33話「裏切り者」
「で、その裏切り者って誰だよ」
茜は明らかに機嫌が悪そうだ。
散々、先程の言動を謝れと言われた結果、仕方なく頭を下げたのだ。彼女にとっては、それが不服だったのだろう。
「これだけ待たせておいて、よくそのテンションで言えるなぁ」
そう言うブラックタイガーの心中を察する数名。
もちろんその中に茜は含まれていない。
「まぁいい、まどろっこしいのはしょうに合わないんだ……スパイはブルーだぜ!」
端的に発せられたその言葉に、全員の視線が蒼士を向く。
苦笑いで応える蒼士が弁解を口に出した。
「怪人の言うことですよ、仲間割れを誘っているのでしょう」
「……おめぇ、さっきからそればっかり言ってるよな」
レッドもその反応に違和感を感じていたのだろう、胡散臭いものを見るような目付きで素早く先手を打った。
いつもだったら理詰めでこちらが納得するまで抗議してくるはずなのに、明らかに動揺しているように見える。
それを見たブラックタイガーも、こうなることは予想できていたのだろう。
「はいそうですよ、なんて言う筈がないだろうな……詳しく話すぞ」
といって切り出した。蒼士を含む誰もが、全身黒タイツの男に視線を向けるのを確認すると、落ち着いて続きを語り出す。
「これから言うことは荒唐無稽だが真実だ。すぐに信じなくても良いから話を最後まで聞いてくれ」
そういうとMAST全員が思いもよらない話を始める────。
エーデルヴァイスが政府によって作られた、怪人の実験施設だったこと。
それは同時に宇宙人である総統の技術を、日本国内から持ち出させないための抑止力にしていたこと。
MASTはその広告塔であり、政府への不満を解消する出来レースの見せ物として存在していたこと。
さらには、エーデルヴァイスがもう存在しないことまでも付け加えた。
話が終わったあとも、しばらくは皆一様に顔を青くして押し黙っていた。
驚きはある。しかし怒りや悲しみではない、むしろ喪失感に近いものが彼らの心中を染めているのだ。
桃海の頬を一筋の涙が流れるのを見て、ブラックタイガーは下唇を噛んで感情をこらえた。
その心情を彼もまた推し量ることが出来たのは、立場は違えど同様に、組織に対して人生を費やしてきたからだ。
可能性としていくつかを予測していた翡翠が、一足先に自分を取り戻したように問う。
「それが本当だとして、信じる根拠は?」
当然だろう。蒼士の言葉ではないが、相手は怪人だ。簡単に信じるわけにはいかない。
「そう来ると思っていた」
ブラックタイガーが再び腕を上げると。
今度は銃撃ではなく、倒れ損なったビルの上から人影が飛び降りてきた。
伸膝の三回転半捻りで着地すると、何事もなかったかのようにそのまま立ち上がる。
あまりの事に固まってしまうMAST……いや。
確かに派手な演出ではあったが、彼らを驚愕させたのはそこではない。
その人物が、MASTの誰もが知る人物だったからだ。
全身を赤いピタッとしたスーツで覆い、顔には光沢のあるマスク。腰に黒いベルトがあり、その中心には【MAST】と書かれていた。
その人物は指先までピンと伸ばした両手を、頭の上で弧を描くように動かすと、一気にしゃがんで右斜めに突き出し、叫んだ!
