46話「乾杯」
最後の決戦から一ヶ月。
茜はある部屋のドアの前に立っていた。
チャイムを押すと奥から快い返事が帰ってくる。
ドタドタとした足音が近づき、それが扉を開けてくれる。
「いらっしゃい茜たん!」
顔を見ずとも、その人物が誰か分かるだろう。
「たん、言うな!」
そう言いながら、彼を押しのけて靴を脱ぐと廊下を進んでいく。
「あ、茜ちゃん、待ってたわよォ」
お酒臭い息で話しかけてくる女性を横目に、奥のソファーへと向かう。
慣れた雰囲気でどかっと座ると、向かい側の男性が眼鏡をクイッと直し、小説から視線を上げる。
「予定時刻を過ぎていますよ……全くだらしない」
その言葉には何も答えず、背もたれ越しに後ろを振り返ると、奥に居るピンクの髪の女性に声をかけた。
「アイツは?」
「おう、居るぜ」
話しかけた相手の奥からひょこっと顔を出しながら、大柄な男性が返事を返してきた。
「ようやく全員か」
茜は呟きながら、みんなの顔を見渡す。
毎日顔を合わせていたメンバーとの、久々の再会だった。
────日本政府は、エーデルヴァイスとの関係を否定。
頭のおかしな博士の妄想であると結論付けたが、それを信じるものは少なかった。
エーデルヴァイスが壊滅した事で、そちらとの繋がりはうやむやになった形で幕を閉じる。
悪の組織が消滅し、怪人の恐怖は消え去った事で、MASTも解散。
予想通りの展開ではあったが、正直誤算もあった───。
「しかし、桃姉が一人でMASTを背負う事になるとはなぁ……」
MASTで唯一正体を公表した桃海が、そのまま社会復帰をするのは難しいと判断されたのか、政府が裏でバックアップする「正義のヒロインピーチクイーン」という名前でアイドルデビューをする事になった。
怪人は居ないが、悪人は居る。
彼女は正義の広告塔として担ぎ上げられたのだろう。
「まぁ、前とやってる事は変わんないんだから」
そう言いながら、楽しそうに笑う桃海の笑顔に、苦痛の色は全く無い。
「スーツがあるとはいえ、無茶な事をしてはいけませんよ? この間だって、暴走族の前に躍り出てちぎっては投げしていましたが……」
青ぶち眼鏡から心配そうな目を向ける蒼士に対し、大柄な男が代わりに返事をする。
「大丈夫だ、いざとなったら俺が付いてる」
この大男こそ、黒崎虎太郎。
つまりブラックタイガーその人である。
「カッコつけてんじゃねぇ、エビ怪人がよ」
「う、うるせぇ! かっこいいだろ、黒い虎だぞ?」
虎太郎はネーミングを決める時に、名前からもじったブラックタイガーをいたく気に入っていたのだが。
その時はエビの名前と同じ事に気付いていなかったため、今ではかっこうの弄りポイントになっている。
そして、相変わらずの茜の口の悪さは、唯一残った「怪人」に対しても容赦がない。
「まぁまぁ、茜ちゃん。実際助かってるのよ私も」
桃海がそういうので、仕方なく口をつぐむ茜。
元々ファンであった虎太郎は桃海にぞっこんだが、桃海も満更ではないのでは無いかと思う。
「拙者も筋トレ仲間の虎太郎ニキが居てくれて楽しいでござる」
翡翠も虎太郎を兄と慕うまでに仲良くなっているらしい。こっそりオタク語が戻ってきてるのは、もう周りが諦めたからだ。
「しかし、でかいマッチョ2人と暮らしてて窮屈じゃねぇのかよ」
この家は桃海の新しいマンションだが、兄の翡翠だけでなく、虎太郎まで転がり込んでいる。開けっ放しの翡翠の部屋には、所狭しと筋トレ器具が並んでおり、どこで寝てるのかさえ不明だ。
そんなマッチョサンドイッチ生活を、唯一羨ましそうに眺めるのはローズ。
「私もマッチョと暮らしたいわぁ......」
そう言いながらも2人の大男を見ながら、お酒が進んでいるようだ。
「茜ちゃんも、お父さん帰ってきたんでしょ?」
桃海が唐突にそう切り返した事で、茜の表情が苦笑いに変化する。
MASTが解散し、怪人を生み出す計画が公になったことで、茜の父である木月燕子は逃げ回る必要が無くなった。
あの決戦のあとすぐに、しれっと帰ってきたのだ。
「まだ自分がグリックレッドだって言わないの?」
グリックレッドが父親であることは、茜は気付いていた。ていうか気付かない方がおかしいだろ、とさえ思っていた。
しかし燕子は未だに打ち明けては来ない。
自分にはその資格がないと思っているのか、巻き添えで死んでしまった母の手前、責任を感じているのか。
「男らしくねぇぜ全くよ」
ため息混じりの発言に反応し、虎太郎もやれやれと頭をふる。
茜は10年もの間父に対して、自分達を置いて逃げたことや母を巻き込んだことの落とし前を付けさせてやる、と意気込んできたのだが。
実際会ってみるとそんな気も起きなかったのには、自分でも驚いた。
父が帰ったのを紅太が泣いて喜んだ事で、さらにどうでも良くなってしまった。
今ではあの狭いアパートに3人で暮らしており、専ら専業主婦みたいな事をやっている。
「蒼士だけは政府に残ったんだろ?」
虎太郎が、奥で静かに紅茶を啜る蒼士に話題を振る。
「ええ、長岡さんの口利きで……と言ってもMAST事案を処理する仕事だけで数年は掛かりそうですがね」
茜を育ててくれた長岡のおっちゃん。
旧友であるグリックレッドの逃亡を助け、情報を秘匿し続けてくれただけでなく。
その子供を匿ってくれていたわけだが。
なんとMAST最後の日も、彼ありきで作戦を組んだらしい。
考えてみれば、政府が自分が不利になる証拠をドローンを通じてネットで放映するだろうか?
裏でうまく言いくるめていた人物が居なければ成立しない部分が多々あった筈だ。
「おっちゃんには頭が上がんねぇ」
表舞台に立たない縁の下の力持ち。
彼が尽力した事で悪は滅びたのだ。
「ちょっと、なにしんみり話してんのぉ? 今日はお祝いでしょ! 乾杯するわよ!」
ローズにとって近況報告よりも、乾杯が大事らしい。
というか、フライングで既に出来上がってるのは、まさに彼女らしいというか。
「だな! じゃあみんなグラスを取ってくれ」
茜は立ち上がると、グラスを掲げた。
それに応えて、他の者も思い思いに続く。
世界は変わった。
政府もそれが正しいと思って計画を始めたのだろうが、思いもよらぬ結果を招いたに過ぎない。
それを粛清した自分達も、正しいと思ってやった事だが、今後どのような結果になるかは分からないし、「見方」を変えれば悪だという人も居るかもしれない。
しかし、明確な悪というのはある。
そして、人それぞれに「正義」がある。
それらがぶつかる事もあるだろう。
ただ、それぞれが「セイギ」とは何かを考え。
そうあろうとする事が大事なのだ。
「正義の味方に、乾杯!」
セイギのミカタ
これにて完結致しました。
作者としては
まだ書きたいことがあったような
彼らと別れるのが残念なような
そんな気分にさせてくれる作品でした。
読んでいただいた方はどう感じたでしょうか?
感想なども気軽にお待ちしております。
今後の作品も良ければ追っていただけると幸いです。
また、今回無理を言ってお願いした絵師
やじるしにも感謝を。
そして再び、皆様と出逢えることを祈って。
「ありがとうございました!」




