41話「ピンクなピンチ」
ノコギリザメというサメ。
あれは別に木を切る為に付いている訳では無いのはわかっていると思うが、では何故あのような形をしているのか。
実はあれは金属探知機のような役割を果たしていると言われており、微弱電流などを感知し、砂の中に隠れている獲物を見つけるのに適しているのだとか。
では、あのノコギリは私たちの知っている危険な武器ではないかと言えばそうでもない。
数十センチの魚程度であれば、あのノコギリで叩き斬ることも出来るのだ。
そんな生き物が、空を飛んで縦横無尽に攻撃を仕掛けてくるとどうなるのか。
それが今目の前で起こっていた。
「左です!」
蒼士の声に振り向く翡翠は、一瞬で向かってくるその敵に対して肘に取り付けた半球上の盾で防ぐ。
もう何度目かの攻防ではあったが、茜を含む三人に焦りの色はない。
「目が慣れて来たっつうの!」
焦りからか不用意に突っ込んできたハエノコギリザメをバットで打ち返そうそするが、僅かに軌道を逸らされて空振りに終わる。
「慣れては来たけど、油断しないで茜たん」
「おめ、スーツの時はレッドって言えよ!」
今まで裏方で、ヘルメット同士の会話しかしてなかった翡翠はたまに間違ってしまう。
生身の情報を晒す事は、本来かなり危険な行為だ。
今の言葉もドローンが生中継しているのだから。
だが茜は気を取り直す。
まぁいい、どうせ今日がMAST最後の日なのだと。
「来ましたよ!」
ブルーの声に迎撃体制を整える2人は、かなり相性のいいコンビに見えた。
次いで、瓦礫の上の二人組は、視線を桃海とローズへと移す。
「ありゃなんだ?」
グリックレッドは初めて見る怪物に対して訝しげな顔をしてみせた。
長く伸びる触手はまるでイカのようだが、中心の体に当たる部分がイカのそれではなく、小豆色から緑にグラデーションがかかった円柱状の体は、どこか植物の印象を受ける。
その形状にブラックタイガーは思い当たるものがあり、口に出した。
「ありゃ、ウツボカズラだっけか?」
「おっ、なんだよお前、見た目によらずやけに博学だなぁ」
褒められているのか貶されているのか。
ヴァイスのスーツを脱いでからというもの、343号がやけに馴れ馴れしい気がするが……まぁ気の置けない友人というのはこんな軽口も叩くのかもしれないと思えば、ブラックタイガーもそう悪い気もしなかった。
そんなイカウツボカズラに対する桃海とローズは、あちらの三人組と比べてやや劣勢に見えた。
ローズが鞭で触手を絡めとっても、数本のうち一本でしかないため、他の触手からの攻撃を避けることしか出来ていない。
桃海も先程から爆弾を投げつけているが、開戦時同様触手で防がれて本体へ届きはしなかった。
防いだ触手にはダメージは残っているものの、グリーンと離れた今、残弾数を計算して戦わざるおえないため、時間稼ぎを目的とした、逃げの一手になっている。
「ローズさん突っ込まなくていいです、爆弾で動く触手を減らしておきます」
触手は、開戦で一本吹き飛ばした後に、更に二本。
爆弾が3個残っているから合計で6本。
半数以上の腕の動きを奪えるはずだ。
逃げ回りながらも、あわよくば本体にダメージを与えれる様な位置から爆弾を投げる。
余った腕がそれを弾くが、計算されたその爆弾は上手くその腕を焼く事が出来た。
「あと2本!」
焼かれた腕が4本、力なく地面に横たわっている。
「うぇぇ、私イカゲソ好きだったのに」
そういえばビールのお供にイカゲソを食べているローズを見かけることはあったが、あの表情だと暫くはイカゲソを食べる気にはならないだろう。
「もういっちょ」
タイミングを見計らい、またも赤い爆弾が飛ぶ。
敵は本能だけでそれを払おうとしているのだろうか、同じ手に引っかかってくれた。
「やりぃ!」
桃海は上機嫌で着地して、最後の一個の赤爆弾を用意しようとポーチに手を伸ばした。
その瞬間、足を何かに掴まれ派手に転倒する。
「ピンク!」
ローズのその声とほぼ同時に、片足を触手に釣り上げられる桃海。
そちらに気を取られたローズまでもが、触手に胴回りを掴まれている。
「しまった、この脚、死んだフリしてたのね!」
力なく地面に垂れ落ちていた脚は、意識を逸らすための罠だったのだ。
桃海はそのままウツボカズラの中心まで移動させられ、その円柱状の中へと放り込まれる。
ピンクの心配をしている場合ではないローズも同じように運ばれそうになっていたが、鞭を伸ばして鉄骨に絡みつかせ抵抗する。
その様子を見ていたブラックタイガーは居ても立ってもいられない!
