19話「懐かしの場所」
「本当にバレないのか? こんなんで」
古いヴァイスの衣装に身を包み、エーデルヴァイスの本拠地へと侵入していた。
「ははは、大丈夫でしょぉ。みんな同じ顔してるよぉ」
まぁ確かに、全身黒タイツに同じ模様の顔。
体格や番号は違えど、20年もいた彼ですら、身近な人間でなければ見分けが付かない。
「私は直接本部の地下に入れるけどぉ、キミは一般のヴァイスに混じって潜伏しておいてねぇ」
作戦は単純だった。
博士が地下の実験施設で資料や機械を破棄し、同時に怪人を暴走させる。
この日のために血沸は理性のない怪人を何匹か捕まえているというのだ。
あれから20日。
いや、本当はそれより以前から計画はしていたらしい。
虎太郎が決心すれば、すぐにでも準備できるようにと。
「でも、一ヶ月で実行に移してくれなんてぇ、急すぎだよぉ」
などと文句を言っていたが、なんとか間に合わせてくれたということだろう。
それには虎太郎も感謝しかない。
そして、暴走した怪人を解き放つと同時に、虎太郎が生活施設を襲撃。
いま地下に居るヴァイスを地上へと追い出して、さらに完膚なきまでに破壊し尽くす。
「政府にとっても、この場所はシークレットだ、資料を発掘するにも人目に付くわけにもいかんだろうしな」
「そうだねぇ、まずこんな深くまで掘って調べるなんてぇ、出来ないと思うよぉ」
この施設は元を辿れば、政府要人のための核シェルターとして作られていたもののようで、放射能から汚染されない深さを目指して作られていたのでかなり深い。
突然現れた総統を隠すために、急いで用意したという感じか。
あの巨体を海の方から運び込み、密閉し直したらしいが……
最下層に近いあの部屋は、きっと二度と人が入ることは無いのだろう。
死んでいたとはいえ、20年間もその背中を追ってきた者としては、総統が地下深くで埋もれるのを心苦しく思ってしまう。
「これで、エーデルヴァイスは解散だねぇ、原因は実験の失敗とか、怪人の暴走ってことでぇ、カタが付くはずだよぉ」
「しかしなぁ、MASTがエーデルヴァイス本部を見付けられないってのも不思議だったが……裏を返せば母体が同じってのは……皮肉な話だなぁ」
逆にいうと、エーデルヴァイスもMASTの構成員を見付けることが出来ずに、バカ正直に正攻法で戦ってばかりいた。
いま思うと変な感じだ。
「じゃぁ、合図は……送らなくてもたぶん分かるからぁ、先に行くねぇ」
エーデルヴァイス内部へ続く、VIP専用通路へ向かう血沸の背中を見送ると、虎太郎は一般の階層へ足を踏み入れた。
「さて、とりあえず待機……っても、暇をもて余しそうだな」
辺りを見ると、これからこの施設が崩壊するなど、微塵も思っていないヴァイス達がせっせと働いている。
なんだかいたたまれなくなり、昼間は人の少ない居住地域の方へ足を向けた。
20歳そこそこからの20年は、人生にとって大きなものだ。
それが絵空事の上で踊らされていたと知った上でも、そこで過ごした思い出は消えるものではない。
虎太郎は、何の躊躇いもなく角を曲がり、自分が使っていた部屋を目指した。
新任当初は何度も迷子になり、先輩の部屋を間違って開けた事もあった。
もちろん今では体に染み付いたように、考え事をしながらでも目的地に着ける。
時折すれ違う他のヴァイスに挨拶するが、全然不振がっていない。
そして、ようやく自分の部屋に着いたとき。
心臓が少し早くなった。
入り口には見慣れた「342」の文字。
その下に「343」の文字もある。
ここは同僚との二人部屋だ。
「あいつ、どうしてるかな」
半年経ってはいないが、文字通り生まれ変わった虎太郎には、長い時間が過ぎたように感じられていた。
