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31話「秘密の……」

「MASTはもっと強くなる」

 あの決意表明からはやくも2ヶ月が過ぎようとしていた。


 そして状況は、彼らにとって思わぬ方向に向かっていた。


「────出ませんね」


 優雅に紅茶を(すす)りながら、読書に勤しむ蒼士がふと呟く。


「本当ね……」


 こちらはワインを(くゆ)らせながら、チーズと楽しんでいるローズ。優雅に見えるのは、まだこれがはじめの一杯目だからだろう。


「てめぇら! 呑気だなぁおいっ!」


 二人が声の主を見ると、全身汗だくになった茜が立っていた。


「あっ、お帰り茜ちゃん」


 さっきの怒声など軽く聞き流して、ローズがワイングラスを掲げて挨拶をする。


「怪人が出ないからって、お気楽やってる場合かよ。強くなっておかねぇといざって時に戦えねぇだろ!」


 あの戦闘の後。

 一度も怪人が出現していない。

 もちろんブラックタイガーもだ。


 それについては、本部の方でも調べてくれているようだが。怪人が出ていた時よりも慌ただしくさえ感じる。


「私は開発部に、銃のパワーアップと装填式のエネルギーマガジンを発注していますので」


 我関せずと言うかのように本に目を落とす蒼士。


「それにしても桃海ちゃんも特訓大変だったみたいね、うまく行ってる?」


 ローズが喧嘩にならないように気を遣って話しかけるが、最近では彼等の喧嘩は殆んど見ない。

 蒼士はわりと相変わらずに思えるが、茜がそれに反応することが少なくなったように思えた。


「ん、ああ。まぁまぁな……桃海の爆弾の機動性は結構上がったと思うぜ」


 秘密の特訓をしているらしく、まだローズも内容は聞いていないため「早く教えてよー」と頬を膨らます。


「実践に使える形になったらな。もっとも、怪人が出てこないんなら使うタイミングもねぇしな……取り敢えずシャワー浴びてくるぜ、気持ち悪くてしゃーない」


 それだけ言うと、後ろ手に挨拶をして部屋に入っていった。


 入れ違いに、翡翠が待合室に出てくる。


「あれっ、茜たんの声がしたと思ったけど」


 その体は更にひき絞まっていて、タンクトップの上からでも筋肉がわかる程だ。


「うはぁー筋肉だ、ワインが進むわ」


「ちょっとローズさんまだ午前中……それに僕の事を『筋肉』と呼ぶのはやめるでござる」


「確かに、美空さんが筋肉フェチだとは知りませんでしたよ……あと、翡翠さんまた『ござる』出てますよ」


 翡翠はオタクっぽさがなくなったこともあり、皆によってたかって「オタク語が似合わない」と詰められて、現在矯正中なのだ。


「おっと……それにしても怪人出なくなりましたね」


「今その話をしてたところなのよ筋肉君」


 ローズさんは先程の宣言通り、翡翠の筋肉をつまみにワインを煽っている。

 そんなローズさんには目もくれずに、翡翠は蒼士の方に歩いて行く。それに気付いた蒼士も栞を本に挟むと、対面に座る翡翠に目を向けた。


「森田氏……いや、蒼士君はどう思う?」


 改めて聞かれたにも拘らず、蒼士は淀みなく答えを言う。それはまるで常々答えを用意しているかのようだ。


「エーデルヴァイスになにかが起こっている……と考えることも出来ますが。私個人の意見としては、内部で政権交代のようなものが起こったのではないかと考えられますね」


 待機所の白い床と白い壁を反射して、蒼士のメガネがキラリと光る。


「一度目のコンサート以降、怪人の出現頻度や強さが格段に変わったよね、それにブラックタイガーの件もあるし」


 今までは自分に自信がなかった翡翠ではあったが、実はこのメンバーで最年長の32歳であり、目の前の蒼士は3つ年下だ。

 彼がいくら自分に自信を持っても蒼士を年下扱いしないのは、彼の事を信頼し尊敬しているからに違いない。


「そうですね、ブラックタイガーという怪人は不可解な立場に居ましたが……あの風貌や、エーデルヴァイスに敵対するような行動を見れば、第三勢力と見て間違いないですし」


「彼等との間に、僕たちの知らない大きな抗争があって、どちらも姿を見せていない……って事かな」


 蒼士はハキハキと話す翡翠に少し目を細める。

 以前は目を見て話すことも得意ではなかったはずなのに、今では自分からチームの中心になろうとしている。

 きっと、彼には自信がなくなる理由になったトラウマのようなものがあって、それを乗り越える事が出来たのだろうと、勝手に想像していた。


 苦しい時期を味わい、それを乗り越えたものは強い。

 その強さが彼の一言一言に感じられるようだった。

 酔っぱらいのローズや、脳筋の茜では対等に話せないことも、翡翠にだったら相談できるかもしれないと思うほどに。


「これは私の推測でしかないのですが。あの新怪人は、ブラックタイガーの勢力かもしれませんよ」


 その言葉に翡翠は眉をひそめる。


「彼が新しく強力な新怪人を作り出してるってこと?」


「もしくは、彼も第三勢力の誰かに作られたかですね」


 翡翠はこれまで考えていなかった推測に思いを巡らす。


 確かに、ブラックタイガーに先回りされていた頃の怪人は、なんの抵抗もなく殺されていた。まるで自分達が相手にして来た「雑魚怪人」を倒すかのように、軽くひねった感じだろう。