直ぐに飛び出そうとしたが、力いっぱいグリックレッドに引き倒される。
「ばかやろう、お前はMASTの敵を演じなきゃいけないんだ! 出ていけば全てが台無しだ!」
声は押えていたがその迫力に、失っていた自我を取り戻したブラックタイガーは、済まなさそうに頭を下げると、ただ心配そうに愛する者の戦いを見守る事にした。
「何とか切り抜けてくれ」
祈るような気持ちが届いたのか、ウツボカズラの腹の部分が大きく歪む。
歪むだけで破れる気配はなかったが、中に居る桃海は健在のようで、ブラックタイガーは少し胸を撫で下ろす。
「うぇぇ、蹴り破りたいけど足場がヌルヌルしてて、力が入んない!」
あまつさえその中から叫び声というか状況説明が聞こえてくるのだから、直ぐに死んでしまうことは無さそうだが。
必死で耐えているローズにも、数本の触手が。
もともと露出の多い服装のマゼンタの衣装に、絡みつく数本の触手。
瓦礫の上で、大人が二人、色んな意味で手に汗を握った!
ムチが外れ、同じように円柱に運ばれていくローズを見ながら、これはどのくらいピンチなのか? 計画をすべて捨て去っても助けるべきなのか悩む。
中に入ってもすぐに殺されてしまう訳では無い様子に、手を出すか迷う二人。
間違ってもまだ見ていたいからという訳ではない!
「ありゃぁ、捕獲用の怪物なのか?」
グリックレッドは少しでも気を逸らそうとしたのだろう。そんな事を問いかける。
目線は抵抗を続けるローズから外していないが。
「いや、ウツボカズラはあの体の中に消化液を溜めていて、落ち込んだ相手を溶かして栄養にする植物だぜ」
「あの嬢ちゃん達マズイんじゃないか?」
「消化液と言っても直ぐに溶けるようなものじゃないんだが……」
「だな、血沸のやつが変にいじってなきゃいいが」
心配半分、苦笑い半分で桃海の状態を見守る大人二人。
だが二人の不安は的中してしまう。
「きゃぁぁああ!」
腹の中から桃海の悲鳴が聞こえる。
「何これ服だけ溶けてるんだけどっ!」
血沸博士はやはり「変に」いじっていたようだ!
「なんだって!」
またもや立ち上がるブラックタイガー。
もちろん慌ててそれを止めようとしたグリックレッドだったが、立ち上がったはずのブラックタイガーは立ちくらみを起こしたようによろめき、片膝をついた。
そして下を向くその顔の辺りから、夥しい血が流れ落ちる。
「お前っ! 怪我していたのか!」
慌てるグリックレッドを手で制すると、鼻の上の方をつまんで振り向いた。
「……服が溶けたのを想像してしまった、と?」
申し訳無さそうに頷くブラックタイガー。
「座ってろ、童貞」
と、冷たくあしらうグリックレッド。
端からみたら、どっちもどっちな気がしなくもないが。
突然、イカウツボカズラの胴体が膨らみ始めた。
口の部分から赤い風船が見えている。
桃海の爆弾に使用されている風船はミニタービンで外の空気を風船に取り込んでいるのだが、途中で止めないとどんどん大きな風船になってゆく、それを利用しているのだろう。
消化液で滑るスペースを風船で埋めようというのだ。
ともすればはち切れそうになったその腹を、風船を背にした桃海が思いっきり蹴った事で亀裂が入った。
消化液と共に桃海が表に出てくる。
ピンクの衣装のあちこちが穴だらけになって居るが、辛うじて乙女としての尊厳は守られている状態ではあった。
元来スーツはこういった薬剤では溶けることがない。
溶けたのはスーツの上から付属されたコスチュームのみのようだ。
しかし、スカートから覗く足の部分などは透明に作られているため、かなり肌色が目立つ。
戦力的には変化はなくとも、乙女のピンチであることには変わりがないのだ!
