36話「必殺蟹光線!」
茜は紅太を学校に送り出したあと、台所を片付けてエプロンを外した。
このあとMASTの本部へと出勤する日常。
しかし茜の心は今日は特別にザワついていた。
おもむろに足を運ぶと、自分の部屋の前へ立って深呼吸を一つ。
開けた襖の向こう側、壁に掛かった白い特攻服が日差しを浴びて、より一層輝いて見える。
「母さん、ウチ行ってくるわ」
アカチャンマンとのやり取りを通じ、本日作戦を決行する事が決まっていた。
戦いは熾烈を極めるだろう。
もしかしたら怪我を……いや、死ぬ可能性もある。
生きて作戦を遂行したとしても、雇い主である「政府」が自分達を雇う意味はなくなるため、最善のパターンでも職を失ってしまう。
それでも茜はヒーローとして、この運命から逃げはしないと心に誓っていた。
それでもなお、心に引っかかるものは一つ。
「紅太は強い子だと思うが……」
人前では吐かない弱音が、母の前ではこぼれ出してしまった。
若干24歳の女性なんだと、自身も自覚する。
「それに、結局父さんも見付けられなかったしな」
家族をおいて行方不明になった警官の父。
仕事が忙しく、あまり家には帰ってこなかったが、母はそれでも父を誇りに思っていたのだろう。
「私達が幸せに暮らしているのは、お父さんのおかげなのよ。それにお父さんは私達だけじゃなくて、この街全部を平和にするヒーローなんだから」
不在がちな父に対して、茜が不平不満を漏らす度に、そんなことを言っていたのを思い出す。
「ヒーローならグリックファイブが居るじゃん、お父さん要らないじゃん!」
決まって返しはこんな感じ。
聞き分けがない子供だったとは思うけれど、子供なんてそんなもの。
自分が守る側になれば、地域封鎖や住民への説明など、細やかに皆に気を配ってくれる警察官には感謝してもしきれない。
アカチャンマン、つまりグリックレッドは父が生きていると言っていたが、あの邂逅以降顔を合わせる機会は訪れなかった。
この作戦が終われば、その答えを聞けるかもしれない。
もちろん全てが上手くいったらの話だが。
そんなことを特攻服に向かって話し掛けていると、少しは心が落ち着いて来たのだろうか、いつもの不敵な笑みを浮かべ、扉を閉めた。
「負ける気がしねえ!」
叫ぶようにそう言うと、茜は家を飛び出していくのだった。
「──来たか……」
茜たちがそれに気づいたのは、MAST本部内に怪人発生の出撃命令が届いたからだ。
彼女たちの表情は固く、緊張しているのがわかる。
しかし驚いた様子はない。
彼らもアカチャンマンとのやり取りで、今日作戦が決行されると知っている、覚悟だけは決まっているのだろう。
「私たちは難しいことを考えずに、怪人を倒せばいいのです」
眼鏡を拭きながらそう口にする蒼士は、相変わらずの落ち着きぶりだ。
「そーですよ、やっつけちゃおー!」
ローズは若干呑みすぎているように思える、素面でこの時を向かえることが怖かったのだろうか?
