37話「木月燕子」
父である木月燕子は、茜が知るところでは警察官をやっていた。
また彼女の育ての親とも言える長岡のおっちゃんことMASTの現長官の親友でもあった。
だが燕子は茜が12歳の時に行方不明になったまま、いまだその姿は確認されていない。
「……それで、ウチのオヤジについて何を知ってるんだ?」
話を切り出したわりに、グリックレッドは口を開かなかった。
それに焦れったさを感じたのか、茜が先に声を上げた形になったが。それは、心の準備が出来るまで待った彼の優しさでもある。
茜がそう聞いたことでその時がきたと感じたのか、ようやくグリックレッドが語りはじめた。
「10年前、彼は俺達のように、エーデルヴァイスと政府の関係性を知ってしまい、姿を隠さなきゃならなかった。まだ子供の茜君や、幼い紅太君を置いてでも……そうでなければ君達の身も安全じゃなかったからだ」
彼の話では茜の父も彼女と同様にMASTの闇を知ってしまったというのだ。機関の人間ですら処分されるというのに、いち警察官などひとたまりも無いだろう。
茜にとってその不安は共感出来るものがある。
私達が失敗すれば、唯一残された紅太の身が危ないと思えば、何かしらの方法を考えるはずだから。
そんな話をグリックレッドは淡々と語る。
茜には仮面に隠れた奥の表情までは読めなかったが、口調から少しの緊張感、そして愁いを感じ取った。
「彼はその情報を漏らさない代わりに、子供の命を保証しろと申し出たんだ。何時消されるか分からない彼自身は隠れる他無かったが、政府としても子供を殺してしまえば秘密を暴露されかねないからね」
つまり、燕子にとっても、悪い奴にとっても、茜達は人質になっていたということらしい。
しかし、そこで茜は感極まって声を上げる。
どうしても腑に落ちない事が、腑に落ちてしまったのだ。
「だったらなんでウチのかーちゃんは殺されんだよ!」
父が失踪してすぐに母親が不審死を遂げたこと、それが無関係だとはどうしても茜には思えなかったのだ。
「見せしめだよ、いつでも子供を始末できるぞというね」
答えは分かってはいたが、ただ気に入らない。
やったのが警察だろうが、政府だろうが「正義」の名を騙って、自分たちの都合の良いようにのさばっている奴らが。
茜はギリッと歯ぎしりをしながら、拳を壁に打ち付けた。
スーツで身体強化された拳に、壁はクッキーか何かで出来ていたかのように簡単に割れ、隣の部屋へと崩れ落ちてゆく。
「まだ続きがある、落ち着いて聞いてくれ」
怒りに身を任せ暴れだしそうになっている茜を優しく静止すると、グリックレッドは話を再開した。
「当時政府で働いていた長岡君は君たちの保護を買ってでたようだが、半分はお目付け役でもあった。彼は政府に所属していて、君たちが燕子と接触をしていないかを逐一報告していたわけだ」
紅太の誕生日、茜が長岡に問いただした答え。
きっとそれがこれなのだろう。
実質、長岡が燕子の居場所を知っていて隠していたのか。
探しもしなかったのかは分からないが。
全てを知っていても隠し通してくれた長岡に茜は目頭を熱くするしかなかった。
「損な役回りだな、長岡君は」
言葉を代弁するようにグリックレッドが呟く。
きっと長岡は政府から強く燕子を探せと命じられていたのだろうし、我が子のように接している茜達が「人質」であり、自分の行動一つで死と隣り合わせになってしまうことを知っていたのだろう。
茜にとっては、感謝の気持ちしかない。
「それで、ウチのおとんは何処に居るんだよ」
気を取り直した茜が肝心な質問をする。
生きているというのは、既に分かっている事だ。
だが、グリックレッドはは静かに首を横に振りながら。
「今はまだ教えられない。この作戦が終われば、あるいは……」
「ハッ、そうだろうと思ったよ」
この作戦が上手く行けば、政府は燕子一人に構っていられなくなるだろう。
その時ようやく燕子はお日様の下に出てこれるというわけだ。
「結局、この作戦を成功させなきゃウチにもおとんにも未来はねぇって事だろ?」
「そうなるな」
「気合が入った。ありがとなおっさん」
茜はそう言うと立ち上がって背伸びをした。
小柄な身長に、凹凸の少ない体型から、子供のように見られる事が多い茜だったが、その胸の内は誰よりも強かった。
「俺も全力を尽くすさ、君と君の家族のためにね」
グリックレッドも立ち上がり、真似するように背伸びをする。
新、旧レッドの背伸びがシンクロしたところで、蒼士から通信が入ってきた。
『MAST本部に、怪人が出現。ブラックタイガーも暴れ始めました』
その報告に、計画が上手く進んでいる事を察した茜達はお互いに顔を合わせて、頷く。
そしてそれぞれの計画の立ち位置へと移動するのだった。
いつもならシューターを利用して戻る本部へ、屋根の上を飛びながら茜が急ぐ。
ひとっ飛びで20mは飛ぶのだから、タクシー等よりは断然早いはずだ。
5分と経たずにMAST本部へと到着した。
地上にある建物は「水質検査場」と書いてあるが、ボロボロに破壊され、その面影をかろうじてとどめる程度か。
地下に延びる施設への入口も破壊され、大きな生き物が通った跡があった。
「レッド!」
穴を覗き込む茜を心配するように、桃海が声をかけてきた。
「ん、ああ。蟹怪人だったら倒したぞ」
その言葉に蒼士が目を光らせる。
「まだ質問してませんよ」
桃海は、いつものようにこの穴に考え無しに飛び込んでしまうのではないかと心配しただけで。
台本的には蟹怪人の質問をしてから答える手筈になっていた。
やはり演技には向かないなと茜が舌打ちをすると。
穴の中から大きな破壊音が鳴り響く。
「これはぁ! ブラックタイガーが怪人を連れてMASTを攻撃に来ていますね!」
蒼士が周りに聞こえるように叫ぶ。
少し劇がかっているようだが、この際置いておこう。
ドローンはその様子を観察するように飛んでいた。
きっとMASTチャンネルで配信されている、逆に言えば、茜たちの監視という意味も含んでいるのだろう。
『MAST諸君、長岡だ。その基地は既に壊滅的な被害を受けている。中に入って怪人を倒して欲しい』
ようやく長官の許可が降りる。
何故レッドが到着し、全員揃ったというのに中に入らなかったかと言うと、ここが秘密基地だったからだ。
ドローンが追いかけてしまうことで、内部が暴露されてしまう。
しかし、コンテンツとしてのこの戦いは絶対に配信したいのだろう。
確かに、この展開。
敵の親玉が秘密基地に攻撃を仕掛け、それをMASTが撃退するなど、見逃すには勿体ないイベントだ。
そんな訳で政府はこの基地を破棄する決断をしたということだ。
まぁどうせ、ほっといても修復はもう出来そうにないが。
「っしゃぁ、まどろっこしいな。ようやく中に入れるぜ」
待ってましたとばかりの茜を先頭に、5人のヒーローが
地下への入口へ飛び込む。
いまだ轟音が鳴り響く、黒く口を開いた穴に彼らが消えていったことで。
最後の戦いの火蓋が切って落とされるのだった。




