23話「新しい怪人」
非常口付近では、パニックに陥った観客が我先にとひしめき合っている。
本来動くべき立場である桃海は、少しの間呆然としてしまっていた。
予想はしていたとはいえ、このコンサートのためにたくさん練習もしたし、新曲だって書き下ろした。
それが全て台無しになってしまった。
ファンのみんなを危険な目に遇わせてしまったことも心苦しい。
それに何より、蒼士が予想するようにうまくいくとは限らない。
自分達の居場所、アイドルとしての活動……
全てが泡のように弾けてしまうような感覚に陥ったのだ。
しかしそれも、見たことのない怪人という脅威の出現により、現実に引き戻される。
モグランドもいつもの脆弱な個体ではなく、簡単には片付けられなさそうだというのに、新たに現れた怪人はさらに得体が知れない。
嫌な予感を感じたのだろうか、足元から総毛立つような感覚があり、いてもたっても居られなかった。
本来ならばちゃんと変身して戦闘に参加するべきだろうが、ヘルメットも無い状態でステージから飛び降りる。
一対一で苦戦しているレッドを助け、こちらの怪人を倒してから4人で掛かるのが懸命だと判断した桃海は、新怪人を尻目にレッドの元へと駆け寄った。
ピンクの武器は爆弾だ。
破裂して敵にダメージを与えるものや、ガスを入れたものなど種類は様々だ、状況によって切り替える事が出来る。
しかしそのどれも、こんな密閉空間では使いにくいのが欠点だ。
もちろんまだ観客の避難すら終わっていない状況では、大きな被害を出してしまうかもしれない。
それでも居ても立っても居られない、彼女は誰よりも『ヒーロー』なのだ。
「レッド!」
バットでドリルをはじくレッドの元に駆け寄ると、弾き飛ばされた観客席を両手で持ち上げて、モグランド目掛けて叩きつけた。
怪人がドリルでそれを防ぐと、ガリガリとものすごい音を立てて椅子が削れ、スポンジが粉々に舞い上がる。
その屑の中をレッドは掻い潜り、バットを振るうが、もう片方の腕で弾き返される。
「くそっ迂闊に近寄りもできねぇぞ! あのドリル何とかなんねぇのか!」
歯噛みするレッドはそう叫びながらも、何度もバット叩き付けるのだが、回転で力が分散され破壊にも至らない。
熱くなりすぎるレッドに、本来であればここでグリーンが何らかの策を講じる所だが、新怪人の分析に追われているのか、これといって指示はない。
「グリーン! 何とか……」
そう言いかけて桃海は躊躇う。
表にも出てこない、大事なときにも「ごめん」で逃げるあんな無責任な兄に、結局頼ってしまっている自分が居る事が悔しく感じた。
あんな頼りない兄など居なくても、自分一人でも考える事はできるんだ!
自分の武器である爆弾。
口紅形の携帯用で、色によって種類が色々ある。
爆発までの時間や、爆弾の大きさも自分で設定できる優れものだが、その性質上どうしても大雑把な攻撃になってしまうのが玉に瑕だ。
考えながらも、レッドの攻撃する隙を作るために、素早く動いて相手を撹乱するが、破壊され足場の悪い空間では気を抜けばそのドリルか当たりそうになる。
それをレッドがバットで弾いて助けてくれるが……
「助けに来て足引っ張ってちゃ……」
決定打を持たない桃海では、レッドの邪魔をしているだけになっている現状。
頭を使えと自分に言い聞かせ、ひとつの妙案をひねり出した。
早速桃海は背中のリボンに隠したポーチを漁り、赤い口紅のようなものを取り出す。
キャットザリッパーを爆破した可燃性の爆弾だ。
「お前っそれ、使えねぇだろ!」
レッドの声に少しだけ笑みを見せると、桃海はその口紅のキャップをあけた。
その表情に、何かしらの勝算があるのだろうとレッドは感じとると、桃海に注意が向かないように激しくバットを振るい猛攻をかける。
