16話「託された決断」
「もっと暴れてきても良かったのにぃ」
残念そうな声で、血沸博士がふてくされる。
彼女にとって自慢の作品のお披露目だったのだ。
もっと派手に壊して、力を見せ付けてきてほしかったようだ。
「無益な殺生はするつもりないぞ」
ブラックタイガーこと、黒崎虎太郎はそう答えたが、その言葉に対しては残念がる素振りを見せない。
「で、怪人はどうだった? 爽快だった?」
むしろ完全に興味が移ったかのように、テーブル越しに前のめりになって問い詰める。
普段なら子供みたいな思考回路で、話の通じない博士に対して内心ため息が出るのだが。
今の虎太郎はそんな気分になることはなかった。
「ああ、怪人はこうでなくちゃな!」
彼は興奮していたのだ。
爽快感とはまた違ったが、自分の理想を形にできる力に酔っている。
怪人は強くあるべきだ。
ヒーロが5対1で卑怯に向かって来ても、同等の力で押し返すほどの力。
もちろん今日のような1対1でなど負けるはずがない!
もちろん、自分はただの怪人ではない。
かの有名な仮面ライダーよろしく、怪人が正義の味方になってもいいのだ。
強さとは、その選択肢を思いのままにする指標だ。
「しかし人間と人間の怪人とは……よく思い付いたな」
黒崎は改造前の自分を思い出しながら、その拳を握った。
彼の理性を失うことも、体の自由を奪われることもなく手に入れたこの力。
普通であれば、他の生物のDNAを移植し、その生き物の生態を人間の力に上書きするのだが。
血沸は虎太郎のDNAに虎太郎自身のDNAを繋ぎ合わせて強化人間を作った。
運良く反発も起きず、副作用も出なかったことで、虎太郎は普通の人間のような生活をおくれている。
「いままで散々試したけど、みんな心が折れたり、気がふれてダメになっちゃったんだよねぇ」
博士曰く、復讐心に燃える意思の強さに原因があったのではないかと言うことだった。
「それにそのヴァイススーツは特別製でね、MASTが着ている物とおなじなんだよねぇ」
「そうか、こんなものを着て戦ってたのか……そりゃぁ勝てないわけだ」
「身体能力を数倍に上げるだけでなく、防刃、防弾、対衝撃と至れり尽くせりなのさぁ」
「しかし、こんなものよく手に入ったな、政府の持ち物なんだろ?」
底知れない彼女の手の広さに、興味をもったブラックタイガーは色々質問をぶつけていく。
しかし、まるで隠し事などないかのように、嬉々として答える血沸。
「もともとは総統が着てたのを、私の母が解析したものなのさぁ」
「じゃぁこれは異星人の技術なのか!」
人間業ではないと思っていたが、その技術の殆んどが地球のものではないなら、理解を外れているのは仕方がない。黒崎は深く考えるのはやめた。
「総統が着ていたスーツの素材を使うから、量に限りがあってねぇ。普通の怪人には使えなかったんだよぉ」
その仕組みを聞いたが、虎太郎にはよくわからなかった。
虎太郎にとっても仕組み云々より、それが力を与えてくれる事実だけがあればよかったのだ。
────そんなお披露目から2ヶ月。
いまだ彼らの活動は水面下で行われている。
虎太郎は現在潜伏中のビルの一室に匿われているが、外出は問題なくできる。
ヴァイスであった際はマスクを被っていたため、殆ど彼の素顔を知るものは居ないのだ。
皮肉なことだが、今は助かっている。
しかし20年間も穴蔵生活を続けていたこともあり……始めこそ物珍しく外を彷徨いていたが、落ち着くのは結局部屋の中。
一ヶ月経つ頃には次第に外出することは無くなっていた。
そんな虎太郎の部屋は地上にある、血沸の実験室という名目で使っている部屋らしく試験管やビーカーに囲まれていた。
そこに定期的に訪れる血沸は、今まで通りエーデルヴァイスで怪人の実験と生産を繰り返し、怪しまれないように振る舞っているらしい。
虎太郎も暇をもて余すだけではなく、本来MASTが倒すべき怪人を、彼らより早く倒し回っている。
作っている本人から怪人の出現場所を聞いているのだ。出遅れる訳がなかった。
その他にも血沸から政府組織の要人などの情報が届くので。そこを襲撃して回った。
ただ、不思議なことに、血沸は決して「命令」をしてこない。
虎太郎の自由意思を尊重しているのか、はたまた楽しんでいるのかはわからないが。
情報だけを与えて、あとは虎太郎がやりたいようにさせてくれる。
「政府の連中なんて殺せばいいのにさぁ」
と時々愚痴るが、殺さないことでペナルティを課してくることも無いので「死ぬほど脅してやったぜ」でなんとかなっている。
そんな感じで未だに血沸本人の意志が見えないのが最近の虎太郎の悩みでもあった。
「薄気味悪いぜ、まったくよ」
「何がぁ?」
かといって駆け引きを行うほどコミュ力が高いわけでもないので、どストレートに聞いてみる。
「博士自身の目的は何なんだ?」
「エーデルヴァイスを壊しちゃおうって言ったじゃないかぁ」
へらへらとそう答える裏に真意を探すことはできない。
「何でかって話だよ」
「この支配からの卒業? みたいなねぇ」
「だったら、さっさと暴れりゃ済むことじゃないか?」
