32話「来訪と翳り」
MASTがブラックタイガー出現の一報を受けたのは、それから3日後。
ブラックタイガーはある場所に来ていた。
そこは血沸博士が彼に用意した隠れ家であり、鉄砲魚怪人やサイ怪人に襲撃され、破壊されたアパートでもあった場所。
瓦礫を撤去している作業員にわざと姿を見せつけるように近付いて。
「MASTと話したい」と捕まえた作業員に伝えると、涙目で「怪人専用緊急番号」に連絡を取ってくれた。
もちろん怪我のひとつもなく、解放する。
「生きてやがったか!」
3分程経って、一足早く現場に到着したレッドが、初めて出会った時のように腕を組んで仁王立ちしているブラックタイガーと相対する。
今度は一人で飛び込んではいかない。
遅れて集まる彼女の仲間が揃うまでは、にらみ合いながらも周囲の状況を把握してるらしく、慎重だ。
「まったく、ご指名とは……迷惑な話です」
愚痴るブルーを先頭に残りの待機組が全て揃う。
「MASTチャンネル」を録画しているドローンも2台付いてきている。
横一列に5人揃うのは、4期戦隊では初めての事で。
記念写真をするかのように、ドローンはその姿を映像に捉えている。
なんとシュールな絵面だろうか。
もちろんブラックタイガーことヴァイス342号も、彼等を監視している間に一度も見たことがなく、感慨深いものを感じてすらいた。
「珍しいな、5人揃っているのか」
ブラックタイガーは上ずらないように、落ち着いた声を心掛けながら言葉にする。
「おうよ、本領発揮ってこった」
レッドがニヤリと口を歪めて啖呵を切ろうとするが、落ち着きの無い雰囲気で先に発したのはブラックタイガー。
「せっかくだし戦隊ポーズでも見たいものだな」
ヴァイス時代に散々見てきた1期から3期の戦隊は、それぞれに決めポーズがあった。
怪人が出現すると、どこからともなく現れる戦隊が名乗りをあげながらのポーズ。
怪人もその間攻撃をせずに待ち、終わったら自己紹介。
そして戦闘にはいる。
一連の流れが、武道の礼や、相撲の八卦用意のような様式美すら感じさせていた。
だというのに……
第4期MASTはお互いに顔を見合わせて首をかしげているではないか。
ブラックタイガーはそれを見て悟ったのか、ハエを払うように手を動かす。
「お前ら本当に戦隊かよ……もういいさ。本題にはいろうぜ」
わちゃわちゃと何かを相談していたMASTだったが、ポーズを取らなくていいと言われてホッとしたような雰囲気で向き直る。
「で、用件は?」
レッドが好戦的に左手の掌に右の拳をパシッとぶつけながら一歩前に出た。
しかし、ブラックタイガーが掌を前に出し、静止したことで止まり、表情をしかめる。
「殴り合いが目的じゃない」
「では何なのですか?」
落ち着いたブルーがそれに返答すると、ブラックタイガーは頷いてから、片手を上げた。
瞬間、どこからか銃撃が聞こえ、同時に一台のドローンが破壊される!
「なっ!」
皆がそれに気を取られた瞬間、ブラックタイガーは疾走してもう一台のドローンを破壊した。
緊張が走る。
「これで邪魔物は居ないな」
右ストレートを撃ち抜いた形で、止まっていた彼は、ゆっくりと体を戻しながら、呆気に取られているMASTへ語り出す。
「今から大事な話をするが、その前にひとつ言っておかなければいけないことがある」
勿体ぶった言い回しではあるが、その声色は真剣で、先程の行動にも意味があるのだと知る。
「それはMAST上層部、もしくは一般市民に知られてはいけない情報ってことかい?」
グリーンが不安を隠しもせずに応答すると、ブラックタイガーはゆっくりと頷き。
「上層部だ」
その答えにざわめくMAST。
しかしその中で一人冷静な者が声をあげる。
「怪人の言うことですよ、何を真剣に聞いているのです!」
ブルーは叫び、銃を構えてブラックタイガーへと連射する。
ブラックタイガーは飛び退き、距離を取りながら、残りの弾丸を全て拳で叩き落とした。
「そっ、それもそうだな! 術中に嵌まるとこだったぜ!」
目が覚めたのか、レッドも背中のバットを取り出し構える。
つられて各々に武器を手に持ち、敵対する姿勢を取る。
ブラックタイガーはため息を付き。吐き捨てるように言葉にした。
「お前らの中に裏切り者がいる、そいつをどうにかしないとこの先話はできないな」
「簡単に惑わされないでください、ハッタリですよ!」
仲間の動揺を感じ、メンタルを立て直すようにブルーが叫ぶ!
