43話「血沸博士」
その頃、MASTのメンバーは血沸博士の本拠地をみつけていた。
「もっと探すのに手間取るかと思いましたが」
蒼士は苦笑と共に怪人を一瞥する。
「迎撃のために怪人を出してれば、ここが基地ですよと言っているようなものだよね」
翡翠もその横に立つ。
「焦ってんだろ。頭が良い奴ほど先手を撃つが、後手に回ると崩れるもんだぜ」
茜がやる気満々だと言わんばかりに、指をポキポキ鳴らして、バットを握る。
「それはどこがソースの情報ですか?」
どうでも良いところで蒼士が突っ掛かってきたので、茜は返事こそしなかったが、イラッとしたのは空気でわかった。
そしておもむろに追加されたボタンを押すと、バットから沢山の釘のような物が生えて、より凶器感が増した。
この怒りを怪人達に向けるには良さそうな武器だ。
「いっちょやるか!」
「おえぇろろろろ」
その横でローズは吐いており。
桃海はその背中をさすっていた。
「締まりませんね」
「だな」
「いつも通りだよね」
並び立つ三人は笑いながらも気を引き締め、目の前の怪人へと飛びかかっていく────。
長かったような短かったような。
十数体の怪人や怪物を薙ぎ倒し、血沸の隠れ家を降りてゆくMASTのメンバー。
どうやらここは廃鉱山を改造した秘密基地だったようだ。
入口こそコンクリートで固められ、立派な様相をしていたが、先に進むといくつかの作業部屋だったであろう空間を、トンネルが繋いでいるような形状になっていた。
「なんでこう……秘密基地は地下に作りたがるんだ?」
茜は肩で息をしながらも悪態は止めない。
思えばMASTもエーデルヴァイスも地下だった。
「さぁ、後ろめたい……んじゃ無いですか?」
律儀に答える蒼士の声色も、限界の近さを感じさせる。
体力が少ないというのに、銃を使った体術をこっそり習得しており、お陰でピンチを免れはしたが、もう動くのもやっとのようだ。
「ほら、立って、もうすぐだよ」
最近体力バカになりつつある翡翠は謎の余裕を見せているが、予備で持ってきている装備はあらかた使ってしまったようだ。
「いざとなったら毒ガス撒くから、みんなは逃げてね」
屋内戦闘ということもあり、余りがちな紫の爆弾を片手に3つも持ちながら桃海が言うが、そんな状況にはなって欲しくないものだと全員が思ったのだろう。
茜も重い腰を上げる。
戦うにつれ怪人の質は落ちていった。
初めにMAST本部に派遣されたメンバーが一軍だったのだろうと思えば、半分を先輩達に任せて良かったと心から思うMASTだった。
「まだ質の制御までは至っていないようですね」
少し落ち着いてきたのか、蒼士も腰を上げて先へ進み始める。
「ガチャみたいなものかもしれないね、作戦を早く決行したのが吉と出たみたいだよ」
翡翠がよろめくローズに手を貸しながら後ろから追いかける。
ちょっと飲みすぎていたのだろう、歩くだけでもしんどいのでは無いだろうか。
全体的にフラフラとした足取りで、一行は大きな部屋の前に着いた。
「いかにもって感じじゃねぇか?」
「ですね」
目の前には高さ10m、横幅は30mはあろうかという、かまぼこ型の大きな空間。
その中を無菌状態にしたいのか、入口にビニールの膜が垂れ下がっていた。
もちろん消毒するわけも無く、土足でそれをくぐるMASTへ、声が聞こえた。
「お初にお目にかかるね、MASTさぁん」
そこに居たのは、伸びた髪を適当に切ったようなボサボサな髪に、大きく飾り気のない眼鏡を掛けた女性だ。
薄汚れた白衣の下は、灰色のジャージという不釣り合いな格好をしている。
ブラックタイガーの説明通りの人物がそこに居た。
「あぁ、お前が血沸って博士か」
訪ねながらも一同は部屋の中を観察する。
部屋の中にはいくつも大きなカプセルのようなものが並んでおり、どれも中身は空っぽだったが。彼女の背後にある、一際大きな卵型の装置には中身が入っているようだ。
所々中を見るために空いた窓からは、異形の生き物の姿を確認できる。
「まだ眠っててねぇ、今回は間に合わなかったんだよぉ」
誰もそれに質問はしていないが、血沸の悪い癖だ。
次に来るであろう質問を予想して、答えを言ってしまう。
「そりゃあ良かった、じゃあお前だけとっちめれば話が済む訳だ」
到底人間相手に使うのははばかられる「釘バット」を振り回しながら血沸に近寄る茜。
だが、その肩を蒼士が掴んでとめると、勝手に質問を始めた。
「貴女は、エーデルヴァイスを憎んでいた……つまり、このバカバカしい政府の構造を壊したかったのでは無いですか?」
「おいっお前っ!」
茜が焦る。ドローンの前で、エーデルヴァイスとMASTの関係について触れる予兆を感じたからだ。
しかし、抗議しようとする茜を翡翠がとめる。
「良いんだよ、これで」
誰も止めるものの居ない蒼士は更に問いを続ける。
「世界での日本の立場を確立させるためとはいえ、国民を欺き、死体を積み上げた上での幸福など正義ではありません」
それはカメラの向こう側へも届く言葉で。
「しかし、エーデルヴァイスを壊滅させた貴女は、未だに怪人を産み続けている……その意味を知りたい」
少々の沈黙。
