24話「ヒーロー」
きっとその拳は、桃海の細腕などへし折り、その奥にある美しい顔ごと粉砕するだろう。
しかし桃海が覚悟したその衝撃は、訪れなかった。
目を開け腕の隙間から覗けば、視界を覆う黒い影……
「みんな、こいつはコウモリの怪人だ! 音で空間認識しているから背後からの攻撃も避けれたんだ!」
ようやくグリーンが敵の正体に当たりを付けたらしいのだが……桃海は違和感を感じていた。
その声が通信メガネから聞こえたのではない事に。
そして目が慣れると目の前にいた大きな壁は、ゴツゴツとした戦車のような緑色の装甲であることに気づいた……。
グリーン!
桃海を狙った拳を、飛び込みざまに蹴りで逸らすと、体制を整えた怪人とプロレスラーよろしく力比べの状態になっていた。
掌をあわせて握り合うお互いの手は、ミシミシと音がしそうなほど拮抗している。
「兄さん!」
ここにいるはずがない人物に声をあげるとグリーンは力が漲ったかのように怪人を持ち上げ、ブルーやマゼンタがいた方に放り投げた。
「兄さんじゃない、グリーンだよ……ピンク」
そう言うと、足に付いた推進装置で浮き上がり、怪人の元へと移動して行く。
「グリーン……どうして……」
桃海は呟きながら座り込んでしまうが、同じように虚を突かれたのは、ブルーやマゼンタも同じだったようで……口をパクパクさせながらなにかを言いたそうにしていた。
「まずは怪人を!」
その言葉にハッとしたのか、ブルーが怪人に目を向ける。
グリーンに投げ飛ばされ、座席を巻き込んで転がった怪人は、ゆっくりと立ち上がった。
良く見ると特徴的だった身体と腕を繋ぐ膜が破れていおり、少なからずダメージを負っているようだ。
「ブルー、銃を繋いで!」
視線は怪人を見つめたまま、グリーンがそう指示する。
「銃を……いや、しかしあれはまだ……」
キャットザリッパーに壊された前回の銃は、改良されてブルーの元へと帰ってきていた。
「今が使い時だろ? 大丈夫だ、俺が台座になる!」
そう言うと、ブルーの前に片ヒザを突き、しゃがみこんだ。
「ブルーの攻撃をなめて掛かっている今なら行ける、判るだろ?」
ブルーも同じ見解にたどり着いていたのか、軽く頷くと2丁拳銃を持ち上げた。
右の銃の後ろには、銃口が収まるくらいの穴が空いており、そこに左の銃を差し込めるようになっている。
「ファイナルブルースピアー……こんなに早く使うことになるとは」
連結されたそれは、長い一本の銃のようになった。
────キャットザリッパーとの戦闘の最、ブルーが感じていたのは焦りだった。
今後あのレベルの怪人が出てきたときに、自分は致命傷を与えることが出来ないだろう。
あくまでサポートに徹した戦い方だけでは、勝てない局面も出てくる筈だと長官に相談し、銃の修理と共に改造を頼んだのだった。
といっても2代目ブルーが使用していたのも銃で、その時に使っていた止めの一撃を放つ機構を再現してもらっただけなのだが。
武器が完成し、それを試しに撃ってみたのだが、その威力は凄まじく、スーツを着ているとはいえ非力なブルーでは、発射と同時に銃口のブレを抑えきれないという欠点があった。
過去のブルーも、体格のいいイエローに支えてもらってようやく撃っていたのを思い出す。
そして今、目の前には重量級のグリーンが片ヒザをつきサポートをするためにスタンバイしてくれている。
そう、本来戦隊ものは協力してこその5人体制なのだ。
強化され一本に繋がった銃を、グリーンの肩に乗せると、そのまま銃身を手で固定してくれる。
ブルーはその安心感になんの躊躇いもなくなった。
一瞬で狙いを定め、怪人へと引き金を引く!