その間桃海の口紅型爆弾は、風船が膨らむように先端の赤い部分が大きくなり始めた。そこで桃海はおもむろにそれを引き剥がした。
本来であればこの後、風船の中に硬化剤が噴出し風船を固める筈だが。
桃海はその硬化剤を直接、回転するモグランドのドリルへ向け噴射したのだった。
異物を巻き取りそれが硬化することでドリルは回転を緩めていった。
「考えたな!」
レッドがが勢い付くと、バットを持ち直し勢いよく振り抜いた。
さっきまではドリルの回転に阻まれ弾かれていたが、今はただの鉄塊でしかないそれを執拗に叩くと、二つに割れて腕から剥がれ落ちる。
もう一方のドリルもレッドを狙ってくるが、バランスを失っている上に、片足を折られているため上手く取り回せないようだ。
「うぜえんだよ! さっさと静かになりやがれ!」
レッドは叫ぶと、迫り来る巨大なドリルを上方に避けながら、モグランドの頭を陥没させた。
モグライダーは「キッ!」と甲高い声をあげた後に、座席の海に沈んだ。
────その様子を新怪人は黙って見ていた。
手助けに行けばモグランドは死ななかったかもしれないが、そんなことはどうでもいいという風に、眉尻一つ動かさない。
彼等にとって仲間意識や共闘などという文字は端から無いのだろう。
ただ、仕事をこなせない無能な仲間を嘲笑うでもなく冷徹に見送った。
「ブルー、マゼンタ! やれるか!?」
息つく暇もなくレッドは新怪人に飛びかかろうとするが、その腕を桃海が引き留める。
「っと、何す……」
桃海の表情に自分の身を案じる気持ちが見えて、レッドはハッとした。
「危ねぇ、つい突っ込むところだったぜ」
前回ブラックタイガーの実力を知る前に突っ込み返り討ちにあった事を忘れたわけではないが、20年以上やってきた生き方がそう簡単に変わるはずもない。
だが自分を理解して、嗜めてくれる仲間が居ることにレッドは感謝した。
「こちらは大丈夫です、私たち二人で牽制しますので、隙を見て切り込んでください」
ブルーは、にらみ合っていた場所から少し移動すると、射線上に仲間がいないポジション取りをする。
マゼンタもそのムチを構えながら怪人の後ろに回り、適正距離を維持している。
桃海も、参加したいが適切な武器が無いため、万が一を考えて会場を見渡す。
数万人という収容人数の会場、避難だけで何分掛かることか……それにまだ観客席には逃げ遅れた人や、動けない人もいるようだ。
「一人も、死なせるもんか!」
そう言うと桃海は、怪人を3人に任せて残っている人の避難を優先するため走っていった。
敵対する3人はその背中を目で追うと、一斉に怪人に戻した。
誰が合図を出したわけではないが、ブルーのレーザー光線が銃から放たれる。
それは電気を暗くした会場で鮮やかに発光すると、怪人目掛けて疾る!
実際のところこのレーザー銃は、高圧のガスを加熱させて打ち出す銃でレーザーではない、詳しく言うとバブルリングや空気砲のようにドーナツ型になって敵に向かっていく。
ただそれが高速であり発光することから、人の目には光る筋になって見えるので、そう呼ばれている。
威力は他の武器に比べると弱いとはいえ、当たればプロボクサーのパンチ並みの衝撃力はあり、連射能力も高い。ガスも高熱なために少なからずダメージが蓄積される。
だが怪人は素早くそれに反応すると、腕で払うように弾丸を弾いた。
構わずブルーが撃ち続け牽制すると、背後からマゼンタがムチをしならせる。
音速を越える一撃が怪人の背中を撃つと思いきや、半身をひねりそれを躱した。
「うそっ!」
完全に死角からの攻撃だったはずなので、マゼンタは驚くが、その顔はすぐに緊張に変わった。
半身を捻ったのを戻す勢いそのままで、怪人が一気にマゼンタの懐に入ってくる。
ムチの有効範囲は決まっているので、懐にはいられた時点で一方的な展開になるのが誰の目にもわかった!