しかし。
グリーンは思い当たる節があるのか、俯いていた顔を上げて「詳しく話を聞かせてください」と重苦しく言葉にした。
「グリーン!?」
「良いだろう、だが、そのヘルメット。本部に映像を流しているだろ?」
余りにこちらの状況に詳しいブラックタイガーに違和感を覚えたが、その違和感すら「自分達が知らない真実」を知っているかもしれないという、希望に見えたのか。
グリーンは黙ってヘルメットを外した。
「何をやっているのです! 先程の銃撃を忘れたんですか!?」
忘れている訳ではない、確かにどこからかドローンが狙撃された。
ブラックタイガーには仲間がいる。
「殺そうと思えば、2機目のドローンを壊す前に、彼が僕達に一撃加えているよ」
ブラックタイガーを信用したわけではないが。グリーンが以前から上層部を探っていたことを知っているレッドにとっても、彼の行動の意味が理解できた。
「面白そうじゃねぇか、話だけでも聞いてみようぜ」
冗談目かしてそんなことを口走ると、レッドもヘルメットを外した。
「ローズ姉さん、桃姉、二人はどうすんだ?」
ピンクとマゼンタは「名前」で呼ばれた事に驚く様子を見せる。
戦隊として活動しているときは、コードネーム……というか色で呼び合うのが決まりだ。
万が一でも素性がバレないためだというのに。
「顔を晒すんだ、今さら名前なんてどうでも良いじゃねぇか」
ククッと笑う茜に呆れたかのように桃海がため息をつく。
「はいはい、それにどうせ私は顔出ししてるし」
顔に付けた仮面を外して素顔を出すと、ブラックタイガーがブルッと身震いしたような気がしたが、気のせいかもしれない。
「オメーは気にならねぇのか? アイツが何を知ってるか」
茜はブルーに向き、催促するような目線を送る。
ブルーは未だにヘルメットを脱いでいないが、明らかに動揺していた。
「皆さん変ですよ、怪人の口車に乗せられて……」
「裏切り者は仮面を外すことは出来ないよな」
ブルーの言葉に、ブラックタイガーが追い討ちをかける。
未だヘルメットを被っているのはブルーとマゼンタ。どちらも所在無さげにおろおろしているように見えた。
先にヘルメットを脱いだのは蒼士だった。
「仕方ないですが、怪人を信用したわけではありませんからね」
ふて腐れるようにそっぽを向いて、ヘルメットを小脇に抱えた。
残るはマゼンタ。
「姉さん。どうしてもマスク外せないってか?」
マゼンタに詰め寄る茜。
「嫌っ」
彼女は肢体を露にした服装をしているが、その胸や太ももを手で隠しながら後ずさる。
「いいさ、ひんむいてやる」
茜が飛びかかり無理やりマスクを外そうとするが。
絶対に嫌だと本気の抵抗を見せる。
「何でだよ! マスクぐらいペロッと外せるだろうが」
「だって……恥ずかしいじゃないの!」
ん? 全員の頭の上にはてなマークが浮かぶ。
そんな胸元も太ももも盛大に出ている服装をしてて、まさかのマスクを外されるのが恥ずかしいとは思いもしなかった。
「意味わからん!」
憤りと共にマゼンタのマスクを剥ぎ取る。
他のヘルメット等と同様、顔から外すと電源が落ち機能を止めた。
艶かしい素肌を手で隠しながら座り込んでメソメソ泣きはじめるローズ。
「年中酔って下着で寝っ転がってるクセに、今さら何が恥ずかしいんだよっ!」
「もう、お嫁にいけない……」
「32歳はすでに行き遅れだろ!」
「うわぁぁあああん!!」
レッドの無慈悲な言葉に本格的に泣き始めるローズ。
「そんなことないって」
「茜ちゃん言い過ぎだよ!」
皆で擁護してあげて、ローズが落ち着くまで宥める事になった。
どうやらマゼンタとしての露出は大丈夫だが、美空薔薇としての露出は恥ずかしいのだとか。
その間、何度もため息を付きながらも、ブラックタイガーは律儀に待ってくれていたのだった。




