44話「茜の作戦」
血沸博士の基地に、暫し静寂が満ちた。
次の手を考えあぐねいている蒼士と翡翠。
博士もその答えが出るのを待っているのか、いつも通り気味の悪い笑顔を貼り付けながら観察している。
「やべぇな、勝てる気がしねぇ」
駆け引きの定石などに興味が無い茜は、率直に意見を言うが、反論はどこからも出ることは無かった。
ただ蒼士だけが、少し落ち着いた雰囲気を装って問いかける。
「興味本位で聞くのですが、貴女の後ろにあるカプセルに入っているのは、どんな怪人なんですか?」
蒼士にとっては妙案が浮かぶまでの時間稼ぎの会話のつもりだったが、血沸はよくぞ聞いてくれましたとばかりに口角を引き上げ、両手をぶんぶんと羽ばたくように振りながらそれに返した。
「これは怪人じゃないんだよぉ、20年前地上で暴れた総統、その人さぁ!」
かなり楽しいのだろう、喋りも動きも止まるところを知らない。
「それにしては小さいと思ったんだろぅ?」
確かに思った。
何せ総統と言えば、その体高はゆうに50mはあったはずなのだ。本物を目の当たりにした事の無い彼らでも、当時の映像を見ることはあった。
大怪獣ものの映画のように、ビルをなぎ倒し、引きずるシッポは車を弾き飛ばし。「ただ歩く」だけで人間などが敵う相手ではない事を本能的に理解出来た。
改めて血沸の背後にあるカプセルに目を移すも、そこにあったのは機械部分も含めて5m程度の大きさしかない。
実際に中に何かが入るとしても、体長は3mが限度に見える。
「困惑しているねぇ、いいねぇ、いいねぇ!」
血沸はパタパタと振っていた手を、空でも飛ぶのかという程に羽ばたかせながら走り回り始める。
「君たちが知っている、総統ってさぁ。実は宇宙船だったんだよねぇ」
これまた思いもよらない発言に、一行はさらに困惑している。
「総統の星では、星間飛行するためのバイオテックな宇宙船がぁ、一人乗りから作れるっていう文明だったみたいだよぉ。未知の星に降り立つならぁ、落下の衝撃耐性や、大気圏突入の熱耐性ぇ、それに未知のウィルスに対する解毒や分析もできなきゃいけないでしょぉ?」
生体宇宙船などという、突拍子もない発想だが。
現に宇宙人が地球に降り立っている今、そこを否定は出来ないだろう。
「その宇宙船の素材を使って、君たちのスーツを作ったんだよォ」
確かに、高い衝撃性能に高熱耐性、バイオ対策まで……別の星にたどり着くに必要なものが揃っている。
劣化版とはいえ、その恩恵を受けてきた彼らだからわかる。
そしてその発言に、蒼士の目が光る。
「貴女が私たちMASTのスーツを開発したんですか?」
「作ったのはママだけど、改良したのは私だよぉ」
「エーデルヴァイスで働いていた貴女が?」
その質問の意図は茜にも分かった。
ここで完全にMASTとエーデルヴァイスが繋がったということになる。
つまり、今まで敵同士で戦ってきたふたつの組織の根っこが同じであることが、ドローンを通して世界に発信されたのである。
「あはっ、MASTは政府も敵に回すつもりなのぉ?」
何かを察したのか、血沸は楽しそうにそう質問してくる。きっと意図など分かった上で自分が開発者であることを口にしたのだろう。
「さぁ、どうでしょうね」
ヘルメットの下で蒼士は口角を上げてニヤリと笑った。
これで目的の半分は達成したようなものだ。
しかし残りの半分である血沸博士の無力化が、こんなに難しいというのは誤算だったのだろう、笑ったはずの口元はすぐに真一文字に結ばれる。
「四の五のいうこたぁねぇ、ウチらは正義の味方なんだ、ここを破壊する事だけを考えてりゃいいだろ」
「まぁそれはそうなんですが、その方法を考えているのですよ」
やれやれといった雰囲気で蒼士が言うが、茜は自信満々に叫んだ。
「オメーはファイナルブルーなんとかを用意しときゃいい。ウチがあいつの隙を作るからな!」