「うおらっ!」
気合い一閃、レッドがそれに反応しバットを振るったおかげで、マゼンタはまた適正距離へと避難ができたのだ。
「まずいな、コイツは強えぞ」
マスクの上から手の甲で口を拭うような仕草を見せながらレッドが叫ぶ。
「ウチが出る。避けたってことは、バットは効くんだろうよ!」
バットの持ち手を右手で持ち、左手にパンパンと軽く弾ませながら、レッドが近寄っていく。
「背後からの攻撃も見えているみたいよ、気を付けて!」
マゼンタがレッドの後ろから適正距離を見極めてアドバイスしたのだが、聞くが早いかもう突っ込んでいくレッド。
右手の片手振りで横薙ぎにした軌跡を、怪人はスウェイで避けると、起き上がる反動で拳を振るう。
それをバットの底を叩きつけるように受たが、腕ごと背後に持っていかれそうなほどのパワーだ。
しかし怪人の方も若干苦痛のような顔をしながら拳を引くが、それで攻撃が止むわけではなく……次は蹴り、掴み取り、また拳と、絶え間なく攻撃を仕掛けてくる。
当然ブルーもマゼンタも黙って見ている訳ではない。
目線から一番遠い足元や、身体の軸になり攻撃を避けにくい腰部分を狙って攻撃を加える。
レッドも当初は押されているように見えたが、単調な攻撃に慣れてきたのか、最後は思いっきり殴ってきた拳を、叩きつけるように打ち落とした!
「ハハッ、余裕ぶっこいてないで、あのドリルモグラと一緒に戦ってれば良かったな!」
勝利を確信したのか、余裕の台詞でもう一発お見舞いする。
だがそれが当たることはなかった。
一度身を引いた怪人が、耳障りな音を大ボリュームで発したのだ。
それは肺一杯に溜められ、口から大砲のように飛び出す。
三半規管を直接揺らすようなその音に、一番近くにいたレッドは声にならない叫びを上げて床に崩れ落ちた。
ブルーやマゼンタもその音に足元がふらつくような感覚に襲われるが、一瞬で気を持ち直すと倒れているレッドを救うべく怪人に猛攻撃を仕掛ける。
観客を避難させながらも、仲間の様子を注視し続けていた桃海は、青ざめた顔をしたが一瞬で状況を判断する。
背中のポーチから銀色の六角形の筒を取り出した。
やはり見た目は口紅のような物だったが、キャップをはずすと膨らむ先端は銀色の球体になっていく。
残った持ち手を時計回りに回し爆発まで3秒を設定すると、逆方向に回して持ち手を取る。
残った銀色の部分はちょうど硬式野球ボールくらいだ。
それをすぐさま怪人の足元が目掛けて投げつけた。
強化スーツを着ている桃海の遠投は、狙いどおりに落下すると、3秒後に破裂、一気に白い煙幕を張った。
その意図を汲み、ブルーは怪人が居た場所に銃を連射し、その間にマゼンタがレッドを怪人の足元から引きずり出した。
「レッド、しっかり!」
呼び掛けに応じる声はなく。
レッドは完全に意識を失っていた。
マゼンタはスーツの下に冷や汗をかくが、今はそれどころではない。
ピンクの攻撃手段は未だに無い。
ブルーは致命傷を与えることはできないし、マゼンタは鞭というそのトリッキーな筈の動きに対応されて攻めきれない。
レッドの攻撃力が失われたのはまずい。
グリーンも沈黙している。
過去のデータがない敵に対して、対策も何もないのだろう。
最悪の事態が、立っている三人の脳裏によぎった時。
煙幕の中から高く怪人が飛び出した!
身体と腕の間に張られた薄い膜を伸ばし、落下の向きを変えると、一直線に桃海へと滑空してくる。
桃海はまだ首から上は生身のままだ。
レッドの馬鹿力をも凌駕するその攻撃を食らえば、形も残らないだろう。
死の恐怖。
それは桃海の足をその場に縫い止めていた。
目前に迫るそれから目を反らすかのように、腕をクロスさせ顔の前で防御する。
怪人は滑空したスピードそのままで、その破滅的な拳を桃海へと振るうのだった!