テーブルにはビールの空き缶が1、2、3……
いや、わりといつもこんな感じだったかもしれない。
川浪兄妹は目をあわせて笑うと、グータッチをしてから茜の方を向く。
その瞳には決心と同時に、茜が紅太を守りたいと思う気持ちと同じような気持ちを感じることがきでた。
蟠りを越えて、彼らにはもはや絆すら見える。
彼らの視線をその身に受けた茜は、体の奥からブルっと震えた。
それは武者震いや壊さからではなく「喜び」から来る震え。
茜はMASTがいまひとつになっていると確信した、それがたまらなく嬉しかった。
その気持ちを伝えることはしなかったが、彼女の心の中の燃え上がる勇気は、これから訪れる困難へと足を進めさせる。
「さぁ、行こうじゃねぇか!」
5人はそれぞれ自分の部屋の横に設置されたシューターに入ると、目的地に向かい出発した。
こうして彼らの最終決戦が幕を開けるのだった。
しかし現地に到着した彼らの表情は、えにもいわれぬ呆れに満ちたものになる。
すでにそこに待ち構えていたかのように赤い怪人が立っていたのだが。
「ヨクキタナMAST」
などと何故か片言で話し始める。
『怪人に扮したグリックレッドが登場して戦う』
そう聞いていたのはいいものの、その《扮する》部分が雑すぎて引いたのだ。
赤タイツの男が、これまた赤く四角い箱状のものを被り、両手には蟹のハサミを付けているだけ。
かろうじてベルトから上はその箱状のもので隠れてはいるが、足はそのままグリックレッドのスーツだ。
「それで蟹怪人のつもりかよ」
あまりのことに本音が漏れる茜だが、すかさず蒼士がフォロー。
「エーデルヴァイスも人手不足……いや、蟹怪人と思わせて違う能力かもしれません、見た目はあれですが油断しないように!」
なんだかそれらしいことを言ってから構える。
「見かけ倒しって言葉はあるけど……見かけから倒れてるってのはあんまり無いよね……」
翡翠も先ほどまでの緊張がどこへ行ったのやら、肩の力が抜けていた。
「まぁいい、倒すぞ」
よく知らない人物のセンスを信用するべきではなかったと半ば諦め、予定通り茜は背中からバットを引き抜く。
桃海がその横に立つと、すぐさまポーチから爆弾を取り出した。
「どんどんこいよ」
その言葉を聞くや否や、手のひらサイズで作った爆弾を茜目掛けてトスした。
それをバットで振り抜く。
爆弾は一瞬で完全硬化しているため、外からの衝撃で壊れずに、物凄いスピードで怪人へと迫ると、目の前で時限爆発した。
蟹怪人も叫び声を上げながら必死に躱しているようだが、上半身の箱の部分が邪魔して、いくつかはまともに食らって居るようだ。
本来ここは「フリ」で良いはずなんだが……。
茜にそんな細やかな駆け引きを期待するべきでは無いだろう。
「まだまだぁ!」
桃海によってリズミカルにポンポンとトスされる爆弾をどんどん打って行く茜。
あっという間にポーチに入った爆弾を使い切ってしまった。
「おにいちゃん、補充!」
「おっけー」
翡翠がそれに答えると、大きな体の一部に収納してあった爆弾入りのポーチを、妹のものと入れ換える。
「連携ができていますね翡翠さん。私のエネルギーパックも持ってきてくれていますか?」
「もちろん」
翡翠は拡張パックとして弾丸や強化パーツなどの補充を収納できるように改造されている。
この強化パーツが自分達に向くとは考えていないのだろうが……政府の力を最後まで活用させて貰った結果、弱点になっていたいくつかの件を解消できたのだ。
「くそう! 黙ってやられていればいい気になって!」
カタコトの設定はどこへやら、カニ怪人は怒りを露に顔を真っ赤にして怒った様子だ。
初めから真っ赤ではあったんだけど。
「こうなったら奥の手だ……食らえ、カニ光線!」
叫んだ怪人の爪の部分から、光線が飛び出し茜達の横をすり抜け岩を破裂させる。
「危ねぇ! オッサン殺す気かよ!」
「怪人が戦隊を殺して何が悪い、さぁまだまだ行くぞぉ」
そう言うとまたもや光線を飛ばしてくるカニ。
「あれはグリックレッドの必殺技、グリックビームだ!」
