29話「真価」
マゼンタの登場は場の雰囲気を変えた。
グリーンは立ち上がることすら難しかったが、本来自分へ向けて突進してきていた怪人の方を振り向く。
後方には衝撃で壊れた建物と、その下敷きになっていて、足だけが見えている状態だ。
「グリーン! 肩を」
寄ってきたブルーが肩を貸すのと同時に、走ってきたピンクが反対の側を支える。
怪人が瓦礫に埋まっている間に、崩壊しかけてはいるが、体を隠せる場所にグリーンを運んだ。
「マゼンタさん、何をしたんです?」
グリーンがブルーに問う。
一瞬のこと過ぎて把握出来ていないといった雰囲気だ。
「ああ、怪人が君に向けて攻撃を放つ瞬間、割り込んで攻撃を反らし、同時に足をかけて転倒させたんだろう」
「あんな早さで地面に顔から激突したんだし、死んじゃってるかも」
希望的観測を語るピンクにブルーは頭を横に振るが。
グリーンを助け出す時間が出来たのだけは僥倖だといえる。
「私もつい焦ってしまって……あれでは妙案など出てくる筈もありません」
「……はは……だけど、その雰囲気……何か思い付いたんだね」
ブルーは今度は首を縦に振ると、ピンクに作戦を耳打ちした。
「サイは体の温度を保つのが苦手です、そこにかけてみましょう……ピンク、火炎系の爆弾はあと何個ありますか?」
「えっ……さっき投げちゃったから、あと2個しかないよ」
ピンクは背中に着けたポーチの中を探るが、やはりそれしか残っていない。
後は、毒ガスや催眠ガス等の効果を発揮するものや、煙幕が2つ程度。
あまり長期戦を想定していない上に、殆どはサポートに徹する役割なため、爆発系は5つしか装備していない。
こうなると、モグランドに使用した爆弾が他のものでも代用できたのが悔やまれる。
「2個でもかまいません、希望的観測ではなく実際に可能性がある方に賭けましょう」
そう言うと、動けないグリーンを置いて、瓦礫の外に出るブルー。
ピンクも立ち上がり、座ったままのグリーンと目を合わせる。
体の装甲はあちこち剥げてはいるが、スーツは破けておらず、アザや傷などは見えない。
だが骨の数本くらいは折れているのだろうか、浅く辛そうな呼吸をしている。
しかし、その姿に、以前の兄のイメージは無かった。
「格好よかったよ、おにいちゃん。今度は私の格好良いところ見ててね」
その宣言に、声は出さなかったが、強く握った拳を掲げて見せるグリーン。
ピンクはその拳に小さくかわいらしい拳をコンッとぶつけると、切り替えたように表に飛び出していった。
ガラガラと音を立て、山積みになった瓦礫を掻き分けて怪人が這い出てくる。
「畜生、痛ぇな!」
あんなに硬い表皮が割れ、所々血が出ている。
「畜生が畜生だって! ウケる!」
マゼンタはまさかの爆笑。
それを見てさらに頭に血が上るサイ怪人とは反対に。
ブルーとピンクは冷めた目でそれを眺める。
「酔っていますね」
「結構飲んでますよねあれ」
よく見ると、仮面の下からのぞく顔は少し赤みを帯びているし、足元もおぼつかない。
「いやぁ、酔ってないわよ?」
そう言うマゼンタの手には、武器の鞭ではなく酒瓶が握られている。
酔っぱらいの酔っていない発言ほど信用ならないものはない。
「絶対酔ってる」
そのやり取りを見て黙っていられるわけがないサイ怪人は、そのまま歩いてマゼンタの所まで近付いていた。
「俺様をコケにしやがって……」
言うが早いか、マゼンタの体の半分はあろうかという大きな拳を、その体目掛けて振り回す。
しかし、それは敢えなく空振りし、地面を穿った。
攻撃の瞬間、マゼンタは柔軟に体を曲げると半身でその拳を受けた。そのまま軸をずらしたその勢いを利用して回転し、サイ怪人の肘を押して加速させる。
重く大きな拳は、当人の予想を越えて振り抜かれ、体の重心を思いっきり狂わされてしまった。
マゼンタはもう一回転して、肘鉄砲を右腕の付け根である肩に向かって落とす。
勢いと体重が乗った肘でも、怪人の装甲を貫くことは出来はしなかったが、関節はあらぬ方向へ押されて、悲鳴を上げた。
「ぐぁっ! 何……しやがった!」
優雅に舞うようにマゼンタが距離をとる。
サイ怪人は痛めた肩を左手で庇いながらも、その攻撃に一抹の恐怖を抱いていた。
「関節を狙いましたか」
ブルーが感心しつつも、ピンクを配置につかせて、作戦のタイミングを図っている。
「くそが! こんなもので負けるかよ!」
冷たい恐怖を振り払うかのように吠えた怪人は、左手で手元にあったコンクリート片を掴むと、先ほどブルーにそうしたように投げ付ける。
だが、マゼンタは紙一重でそれを避けながら、少しづつ怪人へと近づいてゆく。
「くそっ!」
怪人はそのまま左手を握ると、またもやマゼンタへ向かって突き出す。
風を切る音がするが、マゼンタはくるりと回転しながらそれをいなす。
今度は反撃を食らわないように、サイ怪人は後ずさって距離をおくが、それでも焦りは消えていない。
「何で当たんねぇんだよ!」
「酔拳って知らないのぉ?」
マゼンタは手にもった瓶を、口に運びながら答えるが、納得はできていないらしい。
「そんなもん映画か、漫画の話だろうがよ!」
叫ぶ声にまたもや爆笑するマゼンタ。
「あはははは、昔は怪人も特撮の世界の生き物だったじゃ……ん……うぇ、気持ち悪」
そしてそのまま吐いた。
飲んであれだけ回ったらそりゃ吐く。
「今ですピンク」
マゼンタの予測不可能な行動に固まっているサイ怪人に爆弾が投下され、一気に燃え上がる!