中央を傷つけられ、慌てたイカウツボカズラの隙を突いたローズは触手を逃れつつ、鞭で桃海の腕を巻き取り一気に引き寄せた。
そのまま背中に抱えると、瓦礫の奥の通路に連れてゆく。
「あとは私が時間を稼ぐから、ピンクは服を探しなさい」
いくら、乙女の尊厳は守られていると言っても、かなり危険な状態。
ドローンというカメラが回っている中に放置出来る筈がなかった。
「さぁて、あったま来ちゃったわぁ」
そう言うとローズは、どこに隠し持って居たのか、携帯用の酒瓶を取り出すと、一気に飲み干しながら敵の目前へと移動する。
「さぁ、やるわよ!」
その言葉に反応したのか、無数の触手が彼女に迫るが、華麗にかわしてみせた。
更に迫り来る攻撃を避け続けるうちに、更に酔いが回って来たのか、動きも滑らかかつ不規則になってゆく。
ここまで来るともう攻撃はなかなか当たらないだろう。
「マゼンタ姉さん避けてくれ!」
突然の茜の声にローズが反応して飛び退くと。
一閃の極太光線がイカウツボカズラを貫く!
足の付け根が吹き飛び、10本の足は繋がりを失いうねうねと動いたが、やがて静かになった。
「遅いわよ!」
ローズは、ハエノコギリザメ担当にお叱り声を飛ばすが、横からひょこりと現れた桃海は、自分の失敗を恥ずかしく思っているのか苦笑いしている。
なんとか従業員のロッカーでも見つけたのだろう。
MAST本部の受付の衣装を着ている。
「そっちの飛んでるやつはやっつけたの?」
ローズの問に、当然だと言わんばかりに、鼻息荒く蒼士が答える。
「羽に私の弾丸が当たりましてね。ああいった昆虫は1枚でも羽がダメになると、ちゃんと飛べなくなるものですから」
「おい、待てよお前。全部自分の手柄にすんじゃねえ! 結局最後はウチがホームランカマしたから殺れたんじゃねぇかよ」
「フンっ、貴方なんてグリーンが盾になって居なければとうの昔に貫かれてますよ」
バチバチと火花を散らす二人。
「三人で協力しました、でいいんじゃないかな?」
もう1人の功労者である翡翠が、とりあえずそこを収める。
その様子を見ていたローズは、クスクスと笑い始めた。
「あんた達、この状況で喧嘩しないでよね」
「ん、あぁ悪ぃ、緊張感持てって奴か?」
「ううん、私達はこれでいいんだよねって改めて思ったの」
ローズは今まで、何処か壁を感じる蒼士や、相容れない兄妹、空回りしてしまう茜をずっと見守ってきた。
普通なら一気に関係性が変わるとギクシャクしてしまうものだけど。
「きっと、みんな、お互いのこと好きなのね」
だからこそ「今まで通り」やれるのだろう。
「はぁ? 酔っ払ってんじゃねぇ……」
茜の悪態を遮るように、マスクに司令が届いた。
『新たなる怪人が出現! 真っ直ぐにMAST本部へと移動している』
声の主は長岡だ。
長官自ら指揮を執るということは、かなりの緊急自体である事は明白だった。
「いよいよだな」
茜達は気を引き締めると同時に、計画通りに進んでいる事に安堵もしていたのだ。