それでも、最後に見た同僚の顔。
マスクを涙で濡らしたあの顔を忘れることはなかった。
鍵はかかっていない。
そのままドアノブを握ると中に入る。
左はユニットバス、奥にはサイドテーブル的なカウンターがあり、その上にはところ狭しと色々置かれており、男の二人暮らしの雑さを思わせる。
俺は右手の二段ベットの上段。
その奥が自分の荷物入れだ。
俺は大きな体でのそりと二段ベッドの上に上がってみる。
そこは時間が止まったように、自分がいたときのままだ。
改造手術でからだが一回り大きくなってしまったので、ベッドに寝ると窮屈さを感じたが、それでも言い知れぬ安堵感を覚えた。
目の前、天井に張った総統のポスターを眺めながら。
この光景も見納めだなとひとりごちる。
しばらくそうしていると、部屋の表に人の気配を感じた。
安心感からか、つい時間を忘れて物思いに耽ってしまっていたようだ。
時計を見るに、そろそろ業務が終わったヴァイスが部屋へっ戻ってくる時間なのだろう。
同僚も戻ってくるのか……そう考えると、会わす顔がないように思えた。
自分を心配してくれたあいつは、きっとそのあとも悲しんでくれただろう。
それなのに、今度は彼の居場所を破壊しに戻って来ました、
なんて言える訳がない。
逃げ出すように部屋を飛び出し、仕事帰りのヴァイスと反対方向に歩き出す。
やはり誰も俺に気付かないし、違和感も持たない。
いや、こんなものだろう。
せっかくだったら、食堂で飯でも食って時間を潰そう。木を隠すなら森の中だ。
食堂はちょうど賑わっていた。
ヴァイスたちは思い思いに近くの席に座り、食事を取っている。
虎太郎もいつもの食べ飽きたA定食を選ぶと、係のヴァイスにおかずをついでもらう。
ちなみに、ヴァイスは給料制で、食事も給料から引かれる。
残りは嗜好品を買うもよし、みんなで集まって酒を飲むもよしで、わりと充実するだけの給料はもらえていた。
俺はトレーを持ったままキョロキョロと辺りを見回すと、一番端のいつも空いている席に腰をおろした。
マスクを少しずらして、味噌汁を口に運ぶ。
ああ、この味だ。
健康に配慮しているのか、薄味の味噌汁。
旨くはないが、懐かしさが体に広がった。
今日は焼き魚定食かと、魚に箸を入れる。
先に焼いて置いておいたのだろう、少し冷えていて身が固い。
そうだよ、これこれ。
まるでお袋の味という感覚だろうか。
「ここ、座るぜ」
混んできたのか、この端の席にまでヴァイスが座る。
「ああ」
と短く興味なさげに答えながら、気持ちは目の前の固い魚と格闘するのでいっぱいだった。
「お前、またA定食かよ」
「うるせぇ、これが好きなんだよ」
虎太郎は不思議な感覚を感じて顔を上げる。
自然と問われ、自然と答えてしまった。
「お前」
「何だよ無事だったのか、心配して損したぜ」
同僚が目の前に座っている。
「342号、お前だろ? 何だよそのガタイは、成長期か?」
腕章の数字もデタラメで、顔も見えず、背格好だって違うはずなのに。
「人違い……だ」
「こんな端っこで、A定食をうまそうに食うやつなんて342号しか知らないんだよ」
そういいながら狭いテーブル越しに、虎太郎の分厚くなった胸板に向かって、軽く拳を当ててきた。
ああ、こいつ。
こういうやつだよな。
そう思うと、強い感情が虎太郎を襲い、それを悟られまいとテーブルに額を着け、小さく呻いた。
「泣いてんのかよ、だせえな……ま、あの時俺も不覚にも泣いちまったし。これでおあいこだな」
そういうと、伏せた頭越しに、やつの好きなB定食を食べる音だけが聞こえた。
B定食だってそんなに変わらねぇだろうが。
そうクサしてやりたかったが、もうしばらくは無理そうだ。