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07話「戦うアイドル」

 桃海は緊張していた。

 沢山のファンの前で、自分の顔を晒す。

 パフォーマンスを失敗する事は怖く感じなかった。

 むしろその怖さよりも「自分が否定されたら」という気持ちが彼女の心中を覆い尽くそうとする。

 持っているだけで口に運んでいないペットボトルの水が、小さく波紋を作っている。


 ──7年間、彼女はMASTに入る前からネットを使って、アイドル活動をしていた。


 VTuberというジャンルで、顔を出す代わりに、3Dで作られたキャラクターが話しているように見せるアイドル。


 一般的に「声は良いけど容姿が……」といった人物がやっているように言われることがあるが、全くの誤解だ。

 そんなことは、この桃海の整った顔立ちを見れば一目瞭然といえよう。


 そんな彼女がVTuberを目指したのは、単に対人恐怖症を患っていたというのが原因だ。

 それをおしてでも、桃海はアイドルになりたかったのだ。



「大丈夫だって。みんな桃姉に好意的な奴らばっかりなんだろ?」


 コンサートが始まる前の控え室。

 茜が激励の意味を込めて、桃海の部屋に来ていた。


「うん、わかってるんだけどね……」


 先程から手に持っている、常温のミネラルウォーターを口に運ぶ。その水面は今は穏やかだ。

 不安を口に出す相手がいることで、霧のような黒い影は口から言葉になって出ていったように感じる。

 

 桃海の対人恐怖症はかなり改善していた。

 それはひとえに、目の前の茜をはじめとするMASTのメンバーのお陰だと思っている。


「わかってんならグダグダ言ってんじゃねぇよ」


 ……お陰だと思っている。

 確かに、茜のように()()()()()()人物の方が、むしろ裏表がなくて取っつき易かったのだと思う。

 それにこうしているが、子供には優しいし自分達の事も常に気遣ってくれる、立派なリーダだ。


「大丈夫、茜ちゃんが居てくれたら頑張れるから」


 そういうと、本物のアイドルのように、両手を握ってぴょんっと跳ねる。片足も上がっていて、可愛さポーズが板についているようだ。


「うるせ、はしゃぐんじゃねぇロリババア!」


 口では毒づいているが、なんだかんだ言って場違いなこの場所に来てくれていることに、桃海は感謝していた。

 日頃から、チャンネル登録してくれとか、チャンネルを視聴してみてとか、そういうのには全く反応を示さないのに、今日来てくれたのはきっと、桃海が不安そうにしていたのを目ざとく察知したからだろう。


 だが、そういうところを褒めても喜ばない。

 ……喜んでいるのかもしれないけど、素直に受け取ってはくれない。

 それでも心が通じていると思えることが、桃海には暖かく感じる。


 その後も茜は、できる限り桃海の緊張をほぐしてくれた。


「そろそろ時間だろ? ウチは客席の方に行っとくかんな」


「うん、茜ちゃん、ありがとう」


「気にすんなって」


 赤いリュックを背負うと、茜は扉を開けて外に出ていく。

 背中越しに、がんばれよとばかりに親指を立てて去っていくのがなんとも男らしい。




 ────開演まで、もう10分。

 余計なことを考えないように目を瞑って下を向いていると、微かに茜の声が聞こえてくる。


 ひどく焦っているような声に、桃海は立ち上がると控え室を飛び出した。


「おい、ウチは桃姉の関係者だ! 通せよこの野郎!」

 警備員に捕まって、激しく暴れている茜が視界に入る。


「茜ちゃん! どうしたの?」


「どうしたのじゃねぇ! 怪人だ、怪人が出た!」


「怪人!?」


 集中していた筈なのに、一気にいつもの仕事モードが戻ってくる感覚。口許を引き締め、たれ目気味の目尻をきりっとさせる。


「警備員さん、この人は私の友達です、警備員さんは外で待ってる方の安全を優先してください!」


 はっきりとした口調でそう告げると、事の重大さを察したのか、警備員は走って会場の外へ行ってしまった。


 人払いが出来たのを確認すると、茜はリュックから、桃海の通信用眼鏡を取り出し渡した。


「でな、ブルーが応戦中なんだが、攻撃が当たらないらしい。デブが言うにはピンクじゃないと倒せないんだと!」


「でも、私これから……」


 もう10分もすれば開演の予定だ。

 ここまで来るのに7年掛かった……

 数え切れないファンも待ってくれている。


「おいおい、桃姉! そんなもんぱっとやっつけてすぐ帰ってくれば良いだろ!」


 だからこそ、そのファンの人達に怪我をさせるわけにはいかない。茜の言う通り、なんの懸念もなくコンサートをやり遂げたい。

 桃海は静かに頷くと受け取った眼鏡をぎゅっと握った。


「わかったわ、じゃぁ茜ちゃんは私のマネージャーさんにそう伝えてくれる? 私は……」


 そう言いながら、眼鏡を掛けると横にあるボタンを押す。


「行ってくるわ」


 眼鏡に一番近くのシューターの位置が転送される。

 それを確認した桃海は走り出す。



 裏口から会場の外に出ると、早速カプセルが目に入った。


「あそこね」

 桃海が近づくと、勝手に開く。


「眼鏡で認識出来るようにしておきました」

 その眼鏡から声がする。


「中野さん」


「早く、シューターへ。行き先は設定してあります」


 その声に急かされるように、桃海はカプセルへと入る。


 蓋が閉まると、すぐに桃海は洋服のボタンを外し始めた。

 カプセルの内部そこらじゅうから、粘着質な紐が飛び出し洋服を絡めとると、下着だけになった桃海を今度は薄い膜が覆う。その要所にはガムのようなものが付いており、追いかけてその他のパーツが装着された。


 実際に超人的な効果があるのははじめの薄い膜のようなものだ。

 これは怪人が現れる以前から開発されていた、マッスルスーツのようなものだと聞かされている。

 スーツ内面に付いている電極が、筋肉の収縮を感じとり、スーツ自体を動かす構造になっていると言っていたが、桃海にはその原理を理解はできなかった。


 ただ問題は、限られた遺伝子を持つものしか着ることが出来ないという縛りがあった事だ。


 だからこそ、戦うのに向いていなさそうな桃海のような女性が、MASTの一員として抜擢されたのだろう。

 もちろん、戦隊の人気の底上げという役割もあるかもしれないが、桃海は必死でこの役目を果たしていた。

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