17話「惨めな想い」
MAST本部は白い壁に覆われた清潔な空間で明るく、いつもであれば閉塞感を感じることはない。
なのに最近では、この部屋に居ると息が詰まりそうになる。
それはブラックタイガーとの邂逅で肋骨を骨折し、入院していたブルーが戻ってきても変わらなかった。
「状況は逐一報告していただいて居ましたが、何ですかこの腑抜けた状況は!」
復帰早々ブルーが激を飛ばすも、返ってきたのは苦笑いだけ。
ブルーの怪我とレッドの敗北の後。
はじめは他のメンバーも、いち早く怪人を見付けれるようにと、当番に関係なく見回りをしていたのだが、それでもブラックタイガーに先を越されてしまう日々が続く。
そんなことを繰り返し、心身ともに疲労困憊状態であった。
「木月さんはどうしたのです」
「茜ちゃんなら見回りよ……ブラックタイガーにこてんぱんにやられたのが気に入らなかったみたいで、ずっと諦めずに巡回しているのよね」
ローズがテーブルに頬杖をつきながら、力無く頭を預けている。
傍らにビールの空き缶が転がっているのはご愛敬だ。
「ええ、自分も少々憤りを感じていますし」
メガネの位置ををくいっと直しながらも、声に力が入る。
めらめらと燃え上がる復讐心が、見えるのではないかと思えるほどだ。
「でも、見つからないんだよ、こないだなんか怪人の死体がありますって通報が来たんだもん、暴れるより前に見つけて倒すってどういう事?」
お手上げというように顔を手で覆う桃海も、茜の気持ちを汲んで頑張ってきたが、さすがに心が折れてしまった。
「怪人はいなくとも、ブラックタイガーの居場所は検討がついているのですか?」
その問いにスピーカーから曇った声が聞こえてくる。
「難しいでござるなぁ……怪人と同じかそれ以上に神出鬼没で、現れたと思ったらすぐに姿を消してしまうでござるよ」
翡翠も努力はしているが、出現地点のマッピングや、その後の逃走経路もバラバラ、出現時間もパターンはないとなると、情報だけで居場所を特定するのは難しかった。
「的確に怪人を処理しているということは、怪人の出現場所が分かっているということでしょうか?」
「ははは、怪人を探知するレーダーでも持っているのでござろう」
翡翠も投げやりだ。
表回りではないぶん、休みなくその行動を監視し、調査していたのだ。単純に疲れがでているのが声からもわかった。
「ヴァイスのベルトをしていましたし、ほぼヴァイスの上位互換といった服装だったのですから、エーデルヴァイスと関係性はあるのでしょう?」
「たぶんそうなんだと思うでござる。拙者は謀反者ではないかと睨んでいるのでござる」
「であれば、エーデルヴァイス内部に協力者がいてそこで情報が……」
「だとしても、こっちが優位に立てるって話では無いわよ」
真剣に悩む蒼士に対して、ローズが口を挟んだ。
既にテーブルに顔を突っ伏して無気力状態だが、声には少しとげがあるように感じる。
ローズ自身、不甲斐ないのはわかっているが、それでも万策走り回っているのを否定されたくはないのだ。
「……自分は対策を立てて動くタイプです、木月さんのように無闇に非効率に動いても無駄足だ……その代わり、絶対に尻尾をつかんで見せますよ」
イライラとした気持ちがその場に充満していた。
蒼士も自分が入院している間、みんなが一生懸命対策を練って動いた結果、今があるというのはわかっているのだ。
ただ、自分が動けなかった悔しさと、活路を見いだせない状況に焦れている。
「少し、頭を冷やしてきます」
そう言うと、シューターに乗り込み、ブルーとして街に飛び出していった。
「なにもしていないより、見回りしていた方が気持ちが幾分楽かもしれないわね」
そう言うとだらけていたローズも立ち上がり、ふらふらとシューターに向かっていった。
静まり返る本部集会場。
しばらくの沈黙が続いた後、桃海が口を開いた。
「おにいちゃんも見回りに行けば? みんな頑張ってるんだよ」
それは非難にも似た一言だった。
「拙者は後方支援担当で……」
「うるさいっ!」
桃海は立ち上がると、翡翠の部屋の扉を叩く。
「おにいちゃんはいつもそう! 大事なときに出てきてくれない!」
その言葉にどういう意味があるのか、翡翠には良く分かっていた。
だからこそ「ごめん」としか言いようがなかった。
「私がっ……叔父さんに殴られてる時だってそう! なんで助けてくれなかったの?」
「ごめん」
「いまだってそう、おにいちゃんは出てこない……変身までできるのに助ける力もないって言うわけ!?」
「ごめん」
何度も扉を叩きながら桃海は訴えかけるが、返す返事は変わらない。
「またごめん? ……もういい。ずっと逃げてて!」
そう言うと桃海は涙を流しながら自分の部屋に入っていく。
誰もいないホールに「ごめん」と一言響いた。
────10年前、茜の父が失踪したのと近しい頃。川浪兄妹も父を亡くしていた。
母と三人で暮らしていたが、突然母が再婚。
その際に半ば強制的に親権を放棄。
二人は父の弟に預けられることになった。
はじめの頃は二人も小さく、母から毎月お金が振り込まれていたこともあり、叔父も面倒を見てくれていたが、母と急に連絡が取れなくなりお金も入らなくなった。
そうすると叔父も急に手のひらを返したかのように邪魔者扱いしてきたのだ。
翡翠は引きこもり、部屋から出てこないようになったのだが。
桃海は必死で叔父のご機嫌を取り、家事炊事をすべて一人でやっていた。
まだ10歳の少女が学校にも行かずに家にこもって家事をするのは、到底普通とは言えない。
妻を持たない叔父は、そんな便利な桃海を手放したくはなかったようで、家から追い出すことはなかったが、気に入らないと平気で殴った。
大人になった今だったら少しは気持ちがわかる。
兄が残した大切な子供たちを、母親があっさりと捨てたのだ。
それが父の弟である叔父にとって、許せなかった。
叔父には、二人の母親の記憶は殆ど無い。
結婚を決めた時、嬉しそうにその報告にきた兄。
その幸せそうな兄の横で面倒くさそうな顔で自分の髪を弄る女のイメージ。
桃海を見るたび、あの女の顔を思い出すのだろう。
兄の子だという愛しさと、あの女の子だという憎しみが、叔父の拳から伝わってきていたように、桃海には思えた。
桃海はそれを受け止め、翡翠は逃げた。
人生も変わって、自分の夢も叶えたけれど……桃海が兄を根本で許せないのは変わっていないのだ。
だが今現在、人知れず翡翠が自分の弱さと戦っていた事を知るものは居ない。
ごめん、ごめんと言い続ける悔しさを。
それがどれだけ惨めであるかを。
知るものは居ない。
その強い気持ちが、彼を変え始めていることも。
毎週土曜日7時頃更新!
次回、セイギのミカタ!
ブラックタイガーがついに決断する。
情勢が大きく動く前触れに、手に汗握る。
そして、彼の大事な友人も……。
来週も見てくれよな!
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