「誰が呼んだか、グリックレッド!!」
シャキーンという効果音が聞こえたような気がするほど、指の先までピシッと決まった。
「うわぁああ! ほ、本物!?」
翡翠が腰を抜かして後ろに倒れる。
それほど伝説的な人物。
彼は、MAST2期の戦隊「グリックファイブ」のレッドその人だったからだ。
「一人でポーズってのも締まらんよな」
ブラックタイガーが呟く。
この斜め上に手を伸ばすポーズでわかるように、彼は一番端っこ担当なのだ。
「それは言いっこ無しだぜ相棒よ」
不満そうにポーズを崩したグリックレッドは、ブラックタイガーの肩の辺りを小突く。
その仲の良さそうな雰囲気に、現MASTにどよめきが走る。
「その模造品があなたの説得力ですか?」
蒼士は何の冗談かと言うように苦笑いして吐き捨てる。
しかし、グリックレッドはそれを意に介せずに、立ち上がった翡翠へ向かって声をかけた。
「今まであまり力になれなくてすまんな、翡翠君。俺がアカチャンマンだ」
彼が独自回線で密かに連絡を取りあっていた相手、そして、川浪兄妹をこのMASTへと引き込んだ張本人でもある。
「貴方が……」
やはりアカチャンマンは過去の戦隊メンバーで間違いなかった。
そしてそれが姿を見せたということは、大事な転換期に来ているのだろう。
「彼が本物であれば、ブラックタイガーがこちらの内情に詳しかったことにも理由がつく」
そう呟く翡翠は理解力だけで言うと蒼士より高い。
しかしそれは必要なパーツが集まった状態でしか発揮できない。彼の性格が起因していて、推測という曖昧な答えを導き出すのが怖いからだ。
しかしその翡翠が答えにたどり着いたということは。
逆に言えばほぼ真実に近い状況とも言える。
翡翠は確信していた。
このレッドは本物だ。
「馬鹿馬鹿しい!」
その雰囲気をぶち壊したのは蒼士だった。
普段クールな物腰である彼が、声を荒らげている。
「それが私を貶める材料になるという意味がわかりませんね!」
だがその言葉に、グリックレッドは静かにため息をつき、話し出した。
「過去の戦隊には、一人必ず秘密の任務が与えられている。それは真実を知った上で、他の者が真実にたどり着いたら報告しろという任務だ」
この場合「真実」というのは、先程ブラックタイガーが語った衝撃の内容だろう。
「全員が知ったこの状況を、私が報告するから裏切り者だと言うのですか。裏切り者でなくても報告するかもしれませんね、こんな状況なのですから」
珍しく早口で返す蒼士に、口を開いたのは翡翠だった。
「待ってくれないか蒼士、それはやめた方がいい」
「何故です」
「今までのMASTの解散の理由がわかったよ。きっと誰かが真実にたどり着いたんだ……だけどそれで全員が入れ替わるっておかしくないかい? 元々知っている密告者や、知らないメンバーは残ってもおかしくない筈だ」
皆無言で口を開かない。
グリックレッドが補足説明するかのように事実を口にする。
「そうだ、全員処分される」
処分。それがどういう意味かを理解するのはほぼ同時だった。
しかし、一番驚いている顔をしたのは蒼士。
「そんな……均衡を保つ大事な仕事だと言っていたのに……」
その言葉に彼がスパイだという確信を、メンバー全てが共有した。
だがそのミスに対してしまった、と思える程の余裕は蒼士には無さそうだ。
考えたくない答えを導き出された事を受け入れるかどうかでせめぎあっているかのよう。
「だから、蒼士。 君にはそんなものを背負わせたくない。俺がそうしてしまったようにな」
「まさか、グリックファイブではレッドが……スパイ!」
翡翠が驚きに任せて口にすると、確かに頷く。
「次々と消される仲間に背を向けて俺は逃げ出してしまった。そんな事になるとは思っていなかった俺も甘かったが、アイツらはきっと俺を恨んで死んでいったのだろうと……それからも逃げてしまったんだ」
悔しそうに拳を握る。
「3期の時もそうだ、タイミングが悪く手を出せなかった。みすみす悪い方向へ向かう彼らを見殺しにした俺は、ヒーローを名乗る資格はない」
「いや、さっきはポーズまでやってたじゃねぇか」