薄暗く、悲鳴と怒号が飛び交うコンサート会場を、一条の白い光線が照らした。
それは銃から怪人までを繋ぐ。
単発ではなく、真っ直ぐに伸び、射出され続けている。
実は右の銃と左の銃は口径が違っていて。
高圧ガスを筒状に発生させ、その中に口径の小さなガスを噴出することで、威力が減退せずに相手に届く一撃必殺の隠し球だ。
怪人はその腹に大きな風穴が空いて初めて、この攻撃が致命傷に値すると認識した。
普通ならもう遅いと思うが、怪人はそれを振り切り、残りを受けまいと身体をよじる。
「逃がさないわよ!」
しかしマゼンタの鞭が怪人の首を捉え、光の筋に引き戻す。
怪人は瞬時踠いたが、広がる風穴に胴を分かたれ、地面に伏した。
そのしぶとい生命力でなんとか生きてはいるものの、動くことはできそうにない。
会場は未だ喧騒に支配されていたが、MASTのメンバーは極度の緊張から解き放たれていた。
マゼンタは鞭を引き、怪人の首から手元に戻すと、無事な座席に座り込んだ。
「やばい、ビール飲みたいわ」
ブルーは、必殺の一撃を放ち、弾が空になった銃を腰のホルダーに納めて、グリーンに手を伸ばした。
膝を突いていたグリーンはその手を握ると、よっこいしよと立ち上がる。
「グリーンが来てくれなかったら、きっとこの技は使えなかったでしょう、感謝します」
「遅くなってすまないでござる」
照れるように頭を掻く仕草をすると、装甲同士がガリガリと擦れる音がする。
その光景を見て桃海は、危険が去ったと感じた。
しかし、未だ状況を理解していないファンの人達は非常口へと殺到していて、誰か一人でも転んでしまえば命の危険さえある。
急いで観客の方を向くと、精一杯の声で叫んだのだった。
「みんな聞いて!」
人を押しのけ恐怖に駆られ、わめき散らす声とは違って……良く通って、まるで自分にだけ届けられているような声が、その場に残っている全員に聞こえた。
彼等はふと動きを止め耳を澄ませてしまう。
「怪人はMASTが退治しました! もう危険はありません!」
その真偽を確かめることができる者はいなかったが、その声に含まれる偽りの無い響きに、皆が不安を和らげていく。
「歩いて大丈夫です、怪我をしないように避難してください」
そこまで聞くと安堵感が会場を満たし、ガヤガヤと話す声があちこちから聞こえてくる。
もうそれは悲鳴や怒号ではなかった。
彼女の声掛けがなければいまだに観客は危険な状態だったかもしれない、それを言葉だけでおさめるなど簡単なことではない。
「すごいな桃海は、本当のヒーローみたいだ」
緊張の糸がほどけ立ち尽くしていた桃海に、グリーンこと翡翠が近寄ってきた。
その声はやけにハキハキしていて、実の妹ですら本人かどうか少し疑いそうになる。
「兄さん……」
……しかし桃海はどうしてもそこから先に言葉が紡げなかった。
助けてくれてありがとう、だとか、どうしてここにいるの? だとか、いくらでも出てきそうなものだが。
彼女と兄の間には10年以上の深い溝が刻まれていて、それが彼女の喉につっかえて、言葉にできない。
グリーンはそれを知っていたからこそ、妹に労いの言葉一つだけを送ると、すぐにその場を離れた。
「あっそうだ! レッド!」
思い出したようにマゼンタが立ち上がったときには、グリーンが彼女を抱え、会場を去るところだった。
ブルーがその背中を見送りながら指示を飛ばす。
「グリーン頼みます、彼女を急いでカプセルに。中野さん、救急の手配と彼女の搬送お願いします」
マスクの通信機から、中野さんの機械的な了承の返事を貰うと、今度はマゼンタの方を向き直る。
「ではマゼンタは逃げ遅れた人の誘ど……どうしたのです?」
怪人は動けないまでも浅い息を吐いていたのだが、それが止まっていくのを眺めていたマゼンタが、焦ったような顔をしてこちらを向き直った。
「ねぇ……怪人って倒したら爆発しなかったっけ?」
その声は震えているような戸惑っているような……。
「しますね……っ! 離れてください!」
ちょうど怪人の命が尽きたのだろう。
熱っぽい光が怪人を包み込むように光るのを見て、ブルーが叫ぶと、マゼンタは「ひぃぃ!」と言いながら飛び上がり、鞭をセットの一部に絡ませ身体を引き寄せた。
その瞬間、怪人は爆発!
