22話「襲撃」
コンサートが始まると、各出入り口は完全に遮断された。
その上、非常口付近にはそれぞれレッド、ブルー、マゼンタが立っている。
グリーンは会場のモニターを繋いで、それぞれの監視カメラをマルチモニタでチェックしている。
そんななか、緊張感に似合わない軽快な音楽と共に、会場をピンク色の光ガ包む。
ほんのりと水蒸気でスモークを焚いているのか、レーザービームが線になって右へ左へと空中に映し出されていた。
ファンにとってこれから始まる至福の時間を期待させる派手な演出だ。
テンションが上がり、今にも叫び出しそうな気持ちを抑えて、いまかいまかと今日の主役を待ち望む多くの人。
その中に虎太郎は居た。
前回は仲間のお陰で最前列を確保できたが、自分で買えたのは会場のちょうど真ん中くらい。
桃姫がステージに出てきても、小指の先程にしか見えないだろう。
それでも、虎太郎はワクワクを隠せない。
前回は、組織を抜け出してきた背徳感や、桃姫がピンクだと知ったショック等で、自分の気持ちを誤魔化しながらの参加だったが。
今回はそんなしがらみは一切無い!
しかも、10日ほど前にエーデルヴァイスを破壊してきたので、この会場に怪人が出現する可能性は無いのだ。
一つだけ懸念点があるとすれば……
前回のエーデルヴァイス襲撃のあと、血沸と連絡が取れてない。
破壊された瓦礫に埋もれたか、ゴリライオンの予想しない暴走に巻き込まれたか……
とにかく、虎太郎が居る隠れ家にも戻った形跡はないし、通信も応答がない。
しかし、そんなことを考えるとなんだか妙に不安になるし、気持ちも悪い。
とりあえず明日、ブラックタイガーになって、あの破壊された基地へと潜っても良いかもしれない。
そう結論付けて、今日は考えないことにした。
「はおはお! 川を流れてどんぶらこ、みんなの桃姫こと、ピーチクイーンが見参しましたぁ!!」
いつもの口上と共に、舞台の下から桃姫が飛び上がる。
それは7、8mという高さで普通の女性が着地するにはあまりに危険な高さ。
しかし、それをヒラリと着地して見せると、一瞬驚いていた会場が、一気に拍手と喝采に溢れかえった。
「あはは、そうか、MASTのピンクだもんな」
一瞬心配してしまったが、彼女はスーツを着込んでいるのだろう。
驚いてしまって、今回は「クイーンなら女王」とかいう突っ込みは忘れていた。
もちろん覚えていても口には出さない、あんな恥ずかしい思いは一度っきりでいい。
「今回も私のデビュー曲『桃色の季節』から始めるよぉー」
前回は、VTuberのキャラクターで演出されたので、今回は本人が振り付けで踊る『桃色の季節』に釘付けになった。
可愛い! スッゴい可愛い!