 しかし、ブラックタイガーの実力でも、サイ怪人やコウモリ怪人に対しては苦戦するんじゃないかと思えたからだ。


「新怪人が現れたタイミングに、ブラックタイガーが現れなかったというのも怪しいと思いませんか?」


 喉を潤すように紅茶を軽く啜りながら蒼士は続けた。


「二度目のコンサート前は、数ヶ月もの間私達よりも早く怪人を倒していたのに、いざ新怪人が出てくる時には姿を見せないのです。関係があると考えた方が自然でしょう」


「そういえば、新怪人が出てくるとき、ヴァイスは一匹も見なかったし……なにか繋がった気がする……」



 エーデルヴァイスの技術を盗んだ、ブラックタイガーを擁する第三勢力と、母体であるエーデルヴァイスとの抗争の図式が翡翠の頭の中に描かれていく。


 だがそれに待ったをかけるのも蒼士の声だった。


「しかし、姿を見せないのも、新怪人と入れ替わりで見せなくなっています。最後に彼を確認したのは2度目のコンサートの10日ほど前でしたか……」


 言われてみれば、その日に出た怪人をブラックタイガーが倒した以降、姿を見ていない。


「もしかしたら、すでにブラックタイガーは殺されていて、単純にエーデルヴァイスが怪人を強化しただけ……とか、そういう事?」


 翡翠はこんがらがってきた頭を無理矢理回転させるが、元々知識を溜め込んで正解を導きだしてきた彼には、情報量が少なすぎて、そこから先に進めない。


 頭から湯気がでそうな翡翠に、蒼士ふぅと息を吐きながら。


「わかりません、下手の考え休むに似たり。今は状況が変わるか、新しい情報を待ちましょう」


 そういって、読みかけの本を取り上げると、挟んでいた栞を机において続きを読み始めた。


 少し消化不良というか、宿題を出されたようになった気分になった翡翠。


「よし、取り敢えず筋トレしよう!」


 という、最近まで太っていたとは思えない発言をしながら部屋に戻る。


「あぁあ、筋肉がぁー」


 ローズがお酒の当てをなくし、仕方なくチーズに戻ったところで、茜が部屋から出てくる。

 シャワーを浴びてきたのだろう、濡れた頭をタオルでがさつに拭きながら、赤いラインジャージのセットアップでの登場だ。


「なんだ、デブの声が聞こえたと思ったが」


 先程の翡翠のように、辺りをキョロキョロ見回す茜に、ローズがちょっと不機嫌そうに話しかける。


「デブじゃないわよ、彼は筋肉に生まれ変わったの」


 その手には2本目のワインが握られ、コルクを抜かれている。


「そっか、わりぃ、いまいちまだイメージが付かなくてな……で、その筋肉は部屋か?」


「デブはまだ呼称として理解できますが、筋肉は……せめてマッチョとでも呼んで上げてください。彼なら先程部屋に戻られましたよ」


「そっか、サンキュー」


 茜は軽く礼を言うと、翡翠の部屋の呼び鈴を押す。


「ああ、ウチだ、ちょっといいか」


 インターフォン越しに話している茜を見てローズが目を丸くし、こそこそと読書中の蒼士の方に歩み寄る。


「ねぇねぇ、あれどう言うこと?」


「何がですか?」


「風呂上がりの茜ちゃんが、筋肉の部屋に入っていくんだけど……」


「何を想像しているかはわかりませんが、個人の自由でしょう?」


 ローズが持ってきて、テーブルに置いたワイン瓶の影からその様子を観察している。

 酔っぱらいの野次馬と一緒にされるのを嫌がったのか、蒼士はそちらに背を向けるが、ローズはお構いなしだ。


「ちょっと、入っちゃったわよ! あれってどういうこと?」


 2度目の質問に、蒼士は面倒くさがって答えない。


「若い男女が二人でこそこそしなきゃならない事ってどういうこと?」


 3回目の質問に流石に嫌気がさしたのか口を開く。


「以前から時々、部屋に入って二人きりで話していますよ」 


 反応しない限り、ずっと同じ質問をされていてはゆっくりも出来ない。

 蒼士はそれだけ言うと、単行本をポケットにしまい、右手にティーカップ左手に紅茶のポットを持って立ち上がる、部屋に戻るのだろう。


「ん? なんで部屋に二人きりでいるのを蒼士君は知ってるの?」


 ローズの素朴な疑問。

 しかし、蒼士はビクッと体を震わせ、そのせいでカップに残った紅茶を少し溢してしまった。

 慌てた様子で両手の荷物をテーブルに置くと、床の紅茶を拭いて立ち去って行く。


「何慌ててるのよー、紅茶。忘れてるわよ」


「慌てては……いえ、用事を思い出しまして、片付けお願いします」


 明らかに挙動不審な蒼士を見送って、一人取り残されたローズは頭を傾げる。


「もう、よってたかって皆私に秘密ばっかり! もう良いわよ、飲めば良いんでしょ!」


 誰も飲めとは言っていない。


 そう突っ込むものはここにはいなかった。

毎週土曜日夕方7時に更新の「セイギのミカタ」!


新怪人にそれぞれが向き合い、対策をするなか。

彼らの関係性が少しだけど変化しつつあった!


次回!32話「来訪と翳り」

絶対見てくれよな!



この番組は皆さんの応援で提供されています。

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[良い点] 動きがないの、ヤキモキしますね……でも皆の成長してちょっと変わった関係性が見れて、楽しかったです!
2022/07/11 20:23 退会済み
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