20話「破壊」
食事のあと、同僚と二人で部屋に戻った。
半年の間姿を見せなかった理由や、身長まで変わるほど体格が違っていること。
何か事情があるのだろうと察したようで、部屋までは一言も言葉を交わさなかった。
虎太郎が先ほどまでこっそりと入っていた部屋に、今度は堂々と入る。
同僚は奥から椅子を持ち出し、自分が座るベッドの反対側に置いた。
虎太郎が尻をはみ出させながらそれに座ると「でかいのも大変だなぁ」と笑いながら、同僚は自分のベッドに腰を下ろした。
「で、なんで戻ってきたんだ?」
さっそく本題ということか。
虎太郎は考える、どう伝えた方がいいのか。
しかし何を伝えればいいのかわからない。
「大丈夫だ、お前が話終えるまで、俺は口を挟まないからな」
それがどんな内容かを知るよしもないはずだが。
虎太郎と彼には、目に見えない絆のようなものがあるように思えた。
────こいつが配属されたのは10年くらい前。
当時空いていた343番のプレートを貰って、俺の部屋の扉を開けたのが初対面だったと思う。
ここ数年一人部屋だった俺は、正直めんどくさいと思って、多少邪険にしたにも関わらず、飄々とそれを受け流してくれた。
343は不思議なヤツで、すぐにヴァイスに馴染んでいった。
部屋でも音を立てず静かに過ごすので、まるで一人部屋のような感覚に陥るほどだった。
ある日、何故そんなに静かななのかと問うと。
「だってお前、うるさいの苦手だろ?」
と、そう返してきた。
ずっと気を遣って生活してくれていたのか。それに気付かなかった自分が恥ずかしくなった。
気を遣う必要がない事を告げると。
「家族同士でも気を遣うもんさ、それが当たり前だから、特に大変でもないな」
と軽く答えてくる。
気を遣われると、こっちも気を遣うじゃないか。
「って事は、俺との関係を良くしたいって思ってくれている証拠だろ? 嬉しいねぇ」
確かに、どうでもいいヤツに気を遣う事はない、それは翻って彼が俺を尊重してくれているという、素直な好意を意味していた。
当初、邪険に対応し、気遣われている事も知らずに過ごしてきた自分が、やけに子供っぽく感じたが、彼はそれも笑って流してくれた。
────あれから10年。
ベタベタするわけでもないが、離れるわけでもない。
それでもお互いの性格を知り、家族のような距離感で過ごしてきた。
そんな彼であれば。
虎太郎は堰を切ったように話し始める。
順番もバラバラで、言葉足らずな表現も多かったと思うが……
この施設の裏、人体実験、そして自分がこの施設を破壊しようと考えていること。
洗いざらいぶちまけた。
それらをすべて聞いても、同僚は叫ぶことも、侮蔑することもなく、ただ聞いた。
「驚きを通り越して、どうでも良くなったよ」
そんな感想を虎太郎に送る。
「お前はどうする343号」
虎太郎は、それが心配だった。
住む場所、仕事、人間関係がいっぺんに失われるはずだ。
マスクの下でも分かるくらいに、心配そうに343号を見つめる。
「気にするなって、ここには訳アリで来てるんだ、元々地上には何も無えよ」
そういってカラカラと笑う343。
それはこちらに気を遣っているというよりも、本心からそう思っているように感じられた。
「こんな格好で、お互いの顔もろくに知らないんだ、上で会っても判らないかも知れないが……」
虎太郎は彼との別れを寂しく感じていた。
こいつと腹を割って話す機会はいくらでもあったはずなのに、まだまだ自分の事ばかりで全然気付きもしなかったことを、今さら恥じる。
「いや、ここでの事はな。いいんだ。忘れちまっても」
同僚がそう呟く。
それにどう返していいのか判らずに虎太郎が悩んでいると。
警報がなる。
ビィーーーービィーーーー!!!
火事が発生したとき以外では聞いたことがない、緊急事態を表すシグナル。
同時にアナウンス。
「下層階にて、怪人の暴走を確認しましたぁ。破壊範囲から直ちに待避してくださぁい」
緊急事態だというのに、間延びしたような緊張感のない声、血沸博士だ。
「おっと、始まったみたいだな」
虎太郎より先に、同僚が席を立つ。
「お前にはやることがあるんだろ? 俺は他のヴァイスを地上に誘導するさ。しっかりやれよ」
背中を押すような発言に、虎太郎は奮起した。
「今度は、偽りの無い世界で会おう」
先に出ていこうとする同僚の背中に投げ掛ける。
「……ああ、そうだな!」
そう答えた言葉に、含みを感じた気がするが、それを問う前に同僚の背中はドアの向こうに消えていった。
虎太郎は暫し立ち尽くしていたが、乾いた喉に唾を飲み込むと。ヴァイスのマスクに手をかけて引きちぎる。
その下からドクロを象ったマークが現れた。
「俺は、ブラックタイガーだ!」
自分に言い聞かせるようにそう吠えると、拳で部屋の壁をぶち破っていく。
ビィーーーー! ビィーーーー!
未だ鳴り止まない警報のもと、ブラックタイガーは破壊の限りを尽くした。
罪亡きヴァイスはもう地上に出ただろうか?
