26話「怪人の狙い」
会場を後にした虎太郎は複雑な感情を抱いていた。
何故怪人が現れたのか。
それによって桃姫のコンサートが今後行われなくなる可能性と、その失望感。
しかし現れなければ、桃姫ちゃんを助けるシチュエーションも、手が触れ合う幸運もなかった!
感謝して良いのか、悪いのか……いや?
悪いに決まっている。
桃姫ちゃんのアイドル生命の危機じゃないか!
一度触れ合う事よりも、ずっと応援し続ける事がファンとしての嗜みなんじゃないのか!
虎太郎は少し落ち着いてきており、頭の傷も怪人の力で治っていたのか、血はもう出ていないようだ。
ハンカチを手に握りしめながら隠れ家へと急いだ。
隠れ家というのは、血沸博士が使っていた地上の研究室の一室だったが、エーデルヴァイス襲撃以降、彼女との連絡は途絶えており、今は勝手に使っている状態だ。
血沸から通信があるかもしれないために、待機しているという建前だが。
彼は人目を避けつつ、いつものように屋上づたいに建物に近づいた。
時間帯は夜の8時を回っており、裏手通りにあるこのマンションの辺りは真っ暗だ。
誰にも気づかれることはないだろう。
安心して部屋に入った虎太郎だったが。
瞬時、殺気を感じて身体を壁づたいに動かす。
ドドドドド!!!
マシンガンを撃つような音がして、自分の身体のすぐそばを何かが通りすぎる。
そのまま壁の電気を付けつつ、身体を机の裏に滑り込ませた。
「帰ってきやがったのか」
ピチャピチャという水音と共に、悪態が聞こえる。
「帰ってきちゃマズかったような口振りだな」
虎太郎も負けじと返すが、内心焦っていた。
部屋にあるビーカー等に反射する声の主は、明らかに怪人だったからだ。
全身を青く光る鱗に覆われており、体長は人間サイズ。胴から上は完全に魚だ。
魚の横ビレの部分から人間の腕が生えている。
20年間、MASTと同時に怪人も見てきた虎太郎ですら、あんな怪人を見たことはなかった。
それ以上に、喋りかけてくるものなど、ここ数年お目にかかっていない。
自我のある怪人……それはつまり、歴代のMASTが5人がかりでようやく倒すことのできる強さ。きっと自分と同等以上の力を持っている。
しかも遠距離攻撃まであるようだ。
チラリと先程自分の横を掠めた攻撃を見ると、壁に直径10センチほどの穴がいくつも空いており、生身で食らえばひとたまりもない事が見て取れる。
冷や汗をかくのを感じながら、スーツの置場所を思い浮かべる。
取りに行って着用する……いや、そんな時間は与えてくれないだろう。
「隠れても無駄だ!」
怪人は余裕を見せるように自ら叫んで、虎太郎が隠れているステンレス製の調合机目掛けて攻撃を始めた。
ドン! ドン!
一撃ごとに机は歪み、虎太郎が支えておかないと、彼ごと吹き飛ばされてしまいそうだ。
同時に虎太郎はその攻撃が水の塊であることを知る。
ぶつかる度に水飛沫が上がり、周囲に霧状になって浮遊しているのだから。
そうか、あれは鉄砲魚の怪人だ。
口から高圧の水球を飛ばしているのか。
「何が目的だ! 俺を殺すのか!?」
必死で机を押し返しながら叫ぶと、攻撃が止んだ。
机を挟んだ向こう側で、意地の悪そうな笑い声が聞こえる。
「ヒッヒッヒ、お前に聞けば良いんだった……おい、お前に貸し出していたスーツはどこに行った?」
何故こいつがスーツを狙っている。
しかし、渡してしまえばこいつらの強化に使われ、勝ち目はないだろう。
「どうしたかな、今は着ていないが?」
鼻で笑うようなしゃべり方で相手を挑発すると、簡単に乗ってきてくれた。
「これだけ探しても見つからないんだ、どこに隠した!」
そう言われて、改めて辺りを見回すと、今の戦闘以前から家捜ししたような跡があちこちに残っている。
地上に出てから溜めていたお金で購入した、桃姫応援グッズまでが床に投げ捨てられているのを見て、さすがの虎太郎も堪忍袋の緒が切れそうだ!