建物に被害が出る程ではないが、その周辺5m程度を巻き込み、衝撃波を回りに撒き散らす。
怪人を中心に観客席が外れブルー達に襲いかかる。
もちろんその程度であれば、腕でガードして事なきを得るのだが……
「危ない!」
その一列が逃げ送れていた桃姫のファンへと飛んでいった。
生身の人間がそれを受ければひとたまりもない!
でもスーツを着ている自分ならどうだろう?
怪我はしても死ぬことは無いかもしれない。
桃海がそう思ったときには、体が勝手に動いた。
迫り来る椅子を迎え撃つために、両手を広げる。
破壊され飛んでくる椅子はいくつかのパーツに分かれており、体全体で受けないとすり抜けてしまいそうだ。
首から上はスーツを着用していないのは分かっている。
万が一頭に当たれば……。
先ほどは兄が助けてくれたが。
いまはレッドを救うために奔走していてそばには居ない。
こんなときまで、兄に頼っている自分が可笑しくなった。
同時に、懐かしさを感じる。
────さっきのはまるでヒーローみたいな登場だったなぁ。
あの自分を守ってくれる大きな背中。
まだお父さんがいる頃には
お兄ちゃんに何度も助けて貰ったっけ。
怖い近所の犬、いじめっ子……
そっか、あの背中が好きだった。
だから今の、あんなお兄ちゃんが許せなかったのかも。
さっき、お礼言えば良かった────
椅子が迫り、目の前が真っ暗になった。
桃海が恐怖に目を閉じたのではない。
すんでの所で、自分の前にもっと大きな壁が現れたのだ。
「お兄ちゃん……?」
その呼び掛けにこちらを振り向いた顔は、翡翠ではない。
「桃姫ちゃん、大丈夫だったかい?」
それは見に覚えある顔。
「コタローさん?」
以前会ったときより一回り体格が大きくて、兄の時と同様、本人かどうか疑ってしまったが、男はにこりと笑って頷いた。
その頭からは血が一筋流れている。
「大変!」
桃海は慌てて腰のリボンについたポーチ……つまり爆弾が入っているポーチの、横ポケットからハンカチを取り出し、コタローの額にあてた。
自分の代わりに怪我をしてしまった事への引け目か。
いや、彼女であれば関係なく手をさしのべていただろうが。
「大丈夫だ」
そう一言、立ち上がるコタロー。
血で汚れたハンカチを返そうとしてきた。
「まだ血が出てますから、押さえてください!」
両手でそれを押し返すと、コタローはしぶしぶといった感じで頭に当てる。
「ありがとう、私危なかった……」
桃海はお礼を言いながらも、ぶり返す死の恐怖にブルッと震えた。
そんな桃海を心配そうに見ながらも、コタローは短く答える。
「いいんだ、桃姫ちゃんが無事なら」
ニコッと微笑むと、それ以上はなにも言わずに出口へと歩いていった。
その背中を桃海が見送ると、会場にようやく本当の平和が訪れたのだった。
毎週土曜日19時更新!
セイギのミカタ24話。
ついにグリーンが姿を現しました☆
しかし、エーデルヴァイスは壊滅した筈なのに、何故怪人は出現してしまったのか……さらに見たことの無い強力な敵までもが!
次週。
【虎太郎のピンチ】【怪人の狙い】
二本立ての予定です!
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