もう脳汁が溢れ出まくっている虎太郎。
何も考えずにはしゃいで大声を出して満喫した。
────今日の公演の半分に近づいた頃、それは突如訪れた。
爆音で流れる音楽の中に、人の悲鳴が混じったのだ。
虎太郎の視線の先で我先に逃げ出そうとする人が目に入った。
もちろんそれを見ていたのは彼だけではない。
「15列目レッド側の座席だ!」
ブルーの指示が飛ぶ頃には、そちらへ向かっていたレッドが現場に到着。
地面が盛り上がり、座席のいくつかが横倒しになっている。
倒れている観客を二人、レッドが小脇に抱えて通路の外に避難させる。
「地面からだ! 奴ら地面から来やがった!」
その頃には会場全体にその異変が伝わり、観客は我先に逃げ出そうとして、非常口に殺到していた。
運営側も音楽を止め、状況把握と「慌てないでください」とか焼け石に水でしかないアナウンスを始めた。
そんななかでも逃げずに立ち尽くす虎太郎は愕然としていた。
「何でだ、エーデルヴァイスは壊滅した筈……」
怪人などが出るわけがないのだという疑問。
それに加えて、この幸福感に溢れる時間が、邪魔されて終わってしまう事に絶望を感じ、ただ立ち尽くすだけだった。
「レッド、怪人は?」
マゼンタが到着した頃には、座席はひっくり返され、土から怪人が出てきていた。
腕がドリルになっているもぐらの親玉のようなヤツだ。
『その怪人はモグランド! でも、昔のと形が違う……腕にドリルなんて付いてなかった……』
早速ヘルメットの中にグリーンから情報が共有される。
「へぇ、改造までして、準備万端なこったぜ」
そう言いざまにバットを取り出すと、遠慮無くそれを振り下ろした。
モグランドはそのバットを回転するドリルで受け止めると、二つの武器の間でハデに火花が散る。
逆手のドリルをレッドの腹に目掛けて突き出すが、レッドはバク宙で下がってそれを避けた。
「反応いいじゃねぇかよ」
レッドはそう強がるが、いまの一合でこの怪人が、今までの弛んだヤツらとは違うと感じた。
言うなれば、猫怪人のような。
そして全戦全勝だった彼女に、負ける恐怖を与えたブラックタイガーの面影をも見てしまう。
レッドはその弱気に対して、自分でも少し驚きながら頭をブルブルと振ると、わざとニヤリと笑って見せた。
「みんなでやるわよ!」
珍しく酔っていないマゼンタが、武器の鞭をしならせる。
その先は達人が振るうと簡単に音速を越え「パチン」と破裂音が鳴る。
その時には人間の目では捉えることができずに、ただ打たれた肉が裂けるのだ。
怪人といえどそれは同じだったようで、深くはないが肉が裂け、血が出ている。
薄暗い会場であればその攻撃はなお見えにくいのだろう。
嫌そうな顔をして後ずさっていく。
「効いてる、ブルー援護を!」
マゼンタの指示に、無言でレーザー銃を放つブルー。
致命傷ではないが怪人のかばった腕に二ヶ所程焦げ穴を作った。
「休ませないわ!」
マゼンタが次の鞭をしならせたところで、大きく飛び退き距離を取ったモグライダーだったが、いつの間にか背後に回り込んだレッドの一撃をもろに浴びる。
「うぉらっ! 左足貰いっ!」
宣言通り、モグランドは左足をあらぬ方向へ向けると、片ヒザを付いた。
「畳み掛けるのです!」
ブルーの言葉にもう一度振りかぶるレッドのバットは、ドリルに阻まれ火花を散らす。
後ろを向いたモグランドに追撃するためにマゼンタが距離を詰めた時だった。
「きゃぁっ!」
マゼンタが盛大に転ぶ。
「酔ってんのかよ、姉さん!」
火花を散らしながら茜が叫ぶが、そんなことはなかった。
マゼンタの足を何かが掴んでいたのだ。
それは反対の手をモグランドが開けた穴の反対にかけると一気に這い出てきた。
「もう一匹居る!」
めちゃくちゃになったコンサート会場を唖然として見ていた桃海は、とっさに声をあげた。
ブルーが慌ててそちらに銃口を向けるが、マゼンタが捕まったまま逆さ吊り状態になっており、引き金を引けない。
歯噛みしながらも切り替えると、地面を蹴って2体目の怪人へと距離を詰めようとするが。
怪人はマゼンタを振り回すと放り投げてきた。
ブルーはそれを受け止めざるおえず、二人は背中で観客席をいくつか粉々にしながら止まった。
「おいおい、マゼンタん時は受け止めんのかよっ!」
レッドが愚痴を言いながら、モグランドの攻撃をバットで反らして居るが、大きなドリルに阻まれ、左足以降は決定打を与えられないでいるようだ。
『もう一匹はデータにない! 新怪人だ!』
グリーンがその新しい怪人を見てそう叫ぶ。
その姿はまるで人間、しかし背中から腕にかけて皮膜で覆われており、全身を短く黒い体毛が覆っていた。
それは、まるで意識があるように、不適にニヤリと笑って見せたのだった。