戦隊マニアともいえる知識量を持った翡翠が言うには、かの戦隊グリックファイブの必殺技のひとつだそうだ。
すかさず蒼士がフォローする。
「まるでグリックビームの様な蟹光線ですね」
彼以外これはただの囮で、蟹怪人の正体はバレてはいけないなどということは忘れてしまっているのではないかとさえ思えるが、彼らはこれはこれで真剣なのだ。
むしろ、光線をバンバン飛ばしてくる蟹怪人のほうこそ、本気でやっているのではないかと疑ってしまうほどだ。
その時通信が入り、慌てた様子の中野さんの声が聞こえた。
「本部にブラックタイガー出現! 至急蟹怪人を倒し戻られたし!」
「ななななんだってぇ!?」
茜の素っ頓狂な声に蒼士が遂に睨みを利かす。
そんなにわざとらしかったか? と茜は思うが、今はそれどころではない。
「あんなに光線を連発されたら倒せないってば!」
ひぃひぃ言いながら逃げ回るローズさんが、割と本気で抗議している。
「仕方ありませんね……このまま蟹怪人を誘導しましょう」
割と打ち合わせ通り、蒼士がそう言ったことで、MASTは一目散に本部の方へと走り出す。
「わ、わぁ。追いかけてくるー、シューターも使うひまがないよお」
「レッドはもう喋らないでください」
完全に棒読みな茜の演技に蒼士の苛立ちが炸裂。
しかし他のメンバーもうんうんと頷くので、仕方なく茜は黙る。
彼女にとっては演技なんて羞恥以外の何物でもないが、お役御免だと言われると、それはそれで複雑な気持ちだ。
「仕方ない、バラバラになって、本部で合流しましょう」
役目を引き継ぐように桃海がそう言うと。
蒼士もそれに続く。
「ブラックタイガーも怪人を目の敵にしている節があります、上手く誘導して同士討ちになって頂きましょう」
その言葉を言い終わるや否や、一人、一人と飛び上がり脇道や屋根の上を走って散ってゆく。
三台導入されていたドローンも一台を残して彼らについて行ってしまった。
残るは茜と、それを追いかける蟹怪人。
「何でウチなんだよっ!」
誰を追いかけるかは打ち合わせをしていなかったが、蟹怪人は執拗に茜を追い回す。
そしてしばらく行ったところで、またもや蟹光線を放つが、それが当たったのは残り一体のドローンだった。
その意味を理解したのか、茜が荒い息を吐きながら言う。
「もう良いだろうが」
それに応えるように蟹怪人も腰から曲げて頷く。
よく見れば桃海の爆弾によって、あちこちの塗装が禿げたり、左の爪も片方が欠損してたりする。
ちょっとやりすぎたかもしれない。
反省するような茜ではないが。
まぁグリックレッドが怒るのも仕方がないかもしれない。
二人が人目につかない建物へと身を隠すと、グリックレッドはその蟹のコスプレを脱いだ。
「やりすぎじゃないか?」
「どっちがだよ、本気だったじゃねぇか」
「いや、ついカッとしちまって」
割と似た者同士なのかもしれない。
へへへと笑うと、それ以上の追求は無かった。
「で、どうすんだこれから」
「血沸の陣営に動きがあるまで待つ」
グリックレッドも息が上がっているのか、話しながら大の字に寝転んでしまった。
考えてみれば、茜が子供の頃に見ていた戦隊モノだ。わりといい年齢なのだ。
頭から桃海の爆弾にも耐える蟹の被り物をして走ってりゃこうなるだろうなと、茜はそれを気にしないようにした。
それよりも茜の頭の中には、父の事を聞きたいという欲求と、今はその時では無いと考える気持ちが渦巻き、口を開けずにいた。
沈黙の中、彼の荒かった息が整うのをただ聞く。
先に口を開いたのは、ようやく呼吸が整ったグリックレッドだった。
「君の父さんの話をしよう」
切り出された話題は茜にとって望むべきものではあったが、これから語られることが望むべきものかは分からない。
胸につっかえている不安を下すように息を飲むと。
こくりとひとつ、頷くのだった。
毎週土曜日更新の【セイギのミカタ】!
ついに最後の作戦が始まる。
彼らは何を思い戦うのか!?
作戦はうまく行くのか……
怒涛の最終章開幕です!
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