「そうかなぁ、また別のところで同じことを繰り返すんじゃないのぉ?」
そうかもしれないが……
元々は総統……つまり、宇宙人の技術が元になっているプロジェクトだ、全て灰にすれば凍結できるのではないだろうか。
そんな甘い考えを血沸は読んでいたかのように言葉を発する。
「母さんの代でわかったことは、既にあちこちの研究機関に拡散されているんだよぉ。もちろんここでしか実験されていない極秘プロジェクトもあるけどさぁ……予備を用意してないわけないよねぇ」
博士のことだ、虎太郎の出来の悪い頭で考えることなど、とうの昔に考えてあるのだろう。
「そもそも、何でこの実験を未だに続けてるか分かってないでしょぉ?」
ぐうの根も出ない。
口をつぐんだ虎太郎に対して、博士は語る。
────2040年。
世界的なデフレは収まる気配を見せなかった。輸出入や高い技術を売りに、経済を保ってきていた日本はその煽りをモロに食らう。
ついに日本は「先進国」から外され、ただの小さな島国に成り下がったのだ。
そんな日本を隣国が支配しようとあれこれちょっかいをかけ始める。
協力国との関係を保ち、なんとか踏みとどまっているといったギリギリの状況。しかしそんな他国も力を失い、別の国から奪うしかないと小競り合いを続けていた。
そんな時に、この小さな島国を宇宙人が襲った。
壊滅的な打撃を受けた代わりに、先進的なテクノロジーを独占することに成功したのだ。
日本政府は怪人を生み出し、それを保有。
自国を敵対し攻撃する国には、エーデルヴァイスの名を借りて怪人を送り込んだ。
結果は上々。
隣国の兵隊がその怪人を殲滅したが、被害の収拾に追われ、日本侵略どころではなくなった。
こうしてエーデルヴァイスという組織は、表面上世界全土に怪人を解き放つ「全世界の敵」となる。それを日本の特殊部隊が牽制し、被害を最小限に収めているという構図だ。
また世界に対しては、共通敵の情報と対抗できる武器を開発することで、資金を得ている現状が出来上がっているのだ。
「怪人はお金を生むんだよぉ」
歴史の授業をして喋り疲れたのか、その辺のビーカーを手に取ると、蛇口からそのまま水道水を汲んで口に運んだ。
あんなカルキ臭いものよく飲めたもんだなと虎太郎は思ったが、血沸は平気そうに口元を袖でぬぐう。
「そんな強い怪人ここ最近見掛けないがなぁ」
脳裏にはレッドに一撃で殺される怪人が浮かぶ。当時は悔しい思いをしていたが、今ではザマァみろとさえ思うのだから、立場というのは複雑なものだ。
「まぁ私が本気を出せば作れるけどねぇ……今のエーデルヴァイスには渡したく無いからさぁ」
「そのへんは博士の匙加減ってことか。道理で最近は怪物の方ばっかりだと思ったぜ」
怪物とは、人間ではない生き物どおしの掛け合わせで、理性もなく本能で暴れる。
怪人とは、人間と他の生物を掛け合わせた生き物の事で、相性次第では理性を保っていたり、言葉を話すことも出来るものがあるらしい。
特に怪人は人体実験という倫理上の問題を抱え、死体を調べられるわけにはいかないため、死亡と同時に爆発する仕組みになっているそうだ。
このくだりは、改造手術を受ける際に虎太郎が聞かされた説明だ。
「そんなわけで、あそこは実験場というよりは工場みたいなものだねぇ」
虎太郎は長く地下におり、海外の情勢などについては疎かった。携帯は使えるが、自分からそれを知ろうとも思わなかったからだ。
もしかしたら規制されて、目に止まらなかっただけかもしれないが。
「それで、日本は世界でそこそこの地位を保ってるってことか」
「だいたいさぁ、無差別で襲ってるなら、大都市以外でも怪人が出てもおかしくないでしょぉ? 意図があるって思わないのかなぁ。脳死してるよねぇ」
考えてみれば日本の怪人出現も、その殆どが首都圏だ。MASTの手の届かないところで怪人が活動することは殆どない。
言われてみれば不思議だ。
「しかもさぁ、日本に怪人の出現が多いのは、エーデルヴァイスがMASTを最大の敵と認識しているからなんてぇ理由もさぁ。私ならMASTの手の届かないところで悪さするけどねぇ」
それも言い得て妙だ。
知れば知るほど幼稚な関係性で出来上がっている。
「でも、人間て分かりやすい答えを出されたら、他の事を考えなくなっちゃう生き物だからねぇ」
そう言うと楽しそうにケケケと笑いながらくるくる回る。
「しかし、その構造を壊した場合、日本はどうなるんだ?」
なんでも鵜呑みにしてしまう虎太郎の頭から、その疑念が思い浮かんだだけもよしとしよう。
貧乏な国に戻り、他国に侵略されてしまうかもしれない。それでいいのだろうか?
「ま、嘘だらけの日本の平和と、世界の平和とどっちを選ぶかって話だよねぇ」
その言葉に彼女の意志は無かった。
あるのは選択肢だけ。
「力を持ったら責任も出てくるものだよぉ」
そう言いながら血沸は俺の部屋から出ていった。
彼女がいつも命令をしなかった意味がようやく虎太郎にも分かった。
「俺の決断次第……か……」
虎太郎はその拳を再度握りしめたのだった。