全てを失った令嬢、枯れた声の魔族に拾われ溺愛される
綺麗な声をした女の子が声ガラッガラな人外に愛でられて欲しいなって言うネタが浮かんできたので初投稿です。
「キミ、私に飼われてみる気はないかね?」
枯れたような声をした魔族が、何もかも失ったアタシにかけた一言目がソレだった。
とある国の大きな劇場で、アタシは今日も小道具である仮面を磨いている。
毎日手入れをしているからそこまで汚れてはいないが、すっかり日常として馴染んだ行為はすぐには止めれない。ここの団長に拾われてからかれこれ一年経つし、慣れとはそんなものだろう。
「フレイア」
ふと、背後から声がかかる。後ろを振り向けば赤いカーテンから顔を覗かせているニル先輩ー顔と言っても、普段から仮面をつけててアタシも素顔は知らないのだけどーがそこにいた。
「ニル先輩、お疲れ様です」
「うん、おつかれ。もうお昼だから、休憩して」
「えっ、もう?んー・・・まだ仮面全部磨き終えてないから、これ終わってからでいいです?夕方には公演があるし、それまでに終わらせないと」
「駄目。今日はフレイア、団長と、ご飯の日」
「・・・うえぇ」
そういえばそうだった。思い出したくない予定を思い出した。
現実逃避のために持っていた仮面を磨き始めるが、ニル先輩がすぐさま歩み寄ってきて布巾と仮面を没収してしまう。
「残り、ニルやっとく。だから、行って。でないとニルが怒られる」
「・・・わかりましたよー。ニル先輩、ありがとうございます」
「ん。フレイア、いつも道具綺麗にしてくれる、問題ない。こちらこそ、ありがとう」
不意に礼を言われて、胸が暖かくなる。感謝の言葉なんて故郷では言われたことが無かったから、感極まって涙が出そうになる。実際ここに来てからお礼を言われた初日はそれはもう泣いたものだ。
さて、そんな過去に耽っている場合ではない。団長が呼んでいるのであれば向かうのが団員の仕事の一つだ。それがどんな内容であろうとも。
カツカツと木製の床を鳴らして、団長の部屋へと進む。この劇場は大きく、団員たちが住み込みできるよう、地下は団員たちの部屋が存在する。
その地下の一番奥の、突き当たりの部屋。
何の変哲のない、他の部屋より少し大きめの扉がある場所が団長の部屋だ。
ただ扉があるだけと言うのに、これから死ぬんじゃないかと思うくらいの緊張感。心臓が口から飛び出そうで左胸を抑える。そこから、深呼吸を数回。
意を決して、アタシは扉に手の甲を向けて、軽くノックする。
「入りたまえ」
枯れたような、酒焼けしたような声が部屋の向こうから聞こえる。
許可が降りたので一言、「失礼します」と言って扉を開けた。
そこには壁紙や床、その他の家具までもが赤を基調とした素材で彩られた・・・言葉を悪くして言うなら血まみれ殺人現場よろしくな空間のような部屋のソファで寛いでいる。
幸いなのは数カ所にランプが配置されていて、部屋全体が明るいというくらいか。
「また掃除をしていたのかね、フレイア。仕事熱心なのは良い事だが、私との約束も忘れないでくれたまえ」
赤い眼と裂けた口を持ち、蝙蝠のような顔をした男がクスクスと嗤っていた。
男の細い、しっかりとした膝の上に乗せられ、腰に手を回されながらスプーンで掬われたスープを口元に運ばれる。
素直に口を開けてソレを咥え、スプーンを引き抜き咀嚼すれば、男は眼を細めてアタシの頭を撫でてきた。
「良い子だ、フレイア。ゆっくりでいいから噛み締めるといい。冷めたら再び私が温めてあげよう」
「・・・・んぐ。それはどうも。ところで毎回食事をする時アタシを膝の上に乗せる意味ってあるんです?」
「さあ?あるかもしれないし、ないかもしれない。けれど、私に飼われているキミに拒否権がないのは理解しているだろう?」
「・・・」
ぐ、と。身体に力が篭もる。
そう、一年前。アタシはコイツに飼われた。所謂魔族という種族の男にだ。
当時のアタシは色々あった。自分の成果を勝手に妹の成果にされて、婚約破棄もされて。それを訴えたら嘘つき呼ばわりされた挙句家を追い出されて。
雨の中泣いていたら偶然通りかかったコイツ、団長に出会ったということだ。これを不幸中の幸いというべきか、不幸だというべきか。
「嗚呼、別に自覚しろと言っているのではない。確かに契約を結び飼っているのは事実だが、キミに主従的な関係を求めてはいないからね」