「くっそがぁ!」
今回は一瞬の爆発力ではなく、できるだけ炎上が続くように調節した爆弾だ。
それはサイの体を焼き焦がす。
サイ怪人の悶える様子から、かなり効果的だと手応えを感じた。
しかし、可燃ガスが燃え尽きるのは早く、3秒程度で火が消えてしまう。
焦げた皮膚から嫌な匂いを発しながら、煙を上げるサイがピンクをにらんできた。
「どいつもこいつもふざけやがって!」
血管が切れそうなほどに叫ぶ怪人にちょっとした恐怖を感じるが、ピンクは下がりはしない。
まぁマゼンタがふざけてないかというと、否定は出来ないけれど。
「なぁに、燃やせば良いんじゃん」
無線を通して、ちょっとスッキリしたマゼンタの声が届く。
「はい効果的なようですね……しかし、爆弾はあと一つ……警戒されていてどこで使うかが難しく……」
ブルーは勝利の兆しを感じると共に、次を警戒されている状況に焦りを感じていた。
どうすれば……
「あたし良い事思い付いたわー」
ブルーの苦悩とは正反対の軽い声に、眉をしかめるが。
マゼンタの掲げた酒瓶を見て、ブルーがその案を理解する。
「ピンク、私が攻撃されたら最速で炎爆弾投げちゃってー」
そう言いながらも、マゼンタは怪人へ千鳥足を向ける。
対応に遅れまいと、ピンクは赤い風船を膨らませ、時間を最速に定める。
こんなところから投げていては、敵に到達する前に破裂してしまうため、ピンクも地面を蹴って怪人へと向かった。
怪人は迫り来るマゼンタに向かって上から拳を叩きつける。
「これなら、回ってよけれねぇだろ!」
怪人は焦っていた。
距離を見誤った訳ではないが、単調すぎるその拳は、その場で静止したマゼンタの寸分手前の地面を穿つだけだった。
マゼンタは近付かない代わりに、手に持った酒瓶を思いっきり投げつける。それは受け止めた怪人の硬い腕で弾け飛び散った。
「離れてっ!」
ピンク声にマゼンタが飛び退き、怪人が振り返ると同時に、火柱が再度上がる!
「ぎゃぁぁ! くそがぁ!」
悪態と共に体を丸めて延焼箇所を減らそうとする。
このまま火が消えれば、致命傷は避けられる筈だと。
だがその火は先ほどとは違い、消えない!
異変を察知した怪人は、その火柱を抜けるために飛び退いたが、身体についた火が追いかけてくる。
「アルコールか!」
アルコールの延焼自体の温度もだが、体を取り巻く空気が高温になり肌を焼き続けたのだった。
それは皮膚だけでなく、呼吸をする口や肺に入って来る。
転がるようにのたうったサイ怪人は、声にならない呪いの言葉を叫び散らしていたが。
ついには動かなくなって。
火が消える前に爆発して、消えた。
ピンクは尻餅をつき、呼吸を整える。
ブルーは周囲を確認したあと、本部に報告をして、救急隊を派遣していた。
マゼンタは、奥でもう一回吐いていた。
「あんな強い酒を飲むからですよ」
呆れながらそう言うブルーに。
「値段とアルコールの割合で、スピリタスが一番お得なのよー」
と、口をぬぐいながら返す。
「アルコールを度合いで選択しないでください」
そう言いながら地面に転がるラベルに書かれた「ALC96%」という文字を見てため息をつく。
「あっそうだ、怪人倒すのに使ったんだし、経費で落ちるわよね?」
そんなすっとんきょうな発言に、もはや誰も返す言葉がない。
と思いきや、無線が反応した。
「飲んだ分だけは家事消費扱いとさせていただきます」
中野さんの声に。
その場の誰もが思った。
どうでも良いから早く帰りたい。
毎週土曜日 19時更新の【セイギのミカタ】
ついにその真価を発揮した酔っぱらいお姉さんことマゼンタの酔拳が炸裂。サイ怪人を圧倒!
しかし、エーテルヴァイス無き今、この怪人たちはどこから現れているのか……またその目的は!?
そしてMASTにも不穏な空気が流れ始める!?
次回「生まれ変わる」
来週も見てくれよな!
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