよしとはしないだろう。
しかし、商家なら違う。金銭的にも安定しているし、下位貴族が嫁ぐ相手として申し分ない。
(どうせ、私は誰からも見初められないのだから)
リネットは、そう思っていた。