めちゃくちゃ大事なシーンなのに、ブラックタイガーが茶々をいれる。
きっとこういうヤツなのだ。
「だが、お前たちはどうしても見捨てることが出来なかった!」
伏せた頭を上げ力強くそう言うと、次々に現MASTの顔を見ていく。
みな視線を合わせていて、気持ちが伝わっている事を確信したが、茜と目があった時には思わず目線を逸らす。
それを誤魔化すように話を続ける。
「蒼士君は知らずにその任務についていただけだろう、ここでその任務を放棄すると誓えばきっと皆許してくれる筈だ」
その言葉にもう一度視線が蒼士に注がれた。
「言い逃れする気は起きません。確かに私は裏切り者でした……」
「そんな事……どうなるかなんて知らなかったんでしょう?」
桃海が俯く蒼士をフォローするが、蒼士はあたまを振る。
「私はひそかに貴方たちを監視していたんですよ。上層部と共に……それぞれの部屋には盗聴機、そしてその一挙手一投足を報告していたんです」
「らしいな、でもそれがお前の信じた正義だったんだろ?」
うなだれる蒼士にイラついた茜が、その胸ぐらを掴んで無理矢理上を向かせる。
「グジグジしてんじゃねぇよ! お前にすべての責任があるなんて誰も思っちゃいねぇ、なんなら本当に責任を取らなきゃいけないヤツをとっちめるためにも、お前が仲間に居なくちゃなんねぇ。顔上げろ! きっちり落とし前付けてスッキリしろや!」
拳を握って蒼士の顔を目掛けてパンチを繰り出す。
蒼士もそれを知っていて避けようとはしない。
というわけにはいかず、マゼンタがその拳を横に逸らした。
「待って待って! スーツで生身の顔殴ったら死んじゃうわよ!」
「あ、そっか悪い」
「軽いわねぇ、ノリで人殺しするところだったわよ」
焦っているのは周りばかりで、茜と蒼士は気にしていない様子。
「良いんですよ……自責の念はありましたし。あまり仲良くなればいざというときに嫌な気分になりますから、距離を置いて付き合っていましたし」
「そんな理由で突っかかって来てたのかよお前はよぉ」
殴りはしないものの、完全にメンチを切っている茜。
「いえ、木月さんとは単純に反りが合わないだけでしたが」
「それはそれで腹立つなぁ、オイ!」
まぁまぁ、と桃海が仲裁に入る。
殺伐とした雰囲気も、茜がかき回すといつもの空気が流れるから不思議だ。
それはひとえに彼女がブレないからなのだろうが。
「んで、どーするよオメー」
「どうするもこうするも、断罪されるのは私の方ですから……決定権はありませんよ」
その言葉に、少しだけ目を細めた茜は、わざとらしくほかの仲間に向けて言葉を発する。
「こんなこと言ってっけど、みんなはどうする?」
目線を向けられた三人の気持ちは同じだった。
確固とした意思をその表情から感じとると、茜は再度蒼士の方を向き直った。
それは彼らと同じく、決断を秘めた力強い瞳。
「黙ってたことは仕方ねぇ。そっちの方が正解だって思ってたんだろ? じゃぁ、真実を知った今なら別の立場でウチらと付き合えるんじゃねぇのか?」
「しかし現に私は貴方たちに秘密を持っていましたし……」
その言葉を吹き飛ばすかのように、茜は盛大に鼻で笑う。
「秘密なんざみんな持ってるぜ、もちろんオメーに教える気は無いけどな」
「私のこと信用は出来ないでしょう?」
蒼士は茜が「ゆるす」と暗に言っているのを理解はしていたが、それを受け入れるには虫がよすぎると感じているのだろう。なかなか折れない。
元来そういう駆け引きが得意ではない茜は少しイラつきはじめたのを見かねて、マゼンタが間に割り込んできた。
「蒼士君、難しいこと考えなくて良いの。いままで通りあなたが正しいと思うことをしててよ、私は貴方の判断を信用してるから」
そう言って肩を叩く。
蒼士は返す言葉もなく、ただその恩情に報いる事を、心で誓ったのだった。
毎週土曜日更新中の【セイギのミカタ】
まさかの人物の出現に、ブラックタイガーとMASTは手を組むのか!?
最後の戦いに向けての駆け引きは続く!
ブクマして来週も見てくださいね!
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