「俺を殺せばどこにあるかは永遠に判らなくなっちまうぜ」
「四肢を捥いで聞けば思い出すかも知れねぇか?」
そう言うと怪人はおもいっきり水球を溜めているようだった。
「マズい!」
先程とは違った危険を察知した虎太郎は、すんでのところで机の裏から飛び出すと、隣の部屋に飛び込んだ。
鉄砲魚の口からは水球ではなく、細い水の筋。
虎太郎を目で追いかけるために顔を動かすと、その筋も一緒に直線を描いた。
その延長線上が水圧で綺麗に切断されて、音を立てて崩れる。
「あぶねぇ!」
直線上とはいえ、威力と殺傷能力でいえばけた違いに危険な攻撃に、逃げ出す。
「バカが、どこに逃げても一緒だ」
そう言うと改めて水を溜め、壁越しにこちらの方を狙ってウォーターカッターを放出してくる。
虎太郎はそのまま床を蹴ってスピードをあげると、崩れ行く壁をぶち破って、横っ面にタックルをかます。
「うぉら! お前の弱点は目の前に向かってしか攻撃できねぇ事だ!」
そのまま鉄砲魚の背中に回り込んで、腕を掴んでバックドロップ。
くるりと起き上がって馬乗りになり、拳で殴り付ける。
背中越しに後頭部……というか魚の胴体部分を殴り付けると、鱗が剥がれキラキラと舞い散った。
怪人にされたためか、変なところからてが生えており、反撃ができずにじれったそうに悶えるだけになっている鉄砲魚怪人を執拗に打ち付ける。
「俺の宝物を粗末に扱った礼だ!」
手が動かなくなったところで、虎太郎は殴るのを止め、最後の止めをさしにかかった。
両手の指を組んで、そのまま床に押し付けるように叩きのめす。
筈だった。
虎太郎の身体が宙に浮き、そのまま2枚ほど先の壁をぶち抜いて行った。
飛ばされながら虎太郎がみたものはもう一体の怪人。
虎太郎よりも一回り大きく、灰色の身体をしている。
顔がサイなので、あれはサイ怪人なのだろうなと判ったが、すぐに瓦礫に埋もれてしまって見えなくなってしまう。
「やけに暴れるなと思ったが。バカが、油断しやがって」
サイ怪人は、意識を失いかけている鉄砲魚怪人にペッと唾を吐きかけながら、敵に向かって狙いを定める。
どうやら見張り役でもう一匹ついてきていたのだろう。
虎太郎がぶち破った壁の直線上に、そのまま猛ダッシュで突進をかける。
彼が埋まっている筈の瓦礫を吹き飛ばしながら、サイ怪人は停止し、頭をひねった。
「いねぇ、どこに行きやがった」
虎太郎は吹き飛ばされた瞬間、このままでは危険なことを悟った。
瓦礫に紛れて外に飛び出すと、屋上に這い上がる。
この部屋に暮らすようになって数ヶ月。
筋トレばかりでは暇になってしまい、屋上でミニトマトを育てていたが、そのプランターの奥に怪人スーツを隠していた。
「あいつらはこれを狙ってきてるってのか」
着れば応戦も可能かもしれない。
しかし、虎太郎は片ヒザをつき顔を歪める。
脇腹に当てていた手を開くと、ベットリと血がついている。サイ怪人の角に脇腹を深くえぐられていたのだ。
「肋骨の損傷、強度の打撲。腹筋の筋膜まで傷が到達してやがる……」
それはかなり危険な状態だということはわかる。
それに、自分がいないことにサイ怪人が気づいたのだろう、大きな声で叫び、マンション全体が揺れる。
「建物ごと倒壊させるつもりかよ……」
その見境の無さに呆れるが、スーツを着る暇は与えてくれなさそうだ。
これだけはあいつらに奪わせるわけにはいかない!
虎太郎は脇腹を庇いながらも、屋上から闇に紛れていった。
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壊滅させたはずのエーデルヴァイスから
まさかの刺客が!?
狙いはブラックタイガーのスーツ。
果たして彼はどうなるのか?
来週もみてくれよな!
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