30話「生まれ変わる」
途中で終わってしまったコンサートと、サイ怪人との戦闘は辛くもMASTの勝利に終わった。
茜はもう少し入院を勧められたが、振り切って本部の自分の部屋で養生している。
翡翠も体が頑丈だったこともあり、肋骨の骨折の他は、腕の骨に小さなヒビが入っているくらいで、本部へと戻ってきていた。
「おい、デブ! こりゃぁ一体何の冗談なんだ?」
そして早速、茜の眉間にシワが寄っている。
それはまぁ見慣れたものだが、他のメンバーも三者三様複雑な表情をしていた。
「驚きましたね」
蒼士はズレたメガネを戻すのも忘れて、小さく口を開けている。
「やだ、イケメンじゃない!」
ローズさんは変わり果てた翡翠を見て歓喜の声をあげていた。
その視線が集まる先。
腕に包帯を巻いているが、目線はそこではない。
「っていうかおにいちゃん、いつダイエットしたの!?」
みんなが呆気にとられるのは仕方がなかった。
数か月前まで130kgはあった体重が90kgまで減っているのだ。
しかも減っただけではなく、あちこちしっかり筋肉がついているのが見える。
なんと言うか、理由を言わなければならない状況にどぎまぎしながらも、翡翠は口を開く。
「ブラックタイガーが現れてから、みんな一生懸命頑張ってくれてたのに、僕は外に出れなかったから……」
ばつが悪そうにしながら、後ろ頭を無事な左手でかいているが、曲げた上腕二頭筋が盛り上がり、とても力強そうだ。
「それにしてもダイエットだけではなく筋肉まで……数ヵ月そこまでなるものですか?」
蒼士はやっとずれていたメガネを押し上げた。
しかし、その腕は翡翠の腕を見たあとではどこか頼りなく、細く見える。
「そっ、そんなことより、茜たん大丈夫なの? 病院抜け出して」
視線が集まっている状況に耐えられなくなったのか、翡翠が話を逸らす。
「ん、ああ。鼓膜は破れてたみてぇだが、真っ直ぐは歩けるようになったしな」
茜は心配をかけまいとしているのか、笑顔でそれに返すが。蒼士だけはそれを見て溜め息をついた。
「鼓膜と一緒に、人の忠告を聞く耳に改造してもらえば良かったんですよ」
「ちょっと、早速喧嘩吹っ掛けるの辞めなよ」
桃海が焦って止めに入ったが、いつもと様子が違う。
本来だと、蒼士の胸ぐらに一瞬で茜の手が伸びる筈なのに……茜は神妙な顔で蒼士を見ているだけだった。
そしておもむろに頭を下げる。
「すまんメガネ、ウチはまた先走っちまった……迷惑かけた!」
本日二度目の衝撃!
「茜ちゃんが謝ったわ」
ローズもビール缶を取り落とす勢いで驚いている。
「いや、今回はウチが悪い。姉さんも、会場でウチを助けてくれてありがとうございました!」
今度はローズのほうに向かって頭を下げる。
誰もが口をパクパクさせているなか、蒼士が口を開いた。
「どういう心境か……は察するところですが、似合いませんよ。頭をあげてください」
茜もその言葉に素直に頭を上げて、声の主と目を合わす。
「その件については貴女だけではなく、皆さん至らない部分を感じている筈です」
そう言われて、その場の全員が今までの戦闘を思い返しているようで、みな一様になにか言いたげな顔をしていた。
沈黙がその場を支配するなか、口火を切ったのはグリーンこと川浪翡翠。
「今までゴメン、僕は自分に自信がなかったんだ。だからずっと引きこもってて……それでも自分にできることをやっていれば良いやって。どこか甘えてる部分があったんだ」
今さら口にする事ではないのかもしれない。
みんなもそれを許容し、甘やかしてきたという感覚はあった。
「でも、この前。茜たんに自分に自信を持てって言われて……桃海もアイドルになって、頑張っているのに、僕だけ甘えっぱなしじゃダメだって思って……」
本当は悔しい思いもしてきた筈だ。
桃海に至っては、それ以上のものを感じているだろう。
「僕も戦うよ。もっとみんなの役に立ちたい!」
翡翠の熱弁に思いが伝わったのか、次に口を開いたのは、ピンクこと川浪桃海。
「おにいちゃんが戦ってくれると心強いけど、私も今回力不足を感じちゃった……腕力とかそういうの苦手だからって選んだ武器だったけど、狭いところでは使えないし。避けられないようにするんだったら近づかないといけないし……もっと皆と肩を並べて戦いたい!」
彼女の爆弾は強力だが、使いどころが限定される。
避難誘導や目眩ましのようなサポートは出来ても、ここぞというときに使いにくいと感じていた。
「実際私も連戦になると想定をしておらず、銃を使えない状況に置かれました。力がない分、その辺も視野にいれて準備するべきだったのに」
ブルーの森田蒼士も悔しそうに拳を握る。
「ウチもさ、ただバット振るだけならバカでも出来るって思い知らされたぜ。もっと賢く立ち回んなきゃ……死ぬとしたらウチが一番最初になるだろうからな」
リーダーのレッド、木月茜も同じように拳を握る。
きっとここにいる全員が、最近の戦いで見えた自分の弱点を克服したいと願っているのだろう。
一様に苦虫を噛み潰したような顔をしてはいたが、その目は明らかに力が漲っていた。
きっとMASTはもっと強くなる。
昔の力を取り戻した怪人であろうと、ブラックタイガーであろうと。
立ち向かうだけの力を手に入れる筈だ!
それをその場にいた4人が同じように感じていた。
そして4人は一斉にマゼンタこと美空薔薇を見る。
「えっ? 私も何か言わなきゃいけない感じ?」
手に持ったビール缶を後ろ手に隠しながら、慌てているローズを見た4人は一斉に溜め息をつきながら、下を向いてしまう。
しかし誰からともなくクスクス笑い始めた。
「まぁ姉さんには今まで通りで居てもらっていんじゃねぇか?」
「まぁローズさんだし……」
「休肝日だけは作った方がいいですよ」
「美人が焦ってるのって萌えるでござる!」
皆が口々に言うのを、理解できずに戸惑っているローズをよそに、茜が声をあげる。
「MASTは強くなる! そのためには自分だって変えてやんよ」
意気込みと共に、拳を前につき出した。
翡翠と桃海はお互いに目線を合わせると、拳をそれに合わせる。
「私たちも、もっとみんなの役に立てるよう努力する」
「でござるよ」
今度は遅れまいとローズが急いでグーをつき出す。
「良くわからないけど、仲良くやりましょ」
拳が一つ足りない事に茜は少しいらっとした視線を蒼士に向ける。
「……あ、いや。木月さんがリーダーっぽいことをしてるなぁと」
珍しくキレのないイヤミを言いながら拳を添える。
茜もそれには反応せず、みんなの顔を見合わせた。
「これ以上ウチらは負けねぇ! もっと強くなるぞMAST!」
「「おーーっ!!」」
全員で声をあわせて拳を天に突き上げるように掲げる。
一人浮かない顔をしている蒼士の思惑を知るものは、まだここにはいない。
毎週土曜日更新の「セイギのミカタ」
まさかの変身をしたグリーンに驚くMAST。
兄妹のわだかまりもなくなり、ようやく彼らに壁はなくなったように見える。
しかし本当に一枚岩なのか……?
次回31話「秘密の……」
絶対に見てくれよな!
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