21話「控え室」
結局何の成果も出せずにMASTはコンサートの日を迎えることになった。
グリーンを除く4人が楽屋に集まっている状態だが、前回より一層の緊張感が漂っている。
「何事も無いことを祈るばかりだな」
苦笑いをしながら茜が口を開く。
桃海の事を考えると、こんなお通夜みたいな雰囲気で送り出す気になならなかったのだろう。
「まぁ無理でしょうね」
だが蒼士は希望的観測で物事を見ない。
融通の効かないやつだと、茜がそれを睨み付けるが、訂正をする気は無さそうだ。
「そうは言っても、最近は怪人出てこねぇじゃねぇか、今日だって出てこないかも知れねぇだろ?」
何とか場をなごまそうと必死な茜。
確かに実際ここ10日ほど怪人の出現はない。
しかし、その言葉にまたも蒼士が反論を叩きつけた。
「それは希望ではありませんよ、今日この日のために、何体もの怪人を集結させているだけかもしれませんから」
もちろんローズも桃海もそれを懸念していたし、内心理解していた茜も黙ってしまう。
20年間途絶えることの無かった怪人の出現。
確かに頻度は下がったとはいえ、全く出現しない状況に不安が募るのだった。
「それにブラックタイガーの件もあるのです、気を緩めるわけには行きません」
そんなこと言われなくたってわかってる。といった雰囲気で腕組みし、鼻息でフンっと言わせながら茜が横を向く。
「だいたいさ、ブラックタイガーって何が目的なのかな?」
コンサート前だというのに集中できない桃海がポツリと漏らす。
これは散々語ってきたことではあるが。
いまの刺々しい雰囲気を、共通の敵に対して向けることで緩和する会話術でもあった。
「何であのとき、私たちって殺されなかったのかな?」
桃海が感じた彼の印象は、決して敵対する雰囲気だけではなかった。
むしろ、あの実力差であれば、全員が行動不能に陥ってもおかしくないものだった。
「それは私にも分かりかねます」
蒼士でも……いや、合理的に考えようとする蒼士だからこそ、彼の思考を理解することは難しかった。
「私はね、あの男はピンクの事好きなんじゃないかなって思うわ」
ローズの突然の発言に、みんなが妙な顔をして振り向いた。
「あの目はきっとそうね、お姉さんには分かっちゃうのよねー」
「いや、目なんて見えてませんでしたけど……」
一人苦笑いの桃海が答える。
まさかここで恋愛話が出てくるなんて思わないだろう。
「まぁほら、女の勘よ」
「だとしたらこのコンサートぶっ壊しには来ねぇよな?」
茜が面白そうに乗ってくる。
「もしかしたら、エーデルヴァイスの本拠地を愛の力で全滅させてて、それで怪人が出なくなったのかもよ?」
冗談のようなぶっ飛んだ仮説に、蒼士も口許を緩ませた。
確かに、自分達がいくら神妙になっても状況は変わりはしない。
いま矢面に立たされている桃海の負担を少しでも軽くするのが、自分達のやるべき事だと、みんながそう考えているのだろう。
「まぁあながち間違いではないかもしれませんよ、怪人レーダーというものがあるのであれば、本拠地など割り出せるでしょうし」
「てか、もともとヴァイスの裏切り者なら本拠地知っててもおかしくねぇっての」
「むむ、それもそうだ。まさか、木月さんに一本取られるとは!」
珍しく犬猿の仲の二人が同調して笑ったことで、少しだが空気が軽くなった気がした。
『みんな、そろそろスーツに着替えて』
装着しているメガネから、翡翠の声が聞こえたことで、緊張が走る。
しかしそれは重苦しいものではなく、仕事前の気合の入った瞬間のような緊張だ。
「じゃぁな桃姉、みんなはウチらが守ってやっからな」
いち早く部屋を出ていく茜に続き、ローズと蒼士も激励の言葉を残して出ていった。
桃海はスーツの上に舞台衣裳を着込んでおり、準備は万端だ。
あとは気持ちを整えるだけ……
『桃海……』
翡翠が桃海の通信機にだけ声を飛ばす。
「……何、兄さん」
『あの、拙者も、その、出来るだけ敵を早期発見できるよう努めるでござる』
なんの宣言だと桃海はため息で返す。
「別に期待してない」
『……』
通信機の向こうへ冷たい言葉が投げ掛けられ、答えに詰まる。
「ファンの人が襲われそうになったら、兄さんは何ができるの?」
『……』
「兄さんはヒーローじゃないのよ、今も昔も……」
『……』
「私たちが3ヶ月の間、一生懸命頑張っているのを、兄さんは部屋の中で見ているだけだった。私はこういう時に隣に立ってくれる人じゃないと、仲間って認めない」
桃海はこれ以上神経を逆立てたくないと、通信機つきのメガネを外すと棚に置いた。
会場から本番10分前のコールがうっすら聞こえ、マネージャーが楽屋に呼びにきた。
もちろんマネージャーも政府の人間で、信用ができ徹底的に管理されている。
「お願い、みんなを守って」
誰にというでもなくそう呟いて、桃海は楽屋を後にしたのだった。




