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45話「決着の時」

 蒼士が使っている銃は、実は光線銃では無いというのは以前語ったところではあるが。


 バブルリングという現象を知っているだろうか。

 もしくは煙を溜めたダンボールに丸い穴を開け、左右から叩くと白い煙の輪っかが空中を進んでいく現象に近い。


 彼の銃は高圧高温ガスを使ってその球を打ち出しているもので、その速度が早いために、線状になって飛んでいるように見えることから「レーザー銃」と呼称しているものだ。


 ブルーファイナルスピアという攻撃は、左右で口径の違う二つの銃を同時に発射することで、その威力を増す性質がある。

 大きな輪の中に小さな輪を通す事で熱量が乗算され、更に加速と、貫通力が増す仕組みだ。



 しかし血沸はその熱線を見切り、腕を下方から斜めに逸らすように当てると、霧散させた。

 それはもう呆気ないほどに、大気へと熱量だけを放散させてゆく。


「この攻撃は直線上には強いけどぉ、側面の風の動きをを壊されるとそこで止まっちゃうんだよねぇ」


 彼女の手は完全に焼け爛れてはいたが、いまだ余裕の笑みで立っている。


「これが勝算だったのぉ? あれだけ狙われてたら警戒しない訳ないよぉ」


 やはり茜の考える行動など直情的でわかりやすい。

 博士はその何十倍の思考能力でシュミレートしているのだろう。

 こちらの手の内などバレてしまっているのだ。


「諦めねぇ!」


 だがその言葉通り、諦めが悪い茜の性格だ。

 最後の切り札が全く通用しないという時も、絶望より先に体が動く。


 しかしその性格さえ、血沸にとっては想定内。

 茜の一撃を躱すと同時に、彼女の足に絡まっている鞭を手刀で切断したのだ。


「あっ!」


 ローズはブルーファイナルスピアが効かなかった事に一瞬だが放心してしまっていたのか、声を上げた時には手に持った鞭から茜の重みが消えたのを感じていた。


「それがどうしたァ!」


 お構い無しに殴り掛かる茜。

 彼女の心はまだ折れていない。


 そしてMASTもまだ折れていない。


「蒼士さん、これでカンバンですよ」


 グリーンはそう言うとバックパックから最後のマガジンを取り出し、肩に乗っている銃に差し込んだ。


「しかし、通用は……」


「茜たんはまだ諦めていないんです、きっと勝算を残してるんですよ」


 翡翠はそう言うが、勝算が無くても彼女は突っ込んでいきそうな気もするが……。

 彼からは信じる気持ちがはっきり伝わってくる。


「これが、信頼ということですか……」


 MASTでの自分の立場上、信頼とは程遠い場所にずっと居た蒼士は、彼らのその実直な気持ちを羨ましく思えたのかもしれない。

 信頼することは出来ても、信頼されることはないだろうと思っていたからだ。


 しかし翡翠の背中は、確かに蒼士への信頼を語っていた。

 そして、それに応えたいという気持ちもまた、蒼士の中に溢れていた。


 彼はエネルギーマガジンの装着された銃のスライドを引いて弾を装填した。


「頼みますよ茜さん」


 それは心の声だったのか、口から漏れたのか分からないが。

 翡翠には確かに聞こえたようだった。



 男二人が次弾を装填していた頃、もう一人のメンバーである桃海が動いた。

 いくつかの爆弾を血沸の周りで炸裂させる。


 茜はそれを見て急いで飛び上がる。

 ローズのムチがシュッと空気を割いて血沸の近くの地面を擦り、火花が散ったように見えた。

 それは爆弾内部のガスに引火し、瞬間辺りが炎に包まれる。


「あはは、びっくりしたぁ! こんな攻撃用意してたんだぁ。でも、この位の熱じゃ温度が足りないよぉ」


 彼女の言うとおり、さほどダメージを感じさせはしなかった。


 熱さの残る中に、爆発を避け飛び上がった茜が自由落下ざまにバットを振るうが、軽くそれを避けようとする血沸。

 しかし、突如足がもつれる。


「あれぇ?」


 大きな違和感ではなかったが、ほんの少し危機を感じたのだろうか、大きく距離をとって着地する。

 そしてその刹那の間に、その現象を理解した。


「一瞬で酸素を燃やして酸欠にするなんてぇ、考えたねぇ」


 おしゃべりの為に吸った空気には酸素がほとんど含まれておらず、一瞬だがめまいを引き起こしたのだろう。

 もっとあの場所に居ると一酸化中毒もあったかもしれない。

 しかし、血沸は勘でそれを回避したのだ。


 今出来る最大の奇襲攻撃までが空振りに終わってしまった事で、その端正な顔を歪め唇を噛む桃海。

 その表情を待っていたかのように、血沸のテンションは更に上がってゆく。


「万策尽きた感じかなぁ?」


 もう完全に楽しくて仕方がないという顔をしている。


「後は気合いでどうにかするさ!」


 休む暇を与えないとばかりに茜がバットを振りかぶる。

 しかし、既にローズの援護もない。

 彼女自身の体力も限界に近い。


挿絵(By みてみん)


