40話「人対人」
ブラックタイガーとクローシスの戦いは拮抗を極めていた。
その状況に焦りを感じ始めたのはむしろクローシスであり、当初の不遜で自信気な態度は見る影もなく崩れ去っている。
「何故だ! 私の方が新型のスーツを着ているというのに!」
その言葉通り、彼のスーツは旧型に比べて攻防共に強化されており、到底旧型が敵う筈は無かったのだが。
ブラックタイガーは逆にニヤリと余裕の笑みを浮かべながら、拳をガードの隙間を狙って打ち込み続ける。
彼は語りはしなかったが、彼自身20年もの間MASTと戦ってきたのだ。
しかも、スーツに対して彼らヴァイスが着用していたのは、防刃防弾効果はあるものの、殆どただの全身タイツ。
もちろんMASTに勝てた試しは無いが、スーツを相手にした戦闘経験では右に出る者はいないだろう。
「おまえさんのスーツ、第2期MASTグリックファイブのグリーンみたいだよな、なぁ?」
むしろ昔語りをし始めそうなほど余裕を見せる。
「何の話だ!」
「おまえさん、グリックグリーンを知らないのか? 怪人なのに?」
さも知っていて当たり前だとばかりに会話を続けながらも、繰り出された肥大した蹴りをかわしつつ、両手でそれを掴むと勢いを増して上方へ放り投げる。
空中で体制を変えることが出来ずに、クローシスは惨めにも後頭部から地面に直撃。
瞬間体を捻り、踏みつけようとしたブラックタイガーの攻撃を避ける。
「グリックグリーンなど知らぬわ!」
その返答にブラックタイガーは心底残念そうな顔をする。
「その変化、グリーンのオマージュだと思ったんだがなぁ……」
クローシスは全くピンと来ていないようだが。
件のグリックグリーンとは、翡翠と同じくパワータイプで、背負ったアタッチメントを腕に装着し、4倍ほどの大きさにしてから殴る『フィニッシュブロー』という必殺技があった。
その一撃はトラックでも数メートル浮かせるほどの威力で、怪人たちもそのパワーにはかなり手こずった記録がある。
クローシスの肥大化した拳に、その面影を見たのだろうが、当の本人は全くそのつもりは無いようだ。
あるとすれば、製作者である血沸だろうか。
「何だよ、少しは語れるやつかと思ってたんだがな」
残念そうにそう言うと、ブラックタイガーは息を整える。
今まではプロレスラーか柔道家のように両手を開いて、相手の攻撃を受け止めるような体制だったが。
今度はその手の指を揃えて真っ直ぐに伸ばす『貫手』に変えた。
その変化にすら気づかないクローシスが、何の捻りもなく振った拳を、左下に沈み込むように体を動かし避けるブラックタイガー。
その巨大な拳の向こう側へ回り込み、クローシスの視界から一瞬姿が消える。
「何処へ!」
直ぐにその叫び声は、詰まったような嗚咽に取って代わった。
「ここじゃなかったか」
クローシスの右拳の裏へと抜けたと思われたブラックタイガーは、直ぐに方向転換をし、彼の警戒と反対……つまり真正面へと戻ってきていた。
そして繰り出された貫手は、クローシスの喉元へと突き立てられている。
「がはっぅ!!」
喉を押さえ後ずさりするクローシス。
対してブラックタイガーはまだ余裕だ。
「スーツの継ぎ目があると思ったんだが」
旧型であるブラックタイガーのスーツは、ヴァイス時代の構造がそのまま用いられており、首元から下と、腰から下、頭の3パーツに分かれているが。
新型はその限りではないようだ。
「ひん剥いてやろうと思ってたのに」
そうニヤつきながら語る顔は最早正義の味方ではない。
いや、端から彼は『悪』であり、正義を執行するつもりなど毛頭ないのだろう。
「まぁいい、そのスーツの弱点も分かっちまったし、さっさと終わらすぜ」
更に余裕綽々で、無造作に近づく敵にクローシスは戦慄する。
本来自分は怪人のトップであり、命令を下す立場であるというのに、一番最初にピンチを迎えようとしている。
瓦礫の向こう、怪物2体は未だ交戦中のようだというのに。
「私がぁ……私が落ちる訳にはいかぬぅ!!」
そう叫び突進するも、あえなく躱され、コンクリートの塊を粉砕するだけだった。
その脇腹にブラックタイガーの拳が突き刺さる。
今度は打撃部分を肥大化させ防御は出来なかったようだ。
ブラックタイガーにはこのスーツの仕組みが勘で分かったのだろう。
意識した部分を肥大化させる仕組みであれば、反対に意識の外から狙われると脆いのだと。
「がふっぅ!」
クローシスの口から血が溢れる。
肺が潰れたか、折れた肋骨が刺さったのかもしれない。
この状態でも戦う映画などをよく見かけることはあるが。息をする度に溢れる血液は、まだ生きている肺で呼吸しようとしても、誤嚥してそれどころでは無い。
実質息をすることすら困難なのである。
「さてとこっちは終わりか」
朝飯前の運動を終えたかのように、ブラックタイガーはそう言うと、共に戦うグリックレッドの方へ向き直る。
彼もまたサソリ怪人を倒していた。
「このハサミ欲しいなぁ、これで俺のカニ怪人ももう少しリアルにならんかな」
サソリ怪人からもぎ取ったであろうハサミをしげしげと観察しながら歩いてくる。
それを見てブラックタイガーはため息混じりに呟いた。
「可哀想に、何もバラバラにしなくてもいいだろう」
「成り行きさ、怪人になっちまったらもう元には戻れないからね」
奥では、手足をもがれ身動きのできないサソリ怪人が横たわって居た、人である体はまだ綺麗に見えたが、ふとすると爆発を起こして消えてしまった。
きっと命が尽きたのだろう。
「さて、可愛い後輩達は頑張ってるかな?」
一足先に作戦を進めているグリックレッドは3回ほどジャンプして瓦礫の上へ上がっていく。
「お、おい! ドローンに映るんじゃねぇぞ!」
聞こえるギリギリくらいの声でそう注意しながらも後を追うと、二人は瓦礫に身を隠しながら、MASTの戦いを見学することにしたのだった。