嫌な過去を思い出していたら、不意に団長の黒い手がアタシの頭を優しく撫でる。今となっては雑に纏めるようになった髪を労わるように。
「キミは何も考えず、私の好きなようにされていればいい。それは互いにとって悪い話ではない事は、契約時に伝えているはずだ」
枯れた声でそう言いながら団長は再びスプーンを手に取り、テーブルに置かれたスープを掬い上げる。
未だに彼のもう片方の手はアタシの腰から離れない。全部食べ終わるまでこのつもりだ。
いやこの際子供のようにご飯を食べさせられるのは構わない。もう何度もこういう形で食事をとっている。
ただ。
「・・・その契約によって発生するアタシの羞恥は無視ですか」
「勿論」
瞬間、男の顔が炎に包まれる。
顔が近いというのに熱を感じないのはおそらく団長の配慮だろう。彼は炎を操る一族と聞いたから。
そんな男を包んでいた炎は数秒足らずで消え、あるのは整った顔立ちと、オールバックの黒髪に細長い赤目を持った。
「羞恥によって顔を赤らめるキミを見るのは、とても愉快だからね」
大変美形の顔が近くにあるのが耐え切れず、アタシはとうとう顔を伏せた。
上からクスクスと声が聞こえる。
・・・相変わらず枯れた声は健在なのだが、それはそれで良いと思い始めている自分がいて、ちょっぴり負けた気がして悔しくなった。
魔族の中で貴族に位置するその男は、自分の膝の上で顔を伏せる女を見てクスクスと嗤う。
「さあ、顔を上げて」
囁くように言えば、フレイアは顔を上げて差し出した食事を口にする。それに対して再び頭を撫でれば、咀嚼しつつもほんの少しだけ心地よさそうに眼を細めるのだ。
それがとても面白く、愛らしい。
これが愛玩動物を飼育する感情なのか、と男は一人納得しながら、シチューを食べていく女を見る。
女を拾ったのは、偶然だった。
隣国に住んでいた同族から食事に誘われ、他愛のない話をし、帰る道中に雨に見舞われた時の事だ。
魔族である男に、服が濡れただの濡れないだのという感性はない。むしろ濡れたのであれば劇場に戻った時に乾かせばいい程度だったし、そのまま帰路に着こうと夜道を歩いていた時だ。
泣き声が、聞こえた。
大きな後悔と悲壮と怒りをないまぜにしたような泣き声。雨音で消されかけてはいるがこの耳にははっきりと届く。
ー美しい
男は声に釣られるように足を動かした。まるでセイレーンの声に誘惑されるかのように。
そしてそこに居たのは、一人の女。
雨に打たれ、着飾る為の服も泥だらけで、顔は涙と泥に塗れていて。
その中で一人、涙を流して泣いている。美しい声を張り上げながら。
きっとここで、この女は死ぬまで声を上げ続けるのだろう。なんて哀れだ、と男は思う。
だが、ここでその美しい歌声を聴けなくなると思うと少し勿体ない気もした。
それが偶然に繋がったのだろう。
「キミ、私に飼われてみる気はないかね?」
顔を隠していたフードを外し、女に声をかける。枯れた声に人ではないモノの顔。この国にいた時は流石に目立つから顔を変化させてはいたが、人通りの少ない少し離れたお粗末な森の中であれば気にすることもなかった。
女の泣き声が止む。それは声をかけられたからか、私の顔への恐怖からか。
「・・・・・・・・か」
「ん?」
「どれだけお酒飲んだらそんな声になるんですか」
喉、ガラガラじゃないですか。
それが、この女。フレイザート・ベルスターシュという男爵令嬢だった人間が男に対して向けた一言目だった。
ー折角だから、髪を結び直してあげよう。
食後にそう言われて散々髪を触られては愛られ、綺麗に結われて解放された頃には既に昼時を過ぎて夕方が迫りつつあった。
小道具の掃除はニル先輩がきちんとやってくれていたらしい。これから買い出しに行くから、感謝の気持ちを込めて彼の好きなパンでも買ってあげよう。
そう思いながら劇場の裏口から外に出る。もう少しで夕方になるならだろうか、入り口をこっそり覗けば人だかりが出来ていた。公演に間に合う為に早く買い出しを終わらせなければいけない。
団長から聞いた話、これでも劇場はかなり儲かっているらしい。演目の内容も人々の関心を引くようなー国を跨いだ恋だの悪い男に騙された女を救う為幼馴染達が奮闘するだの、空に憧れる少年とその祖父の物語だのーそんなものだ。
流石にアタシの話もやるのだろうな、と思ったが団長は演目にはしなかった。何故、ときけば「我々は耳にはしているが詳細を知らないからね」とご丁寧に片目を瞑って無邪気に言い切ったのだ。とんだ嘘吐きである。ここに来る時にアタシに何があったのかは全て話しているというのに。
