08話「キャットザリッパー」
『到着致しました』
アナウンスと共にカプセルが開いた瞬間、ピンクは飛び出し状況を把握。
ここは住宅街の外周道路、やや高くなっている河川敷の土手と、建物に挟まれた地形になっていた。
ブルーが一人で戦っているが、目に見えないほどの速度で動く怪人に攻撃が当たっていない。
それでもこの狭さに、怪人も動きに制限が掛かっているのか、手を出しあぐねいているように見える。
「グリーン! ピンクに情報を!」
応戦の最中だというのに、ブルーが指示を出す。
その声に反応するかのように、仮面に仕込まれた通信機からグリーンの声がする。
「怪人の名前は『キャットザリッパー』猫をモデルにした怪人で、49年と56年にも出現しています」
怪人はある程度の期間をおいて何度も同じ種類が出現することがある。
「先代はどう倒したの?」
ピンクはブルーの側に駆け寄り、背中側を守るように陣取った。
素早く動く怪人は、時折視界の外から一瞬で間合いを摘め、その尖った爪を伸ばして切り裂こうとしてくる。
それを素早く避けながら、手で向きを変えいなしてゆくが、怪人はすぐにバックステップ。
ヒット&アウェイでこちらに攻撃の隙を与えてくれない。
『先代は……マタタビを嗅がせてふらふらになったところを攻撃……』
「却下!」
ピンクは力強くそれを否定した。そんな都合よくマタタビを持っている筈がない。
近付いてきた怪人の攻撃をステップでピンクがかわすと、その隙を狙ってブルーが銃を発射。ほぼ同時に放たれた2発目のビームは、一発目を避けた先を狙って撃っている。
二丁拳銃の特性を熟知した攻撃だったが、それすらしゃがんで避けると、一旦距離を置かれる。
遠くなれば銃の命中率は下がるため、ブルーはまた次の機会を待つ、そんな歯痒い戦闘になっていた。
『49年の時は、雨が降ってきたのを嫌がって動きが限定されたところを撃破』
空は晴天、雨が降る予定はなさそうだが、猫だけに水は苦手なようだ。
「取り敢えず交戦しながら、川へ移動しますよ」
土手を越えれば河川敷がある。
苦肉の策といった感じでブルーが提案するので、じりじりとその歩みを近くの川へ向けた。
『相手は猫、何か猫の気を引くものが有れば……』
グリーンが通信機越しに唸るのをピンクはイライラしながら聞いていた。
「兄さん! 早く糸口を見付けて!」
コンサートが出来なくなるという焦りもあったが、それ以上にこの怪人のポテンシャルが昨今の怪人と明らかに違う事に焦っていた。
ここで万が一自分達が動けなくなったら、今度は一般の人が犠牲になるかもしれないのだ。
それだというのにグリーンはいざというときも前線に出てこない。
それは彼が極度の引きこもりだということもあるのだが、出て来たとしてもあの巨体では戦闘に参加することすらままならない。
どっちにしろ足手まといになるのは目に見えていた。
しかし、彼はその『オタク』としての能力で、怪人の事を調べ尽くしている。
20年前からのデータを頭の中に持っていて、その場で伝えることができ。そのお陰で皆は安全に戦闘をこなすことができるのだ。
「私じゃないと倒せないってのはどういう意味だったの?」
茜がそう言っていたのを思い出したピンク。
『広範囲攻撃であるピンクの爆弾じゃないと、躱されて話にならないんだ』
確かに、ブルーの二丁拳銃から放たれる光線は、怪人に当たること無く消えて行く。
しかし、それは爆弾も同じだろう。
ピンクの爆弾は、爆発までに若干のタイムラグがある。もちろん自分がダメージを負わないようにだが。その時間で怪人は被害の無い場所まで遠ざかってしまうのは明白だ。
悩んでいる間も、怪人の攻撃は熾烈さを増していた。
何か策をと考えているピンクの体目掛けて爪が襲い掛かる。
「っ!!」
避けれない!
思考に意識を持っていかれて、判断が遅れた。
だが、その攻撃はブルーが銃身でもって受け止めた。
バギン! と鈍い音が響く。
ブルーは逆の手の銃の引き金を引くが、距離をとってその攻撃を避ける怪人。
「ブルーごめん、反応遅れちゃって……」
「まずいですね」
いつも冷静沈着なブルーの声に焦りを感じる。
ピンクが攻防の中背後のブルーを見やると、爪を受け止めた側の銃が破壊されているのに気付いた。
足を引っ張っている。
その事実にピンクは歯がゆい思いをするが、攻撃に昇華する事が出来ないでいた。
「ああっもう! 猫嫌いになりそうだわ!」
普段は大人しく、茜と蒼士の喧嘩を止めに入る桃海だが、この時ばかりは口調も荒い。
『猫、猫か……』
グリーンはネコネコ呟くだけでいまだ解決策を見いだせない。
その間に川の近くまで後退してきていた。
水を嫌うネコは、川の方からは迫ってこないため、攻撃は180度に絞られる。
しかし辺りに障害物が無いぶん隠れる事もできないうえ、キャットザリッパーの動きも阻害されず、防戦一方になっている状態だ。
「このままじゃ、押し負けちゃう!」
ピンクの焦る気持ちに答えるようにグリーンが突然叫ぶ。
『ピンク! 爆弾を使ってください!』
何かを思い付いたのだろう、グリーンがそう指示する。
「避けられるんじゃない?」
怪人の退路がない場面でもない、動きも制限できていない。ただ爆弾を放った所で、逃げられておしまいではないのか。
『大丈夫です、赤の丸い爆弾を作ってください! 起爆時間は……10秒!』
「10秒? そんなの当たりっこ無……」
『僕を信じて!』
グリーンの言葉には説得力があった。
こと戦闘中において、彼はふざけることをしない。誰よりも、メンバーの安全を祈っている。
力強く言い放たれたその言葉に、ピンクは素直に従った。
「普段から、そうしてれば良いのに……いいわ、やってみる!」
ピンクは右手で背中にあるポーチから、口紅のような器具を取り出し、キャップを開けた。
それと同時に、口紅の先のように見えた赤いものが風船のように膨らみ出す。
その持ち手の部分を左に回して10秒の起爆時間を設定すると、今度は右に回して風船から取り外す。
そうして持ち手が取れると、真ん丸な赤い風船が出来上がった。
時間設定の際に中に噴出した薬剤のお陰で、風船は叩いても簡単には割れないほどの強度を得ている。
『河川敷に向かって投げてください!』
言われるがままにピンクは怪人とは明後日の方向に、爆弾を投げる。
「何か考えがあるんですね」
その突飛な行動に、ブルーは結末を目で追った。
河川敷を跳ねる赤い爆弾。
怪人はその爆弾へと吸い寄せられるように飛び付き。
「──あはっ、じゃれてる」
ピンクが脱力しながらその光景に呆れる。
「猫ですね」
ブルーも、銃を構えながらも撃とうとはしない。
10秒後。
怪人キャットザリッパーは爆発して消えてなくなったのだった。