彼らが秘密を国民に暴露するなどと思わなかったのだろうか、頭の中でこれからの事を組み直しているかのようだった。
「質問の件だけどぉ、怪人が有用だからだよぉ」
薄気味悪い笑顔を張り付かせ、そう言う。
「何に、って言うとね、国を作るのにさぁ」
まだ誰も問いかけて居ないが、答えを発する。
その狂気的な1人語りに、蒼士も含めて唖然とするしかない。
「まずはお金儲けしなきゃ、人はお金と力さえあれば言うことを聞くでしょお? そしたら怪人だけの国を作ってみんな一緒に暮らせば良いじゃないかぁ」
もうそこに「何故」かを問うことすらはばかられた。
彼女の思考は理解出来るものでは無かったから。
「ははっ、だったらオメーもその国には暮らせねえな」
血沸の言葉の意味を全て理解しているとは思えないが、茜は脊髄反射で悪態をつく。
こっちはこっちで悪い癖だ。
実際血沸の表情、張り付いた笑顔が崩れてゆく。
「私も怪人なのにぃ?」
そう言うやいなや、彼女の姿が霞んだように感じると、茜目掛けて一瞬で移動してきた。
「危ない!」
翡翠が間に入り、肘に付けた半球状の盾でその一撃を受け止める。
「へぇ、上手く衝撃を受け流すようになってるんだねぇ」
感心したように呟いた血沸だが、直ぐに体制を整え体を回転させると、裏拳で盾の側面に打撃を与えてくる。
ハエノコギリザメの攻撃を防ぎきり、無敵を誇っていたかのように見えた盾は呆気なくへしゃげる。
弱点をつかれると同時に、腕を伸ばす事が出来なくなった翡翠は、反対の手で茜を抱き抱えると、足に装着したスラスターを噴射し距離をとる。
「一瞬で弱点を見抜いて……」
彼女の身体能力もだったが、その洞察力も危険だと身をもって体感する翡翠。
「貴女はまさか」
「そう、人と人との怪人1号でぇす」
再び気味の悪い笑顔に戻りながら小躍りを始める血沸に、MASTは戦慄を覚えていた。
──彼女の母である、躍子は非凡な科学者だった。
それは才能が……ということではなく、倫理観が凡人のそれとは違っていたから。
でなければ、国民を騙しながら人間を含む動物実験を重ね、怪人を作り続けるなどという、神に背いた行為に手を貸す事などなかっただろう。
だが、その異常さは、彼女を起用したもの達でも推し量れない領域まで行っていた。
彼女は幼い我が子を、その実験体にして、人と人との怪人を作り出した。
もう20年も前の話だ。
赤ん坊は人と同じ速度で育ったが、記憶力や筋力などは明らかに違っていた。
その子は10歳にもなれば、母親の隣で片腕として働き始める。
この成功に政府は色めきだった。
我が子を優秀に育てたい者、強い兵士が欲しい者……理由は様々だったが、その希望は直ぐに潰える。
子供が母親を殺したのだ。
理由は簡単、「母は超えたからもう要らない」
こうして人と人との怪人を作る事はタブーとなったのだ──。
彼女の出生の秘密など知る由もないわけだが。
圧倒的なその雰囲気に、MASTはそのスーツの下で冷たい汗が伝うのを感じていた。
「私はみんながもっと賢くなればいいって思ってたぁ。怪人だってせっかく弱点作るならもっと有効に利用するべきじゃなぁい?」
余裕なのか、もともと話したがりなのか、彼女は仮面で見えないこちらの表情や、感情を読み取ろうとするかのように、観察しながら話を続ける。
「例えばさぁ、怪人の毒を中和する効果のある飲料水があったりたしたらどうかなぁ?」
「……その飲み物がバカ売れするでしょうね」
律儀に答える蒼士。
そんなことが出来るなら、世界の経済なんて簡単に動かせてしまうはずだ。
その会社から見返りも貰うでも、株式投資するでもいい。
「この力があれば、世界だって思いのままなのにぃ。政府はずっと遊んでばっかりなんだもぉん」
わざと不貞腐れたような顔をして見せるが、すぐにあの張り付いた笑顔でこちらを見つめてくる。
「OKわかった、お前の事なんかちっともわからん」
「それってどっちぃ?」
「分からんことが分かったって言ってんだよ!」
憤る茜を見て、今度は本気で楽しそうにしている血沸。
「その飲み物買えねえ奴は死ぬよなぁ、あぁ? やってる事が政府よりヤベェんだよ!」
茜は翡翠の腕を振りほどき、飛び上がる。
それを皮切りに、MAST全員が臨戦態勢へと移った。
まず初めに届いたのは、蒼士の弾丸。
それをハエを払うように弾いて見せると、次いで襲うローズの鞭を射程外へと移動して避ける。
そこにようやく届いた茜の釘バットが振られるが、それを片手で受け止める。
足元に転がってきた赤い爆弾を躊躇なく桃海の元へ蹴り返したのを、翡翠が身体を張って防ぐ。
この間2秒程度だろうか。
そして血沸は、着地する直前の茜の横腹を手刀で叩き、茜は呻き声を残して実験室の壁に激突すると、地面に落ちた。
「茜たん!」
駆けつける翡翠が差し伸べる手を断りながらも「痛つつつ」と顔を顰めながら立ち上がる。
「よく吹っ飛ばされるぜ全くよぉ」
脊髄反射の悪態もただの愚痴になりつつある。
スーツの下では肋骨が数本折れているだろうか、動きと共に呻き声が漏れる。
だがここで引き下がる訳にはいかない。
軋む体と心を奮い起こすと、バットを握り直すのだった。