 血沸はその直線的な攻撃を片手で受け止めると、もう一方の手で茜の体をはじき飛ばした。

 先程と同じ状況だが、今回はその攻撃から致命傷を防いでみせたが、体は衝撃で吹っ飛んでゆく。


 しかし、表情を強ばらせたのは茜ではなかった。


 飛ばされながら茜はポーチからある道具を取りだしていた。それを総統が眠るカプセルへと向けたのだ。


 桃海の攻撃で大きく場所を移動したことで、その攻撃を防ぐ術を失った血沸の、悔しげな叫びが上がる。


「グリックビーム!!」


 それはグリックレッドの武器である銃。

 いうなれば蟹光線。


 二人で話をした後に預かっていたものだ。


 その攻撃は誰にも邪魔されることなく、総統のカプセルを撃ち抜く。中を覗ける透明のシェルターに穴が空き、大きなヒビを作った。


 初めて血沸は慌てた。

 茜の攻撃は直情的で、単調。

 ほかのメンバーの補助すら予想の範囲内。


 だが、今は無きグリックレッドの武器など誰が持っていると予想出来ただろうか?


「頭良い奴ほど、計画が壊れた時は脆いもんだぜ!」


 レッドは中指を立てながら、勢いそのまま壁に激突した。


 それと同時に、一筋の熱線が血沸の体を貫く。


「ファイナルブルースピアァァァア!!」


 総統の身を案ずる焦り。

 茜の行動への驚き。

 一瞬の隙。


「ぐぁっ……ぐふぅっ!」


 血液が沸騰し瞬間的に揮発したモヤの中。

 光線は血沸の左脇腹からへその辺りを焼き切っていた。

 背骨の一部を無くした体は、欠損した部位の方へぐらりと倒れると、そのまま地面へ転がった。



 静寂の中に、カプセルから流れだす液体の音だけが響く。


 桃海とローズは安堵のためか膝から崩れ落ち、座り込む。

 グリーンの肩から銃を持ち上げると、二つに分解して腰に挿す蒼士と、銃架の時のポーズのまま血沸を見続ける翡翠。


「っ痛ててて……」


 強かに打ち付けた頭をブンブンと振りながら立ち上がる茜。


 そして天を仰ぎながらも、動こうとしない血沸。

 焼ききれている為か出血は多くは無いが、内蔵の欠損は激しいのが見て取れる。

 怪人とはいえ長くはないだろう。

 それは彼女自身にとっても、理解出来ているはずだが……。


 痛みに唸る声も、死を恐怖する声も発さない。

 代わりに静かにこう呟いた。


「楽しかったぁ」


 彼女は人の形こそしているが、政府やエーデルヴァイスが生み出してきた怪人の中でも一番長く生きていた。

 中身まで怪人になってしまっていたのだろうか、その言葉の意味を理解出来る人間はその場所には居なかった。


「私はずっと一人だった……対等に話せる相手も、遊べる相手もいなくてぇ……だから、私と対等な友達をいっぱい作ろうとした……だけでぇ……」


 こちらが理解していない事を予想して話している。

 彼女の悪い癖だ。


「……分かってるけど、それでも友達がぁ……私と……」


「もう、黙ってくれ」


 その言葉を茜が遮る。

 その表情は勝利の笑みを湛えてはおらず、ただただやるせない気持ちで溢れていた。


「さぁここを出ましょう、彼女が終わってしまう前に」


 蒼士が奥歯を噛み締めながら、踵を返して進んでゆく。

 そうだ、きっと彼女も絶命とともに爆発するのだろう。


「家に帰るまでがヒーロー活動ってか……」


 茜も折れたあばらをかばい、脂汗を流しながらも出口へと向かう。他のメンバーもようやくといった雰囲気でそこを後にする。


 勝利した者が正義で、負けた者が悪。

 世界はそんな簡単な方程式でできている訳ではなかった。

 直情的かつ、難しいことを考えようとしない茜でさえ、そのくらいはわかっていたつもりだ。


 血沸は明らかに悪だった。

 それなのにこの後味の悪さは何なのだろう……。

 彼女をあそこまでにしたのは、彼女の母親を含む周りの大人のせいではないのか?

 本当に拳を向けなければいけない相手は誰なのか……。


 今回の解決のシナリオの為に、血沸の死が一番分かりやすかっただけではないのか?


 そんなことを考える茜の肩に、翡翠が優しく触れる。

 装甲に守られたその表情を読み取ることは出来ないが、ゆっくりと頭を左右に降った。


 あぁ。考えるだけ無駄か。

 茜は悟りまた歩を進める。 

 

 最後に茜が振り返ると、頭をこっちに向けていた血沸が何とか動く手を持ち上げ、明るい声で言った。


「また……遊ぼうねぇ」


「シマらねぇぜ、ったくよぉ」


 誰が正義で悪かなんて、血沸には全く関係なかったのだろう。その狂気じみた発言に、理解はもう及ばない。


 MASTは二度と振り返ることは無かった。

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