もちろん大声すぎて血沸にも届いている訳だが、そんな事などどうでもいい。
「小細工など捨てて大技勝負ですかぁ?」
血沸も楽しそうにそれを聞いている。
彼女とて、MASTの戦い方は頭に入っている、茜がそういう性格であることは重々承知なのだろう。
「信用に足る勝算があると思って良いのですね?」
そう言いながらも蒼士は銃を二丁繋げると、エネルギーを溜め始める。
グリーンの用意したエネルギーマガジンも残りひとつ。
装填済みを含めて、あと2発が限界だ。
「それはぁ、グリックファイブ時代のぉ、高火力エネルギー弾だったねぇ」
博士がこの攻撃を知っていることは想定内だ。
「私も開発に力を貸したんだよぉ、弱点も知ってるけどぉ、今使っちゃっていいのぉ?」
余裕を感じさせる無駄な動きから、彼女が楽しそうなのが分かる。
張り付いた笑顔ではなく、本当に楽しそうだ。
そこに怪人である彼女の孤独が垣間見える気がした。
きっと彼女の頭脳に張り合える者はこの世に居なかっただろう。
きっと彼女と対等に戦える人間などこの世にいなかったのだろう。
「行くぜ、白衣の姉ちゃん。遊んでくれよな!」
そんな彼女の感情を理解しているかは分からないが、茜はそう言葉を発した直後に血沸へと踊りかかった。
棘付きのバットを振りかぶり、相も変わらない直線的な攻撃を仕掛ける。
その軌道上に血沸が腕を構えて受け止めようとした刹那、茜の体ごと、空中で軌道を変えた。
「おやぁ?」
気の抜けた声でそう言いながらも、予想だにしない変化に反応する血沸。
真っ直ぐ振り下ろされるはずだった釘バットは、茜の体が時計回りに90度回転したことで横に振るわれたが、一歩下がってそれを避ける。
「面白い攻撃ですねぇ」
そういう血沸の目線は茜の足に注がれていた。
「チッ、もう種明かしの時間かよ……」
茜の足にはローズのムチが巻きついており、攻撃の瞬間彼女の体を回転させたのだった。
それは奇襲に近い攻撃であり、仕組みがバレると不利になるものだが、やはり血沸はそれを一瞬で見破ってしまった。
それでも、着地と同時にバットを振り上げ、そのまま次の攻撃に移る茜。
空を切る音。時折そのバットを手で受け止めようとするがそうはさせない。
先程壁に吹き飛ばされた失態を学習し、同じ轍を踏む茜ではなかった。
空振りしたバットに合わせて、血沸が拳を振るう。
それは棘の付いた凶器と化した武器よりも、もっと強力で恐ろしいものだったが。
ローズが茜の体自体を引いた事で、それもまた空振りに終わる。
「あはは、攻守一体なんだねぇ、面白い使い方だぁ」
やはり心底楽しそうにそう分析する。
それからもお互いに何度も空振りの攻撃を繰り返し、その間ずっと蒼士の銃口は血沸を狙い続ける。
場の緊張感にのまれ、彼女の笑顔が張り付いたものから、感情を表現する笑顔に変化した事に気づくものはここにはいなかった。
次第に、連続で攻撃している茜も、それをサポートするローズにも、疲れが見られ動きに精彩を欠きはじめる。
そこにちょっとした隙が生まれたのを見逃す血沸ではなかった。
拳を握ると、真っ直ぐにそれを突き出した。
空手の正拳突きのようにしっかりとした型を鍛錬で磨き上げたものではなく、ただ怪人としてのポテンシャルに任せた突きではあったが、当たればタダでは済まないだろう。
消耗していたはずのローズは茜の体を強く引いた。
先程までの紙一重の引きではなく、強く。
そして同時に叫ぶ。
「今よ!」
その声を聞いてではない。
ただその時を待ち構えていた蒼士の銃は、銃架代わりのグリーンの肩に乗せられて今か今かと火を噴くタイミングを狙っていたのだ。
引き金が引かれると同時に、銃口の先から光線が発射される。
それは線を引くように真っ直ぐに血沸へと向かう。
血沸以外の誰もが勝利を確信する中。
熱線を浴びせられた本人の顔は、未だ笑顔をたたえていた。




