06話「信じたくない関係」
「先輩、いいんすかこれで?」
「良いから良いから」
エーデルヴァイスの地下。
342号こと、虎太郎は後輩に頼み事をしていた。
怪人を2匹、指定の日時と場所に送り込んで欲しいと……もちろんそれは、桃姫のライブ会場の近くだ。
怪人と一緒にエーデルヴァイスの構成員がサポートとして派遣される場合がある。
新しいヴァイス獲得のために住民を浚ってきたり、戦闘に参加したりする役目だ。
それに紛れて地上に出て、こっそりライブ会場に行き、二体目の怪人が出ている間に帰ってくるという計画だ。
彼らは戦闘においては、怪人のために場を温める役をする。
レンジャーに一撃食らったら、取り敢えず死んだ振りをしておき、怪人にレンジャーが気を取られている隙に帰還するのだ。
実際、過去の戦隊物を見ればそれは一目瞭然だろう。いつの間にか消えている。
それでもタイミングが合わなかった場合は、怪人の爆発とともに、爆炎や煙に紛れて撤退する手筈になっている。
爆発しない怪人は、まぁ何て言うか、お茶を濁すのに使われる。
こないだ、レッドが出撃して、バットで一撃粉砕した奴等だ。
そこもエーデルヴァイスでは明確に別れているのだが、その話はまたの機会にしよう。
「おし、それでいい。すまんな」
「ほんと、今回っキリですよ?」
うまいこと行きそうだと、虎太郎の顔が緩んで仕方ない……もちろんマスクの下なので気付かれることはないが。
コンサート当日。
彼は腰にベルトを巻いた。
エーデルヴァイスの紋章が入ったベルトだ。
これは地上に上がるヴァイスだけが付けることの出来る勲章のようなものだ。
「久しぶりだな」
虎太郎は愛おしそうにそれを撫でる。
年齢が上がったこともあり、前線に志願する事はなくなっていたが、これもほかの後輩に頼み、ねじ込んで貰っていた。
「よし行くぞ!」
そう言いながら両の頬を平手でパンッと叩く。
どうみても怪人よりも気合が入っていた。
地図を便りに指定地点まで上がっていく。
彼らの根城は街の地下深くだが、地表に近づくと、隠し扉でマンホールの下や、川に繋がっている。
指定地点までの案内役ヴァイスの帰宅を見送ると、怪人と一緒に数人の戦闘ヴァイスが地上に出た。
今回の怪人は猫怪人。
動きが素早く、攻撃が当てづらい。
ブルーのレーザーガンですら避けてしまう程だ。こいつなら、しばらく時間を稼いでくれるだろう。
「ギー ギー」
ヴァイス特有の叫び声を上げて、街の一部を破壊し始める戦闘員と怪人。
彼らに明確な意思はない。
ただ命令に実直に、なんとなくそうしているといった雰囲気だ。
そのため、一人くらい居なくなっても分かろう筈がなかった。
虎太郎はそれを尻目に、人気の無い路地へと入り込む。
そこには打ち合わせ通り、着替えが用意されていた。
「今日だけは……今日だけは黒崎虎太郎として、桃姫に会いに行く!」
この日のために散髪もした。
服も用意してもらった。
準備は万全だ。
少し暑いが、タイツは着込んだまま、マスクだけを外すと服を上から着る。
「桃姫! 待っててくれ!」
そういうと、服のポケットに入っていたチケットを取り出す。
これも地上の準構成員に入手して貰ったものなのだが……。
「さ……最前列だと!!」
準構成員の神がかった仕事っぷりに、足の力が抜ける。そのプラチナチケットに涙を流して膝を付く。
その姿はまるでエーデルヴァイスの総統に祈りを捧げているかのようだ。
会場はドームになっており、1万人程度が入れるようだが、空席が見当たらないくらいの人が押し掛けていた。
すでに開演間近、殆んどのファンが会場に入っている。
虎太郎は、待ちきれない足取りで受け付けに向かった。
気持ちが浮わつき、回りの事など目に入っていなかったのだろうか、前から走ってくる小柄な女性にぶつかってしまう。
その勢いはかなり激しく、大柄な虎太郎ですら尻餅をつくほどで、思わず手をつく。
「ってぇなくそオヤジがよ、急いでんだ!」
言いながら少女は、足元にあるチケットを拾い上げて走って行った。
「まってくれお嬢さん!」
しかしそのチケットは虎太郎の物だ、ポケットに入れて置けばよかったものを、嬉しさ余ってずっと手に握りしめていた。尻餅をついたときに手を放してしまったのが悔やまれる!
40に迫る年齢だが、ここで走らなければいつ走る!
もう離れつつある、金髪の女の子を必死で追いかけるのだった。
角を曲がったところで、女の子が警備員に止められている。
「緊急事態なんだよ、進ませろ!」とごねて暴れる。
「この先は関係者以外立ち入り禁止なんだから」
警備員も必死だが、上回る勢いで叫び散らしている。
全力で走ってきた虎太郎は、あと少しというところで前に屈み膝に手をつき荒い息をする。
そこに、別の女性があわてて駆けてきた。
「茜ちゃん! どうしたの?」
──虎太郎はこの一年間、毎日欠かさず聞いてきた。ピーチクイーンチャンネルを。
だからその声を間違える筈がなかった。
この人が、桃姫だ!!
ピンクの髪をくるくると巻き、ピンクのフリル付きドレスに身を包んでいる人物こそが、彼の会いたかった人物その人だ。
VTuberなのだから美人を期待しすぎてもいけないと、敢えて心に押し止めていたが、そんなこと忘れるほど美しい!
一瞬が数分に感じるほどに感激していた虎太郎を、ちび女のがらがら声が現実に引き戻す。
「どうしたのじゃねぇ! 怪人だ、怪人が出た!」
もちろん、虎太郎が連れてきた怪人のことだろう。
「怪人!」
驚き、顔を歪める桃姫に、申し訳ない気持ちで一杯になった虎太郎は「でも大丈夫、きっとMASTがいつものようにあっさり片付けてくれるから、桃姫は安心してコンサートに臨んでくれ!」そんなことを心の中で呟く。
「警備員さん、この人は私の友達です、警備員さんはお客様の安全を優先してください!」
はっきりとした口調でそう告げられ、事の重大さを察したのか、警備員は走って会場の外へ行ってしまった。
「でな、ブルーが応戦中なんだが、攻撃が当たらないらしい。デブが言うにはピンクじゃないと倒せないんだと!」
「でも、私これから……」
「おいおい、桃姉! そんなもんぱっとやっつけてすぐ帰ってくれば良いだろ!」
虎太郎は会話の内容をちゃんと耳には入れたが、理解をするほうに頭が働いてくれない。
「わかったわ、じゃぁ茜は私のマネージャーさんにそう伝えてくれる? 私は行ってくるわ」
虎太郎は、その近くを走り抜けていく桃姫の背中を、目で追いかけることも出来ずに座り込んでしまったのだった。
虎太郎にとって信じたくない関係性が、明らかになろうとしていた。
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