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翼ある言葉  作者: かのこ
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「俺も聞いてみたい」

 ユルスはしみじみ言った。

「女好きの俺のオヤジをひっかけたエジプト女王より、堅い人妻リウィア様を口説き落としたアウグストゥスの方がうわてだろ。ナンパしてものってこないし、土下座してお願いしてもダメそう。組み敷いてもやっぱりリウィア様って『嫌です』って言いそうだし。どーやって崩したのかその手管、ぜひ教えを乞いたいわ」

 人の親のこと、そういう言い方をしないで欲しい。余計な想像をしてしまう。

「それじゃアウグストゥスが、すごい女たらしみたいじゃないですか」

 そんなでもないと思う。たぶん。……だよね?

「リウィア様の時の実績があれば、他の女性なんてちょろいわな」

 熱烈な恋愛のすえに結婚したのに、どうしてアウグストゥスが浮気するのかと不思議だったのだけど、そういう考え方もあるのか……。いや、納得してどうする自分。

 たぶん母は、最初は他の人妻を口説くやり方で接していた義父には門前払いで、やがて飾らなくなった何気ない言葉に「信じよう」と決意したのだと思う。だからどの言葉で、というわけではなくて、アウグストゥスの言うように「いろいろと」になってしまったのではないかと思うのだ。だからこそ、多少の浮気や何気ないひと言では、覆る信頼ではないのだろう。

 ようするに普段の言葉の積み重ねが大事ということで、背伸びはするものではないのか。アントニアに対して気取ったり奇抜なことを言って、それで彼女が自分との結婚を決意してくれても、こちらの無神経な発言に撤回するかも知れないということなのだろうか。

 だよなあ。突然うさんくさいことを言っても、笑い飛ばされそうだし。

 だけどこのまま、なんとなく周囲に任せてしまうのは、やっぱり良くない気がする。

 だってもう、今の時点で倦怠期みたいじゃないか。嫌だそんなの。

「ユルスはどうして浮気をするんですか?」

「単刀直入に聞きますね、おぼっちゃま」

 ユルスは何故か得意そうに言った。

「結婚は人の言いなりでするもんだけど、恋愛はお互いに好意を伝えあわないと成立しないところがいいんだよ」

 わかるよーな、わかんないよーな。

「何のお話かしら?」

 出入り口のところで侍女から奪い、自分でぶどう酒を置きに来た大マルケラが、渋い顔をしている。せっかくの美貌がだいなしだ。

「ううん。自分の奥さんが一番だねって話」

 ……よく言えるなあ。

 マルケラはユルスの暴言を監視するように、ぶどう酒を水で割る役までしてくれた。

「ドルススは、こういう人を見習っちゃダメですよ」



 ……わかんないんだよな、この夫婦。アウグストゥスの命令で、義理の兄妹なのに結婚させられて。聞いた時に「なんてひどい」と思った。人の人生なのに、適当に帳尻あわせをしたようにしか思えなかった。けれど、実際はユルスが多少浮気してることを除けば、まあ幸せそうに見える。

 ユルスにすれば、どこかの令嬢を嫁にもらって、義母であるオクタウィアとうまくやってくれるかという不安もあったろうし、そもそも継子なのだから、一緒に住む理由もなくなる。それが大マルケラと結婚すれば全部解決したのだ。

「嫁姑の問題? ないない。実の母娘だもん。義母さんが嫁に『多少の浮気は我慢なさい』ってなだめてくれる」

 アウグストゥスの期待やオクタウィアの信頼だけでなく、マルケラのような美女を妻にできるという部分だけでも、充分に世の男性の羨望の的でもある。彼らの両親の結婚時ほどではないにしても、「もったいない」と言う声もあった。

 ユルスは何のかんの言いつつ美しいマルケラを愛しんでいるようだし、ちょっと堅苦しかったマルケラが、艶やかになったなと感じる。一時期は心配していたけれど、元気も出てきたし、良かったと思う。

 だけど、家族の行事にはマルケラはほとんど出たがらない。姿を現せば、前夫のアグリッパ将軍と現在の妻ユリアと接する機会もあるからだ。そのあたりが、ちょっと不憫かなと思ったりもする。



「ひどいと思わない?」

 話をしようと部屋に行くと、小アントニアがむくれていた。

「ユルス兄様ったら、結婚したとたん威張っちゃって。ずーっと『オクタウィア様』だったのが『義母さん』『義母さん』て。お母様もお母様だわ。マルケルス兄様が亡くなったからって、ユルス兄様に頼りっきり。マルケラ姉様だって、文句言っても兄様の味方しちゃうんだもの。あの人たちは私のこと、早く追い出したいんだわ」

 ユルスが家長として家族に責任を感じるのは当然だと思う。アウグストゥスの姉と姪を任せられているのだし。

「だったらマルケラは、僕にぶどう酒入りの水を飲ませないと思う」

 兄ほどではないけど、酒には強いことを知ってるはずなのだが。

 アントニアは不審そうに言った。

「兄様に言われて、悪いことしに来たの?」

 二人きりで個室にいるのだから、警戒されても仕方ないが。アントニアがユルスの言いたい放題に立腹していて、食堂に来ないのだからこうなってしまう。

「ううん。そういうのはいい」

「……別に、ドルススがそれで気が済むのならどうぞ。ただ、兄様にはムカつくから嫌なんだけど」

「……どうぞって何」

 ちょっと投げやりだよ。

「僕は、神様の前で宣誓する前に、そういうことはしたくない」

 確かに彼女に触れたい。興味がないわけでもない。というよりかなり無理していると思う。でもそれとこれとは別だ。

 彼女が生涯唯一の女性だし、既に彼女のすべては自分のものだと思っている。だけど自分でも意外なほどに、しっかりと「ここまで」という制限がかかる。手続きを経ないうちに男女の仲になるのは嫌だ。

 これってやっぱり、母とアウグストゥスのことがあるからなのかなと思う。それだけ、自分にとってもショックだったのだ。二人の結婚前の話、婚姻の契約をないがしろにしていたという事実が。

 自分は綺麗ごとだと言われても宣誓を守りたい。そのためには婚前であっても正しくしてなきゃいけないと思う。……結構しんどいし、しかもあんまり意味はないことだと自覚しているけど。

 アントニアは無言で額にキスをしてきた。今の自分たちには、これが限度。

「アウグストゥスに話をしようと思うんだけど」

「……うん」

 あっさりと決まってしまった。こんなものでいいんだろうか。こんな程度が、自分たちらしいのかも知れない。

自分で認めたくなかったのですが、やっぱりユルスが主人公だったらしいです。

日本初のユルス・アントニウスがメインのサイトだったと思っています。(早ければいいってもんではない)

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