「なあ、隣国の話聞いたか?男爵令嬢が行方不明になった話」
街中から、ある噂話が聞こえる。それに一瞬足を止めそうになるが、なんとか自分を奮い立たせ市場へと歩いていく。
「聞いた聞いた。すんげー綺麗な声した令嬢だったんだろ?婚約者もいてさ。でも色々あって婚約破棄されて、その翌日行方不明になったって!」
「なんか婚約破棄されたからっていうので男爵がカンカンに怒ってその勢いで家からも追い出したんだよな。でも流石に追い出すのはやり過ぎたって思って翌朝探したけどもうどこにもいなかったって。誰かに攫われたとかそんな話もしてたよな」
「あらフレイアちゃん、今日も公演頑張ってね!」
「おばさん、アタシ裏方であってなにか演じる事はしないんですよ。雑用ってやつです」
「そんなもったいないわあ!貴女こんなに可愛いのに!!それで?今日は何を買ってくれるのかしら」
「えーっと、そうですね・・・」
市場で食材を選びながらも、聞こえてくる噂話に耳を傾けてしまう。こればかりは散々社交界で身につけたスキルだからどうしようもない。
やれその男爵令嬢は行方不明で今も捜索されているだの、婚約破棄した第一王子は継承権が危ういだの。
「・・・そんな事、あるわけないのに」
「ん?フレイアちゃん何か言った?」
「いえ、何も!おばちゃんこれお金!今日もありがとうございました!!」
「いいのよ〜また来て元気な顔見せてちょうだいね!」
食材の入った袋を抱え直し、次に行く店へと足を運ぶ。
そう、あるわけ無いのだ。
自分を政略的価値でしか見なかった父親と、自分の成果を妬むだけの妹と。「面白みがない」と冷たく言い放った婚約者がいた国が。
アタシ一人なんか捜索した所でなんの利点もないのだから。
そしてそんなモノに今、アタシは縛られてない。
枯れた声の魔族に飼われているが、あの張り詰めた空気にずっと居続けて、みんなの顔色を窺う日々はもう無いのだから。
「今日は何を作ろうかなー。明日はお休みだし、ちょっとだけワインでも用意しようかしら。となると・・・よし、シチューを作ろう!」
もうすぐ劇場の扉が開かれる。
きっと色んな人の声が聞こえるんだろうなと思うと、団員達の、団長の声が聞けるんだと思うと思わず早足になった。
これは魔族に飼われて溺愛されることになった、歌姫とかつて呼ばれた少女のお話。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
人外×少女が好きなので勢いで投稿しました。もっと増えてほしい。
以下、補足というか登場人物の設定の蛇足です。
フレイア
本名フレイザート・ベルスターシュ。負けず嫌いでお転婆な性格。他人を安易に信用しがちなお人好し。声が大変美しく、歌を歌えば精霊が寄るほどの力を持っている。が、今は歌おうとしない。
元はベルスターシュ男爵家の令嬢だったが妹の策略により自身の功績を奪われ、あまつさえ婚約者である第一王子も寝取られて婚約破棄された。
父親から勢いで家を追い出されて泣いていた所、魔族に拾われる。
最初は奴隷のように扱われるのかと思ったらペットを愛でる感覚で優しくされるので困ってる。
あと魔族が人の顔に変化した時顔が良いので直視できなくて困ってしまう自分がいてなんか悔しい。
実家では政略的価値でしか見られていなかったので愛でられることに耐性がない。
団長
魔族であり貴族の1人。本名不明。劇場を運営している事から皆に「団長」と呼ばれている。
枯れた声と蝙蝠のような顔が特徴。顔を変化させると大変美形。長生きしてるが人間形態だと20代後半になる。
たまたまフレイアの泣き声を聞いて、美しいなと思ったので飼うことにした。自分を恐れないでむしろ声に対して突っ込まれたのもきっかけとなっている。
行き過ぎな愛情表現?で彼女を大事にするとフレイアがすぐ恥ずかしがるので面白がっている。
ニル
事故により顔全体に火傷の跡がある為、みんなを怖がらせないように常に仮面をつけている。元々孤児院にいたが団長に引き取られた。
他人とのコミュニケーションが苦手で、話す時はゆっくりになりがち。そんな自分を引き取ってくれた団長を崇拝レベルで慕っており、自分に偏見を持たず接してくれるフレイアとは友達感覚で仲良し。
ありがとうございました。