ブラックタイガーは自分が過ごした思い出の場所を……そうだとわからないくらいまで壊して回った。
そして今、最後の仕上げのために、地上の入り口の近くに立っている。
いつもの腕組み仁王立ちスタイルだ。
「グルルルル」
暴走させられた怪人や怪物が、そのフロアに上がってきていた。
「お前達をここから出すわけにはいかない」
血沸曰く。
「今回暴走させる怪人は、MASTじゃ手に終えないと思うからぁ、最後にキミが倒してよぉ」
と言うことだ。
まぁ、レッドに一撃で沈められる程度の怪人では、これだけの大破壊は務まらないだろう。
まぁ血沸の事だ、その辺のパワーバランスは考えて設定しているはずだ。
抜け目無い奴だから。
そうこうしていると、鈍い音がフロアに響いた。
防火シャッターを叩く音。
向こう側から強い力で叩かれている。
その部分は、拳型に金属が曲がっている程だ。
何度目かの打撃で、防火シャッターが天井の留め具ごと引き倒された。
そこにいたのは、たてがみのあるゴリラ。
背丈はゆうに4m程あり、屈んでいないと天井に頭が付く。
「さしずめゴリライオンってとこか」
その見立ては正解だったのか、腕はゴリラのように太いが、屈めた後ろ足は猫のような筋肉の付き方をしていた。
さっきまで鉄の扉を叩いていた拳には、青い血がベットリ付いている。
しかし、獣自身が負傷している訳ではないようだ。
「お前、仲間を殺してきたのか」
その光景は、残虐さ、そして無慈悲さを感じさせるものだった。
ゴリライオンは新しい獲物を見付けたことで、好戦的にニヤリと笑ったように見えた瞬間。
そのまま後ろ足を蹴って飛びかかる。
巨体は天井に擦れながらも、凄まじいスピードでブラックタイガーへと飛んできた。
それを横っとびでかわすと、敵の方を向き直る。
巨体はそのスピードを殺せず、磨かれた床の上で滑り壁にぶち当たる。
そのまま壁を蹴り、さらに飛びかかってくる。
勢いだけの見境の無い攻撃。
しかし、あの牙、そして腕に捕まれると致命傷になるかもしれないという危機感は感じられた。
かといって、このまま回避するだけでは倒せるわけがない。
ブラックタイガーは腰を落として、迫り来るゴリライオンと対峙した。
ゴリライオンは右腕を大きくふって攻撃。
それを深く沈み込むように避けると、起き上がる反動で近づく顎を打ち上げた。
天井と挟まれ、アゴが砕ける音がしたが、ブラックタイガーも容赦はしない。
ゴリライオンの頭は天井に跳ね返り、地面へと落ちる。そこに今度は床との間でつぶれるように拳を振るう。
衝撃で床が割れ、下の階まで落ちるゴリライオン。
追いかけるようにブラックタイガーが目の前に立つ。
圧倒的。
そう感じるほどの攻防。
しかしゴリライオンは立ち上がった。
ダメージはあるようだが、怒りがそれを立ち上がらせた。
フロアごと床が抜けたことで、頭を天井にぶつけること無くゴリライオンがこちらを見下ろす。
「あ、マズったかこりゃぁ……」
ブラックタイガーが冷や汗をかくと同時に、その巨体が猛スピードで突進してくる。
今度は天井に体をぶつけて減速してない分、対応が間に合わない!
その突進を腕をクロスして受けるが、宙に浮いた体は無情にも同じ速度で壁に打ち付けられる。
「かはぁっ!」
強化スーツ、怪人化のお陰で致命傷ではないが、腕が痺れ、内臓にもダメージがあるようだ。
片ヒザをつくブラックタイガーに、こちらも顎を砕かれ重傷を負ったゴリライオンが迫る。
一瞬、足元の床を蹴破る。
開いた穴に落ちながら攻撃をかわす。そしてゴリライオンが、空振りした所在なさげな腕を壁に打ち付けたと同時に、階下から床を突き破り横っ腹にパンチを入れた。
距離を置けば不利!
痺れた腕は使わず、左手と足で連撃を繰り出す。
ダメージを受けながらも獣はその頭を牙で砕こうとするが、ブラックタイガーは空中で前に一回転し頭を逃がしつつも、鼻っ面に踵で浴びせ蹴りを決める。
嗅覚の鋭い獣にとっての鼻面は急所とも言える。
たじろいでしまった、それは命の取り合いにとってまさに命取りであった。
ちょこまかと動くブラックタイガーに押され、ゴリライオンはその真価を発揮できないままに、徐々に力を失い。
そして息絶えた。
「はぁーっ! はぁーっ!」
荒い息遣いだけが、原型をとどめぬフロアに響く。
「こんな……の、俺が倒さなけりゃ大変なことになってたぞ!」
ここには居ない性悪女に向かって、毒をはいたブラックタイガー。
しかし同時に達成感もあった。
これでエーデルヴァイスは終わった。
偽りの平和を壊して、本当に自由な世界を取り戻すことができたのだ。
疲労感から大の字になって仰向けに倒れると、しばらくの間その達成感に浸るのであった。
毎週土曜日7時くらい更新!!
今週は怒涛の虎太郎ラッシュでしたが。
ストーリーは虎太郎の意思を離れて新たな展開へ!
もちろんMASTも精一杯がんばります。
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